未来に向けてのクルマづくりに込められた情熱
2017年10月の東京モーターショーで、『Drive your Ambition』という新たなブランドメッセージを発表した三菱自動車。それは、「これまで培った技術にさらなる磨きをかけ、新しい価値を提供することで、より豊かなクルマ社会を実現する」という三菱自動車の決意表明でもある。
【試乗】グイグイ曲がる! 三菱エクリプスクロスのSUVらしからぬ走りに心酔
その第1弾の量産モデルとして発表されたのが新型エクリプス クロス。SUVとしての基本性能の高さと、「S-AWC」がもたらす優れた走行性能、そしてスタイリッシュクーペの世界観を融合させたエクリプス クロスは、いわば三菱自動車の新たな挑戦への決意の表れとみていいだろう。
「おっしゃる通りです。三菱自動車の技術を最大限結集させて作り上げたクルマです。これを成功させなければわれわれの未来はない。それくらいの意気込みで取り組みました」
強い口調でそう語ってくれたのは、商品事業化の総とりまとめ役を果たした山内裕司さんだ。
「三菱自動車が未来へ向けて踏み出すためのクルマであり、同時に、三菱自動車のクルマづくりの原点を見つめ直すクルマでもあったんです。ですから開発プロジェクトの最初に行ったことは三菱のヘリテイジ、原点とはなんだろうということから見つめ直しました。それはクルマづくりの精神も含めての話です」
開発チームの強い決意は、鮮烈な赤いボディカラーにも表れている。光の当たり方で幾重にも表情を変えて見せる「レッドダイヤモンド」と名付けられたこの新色は、これまでに見たことのないような硬質感と、深みを持った独特の透明感を両立させた、非常にダイナミックに輝くボディカラーだ。
「色自体もそうですが、非常に難しい塗装技術を要するカラーなんです。ショーカーのような一品物ならまだしも、量産車でこの色を実現させるというのは、当初は生産現場からもできるわけがないという声があがったほど難しかったんです」
一般的な赤い色の場合は、下地の上に赤を塗り、その上にクリア層を重ねることで完成となる。だがレッドダイヤモンドの場合は、赤い色に透過性を持たせて下地の色と絶妙に合わせ、さらにクリア層を重ねることで、カラーそのものが発光しているかのような深みのある輝きを出している。そのため、すべての層の厚さを1000分の1mm単位で揃える必要がある。つまり、厚みがわずかでも大きくなってしまった部分は、黒っぽくムラになってしまうのだ。
「一般的な赤色の塗装を、下の色を隠すことができる油絵具とすると、レッドダイヤモンドは透明水彩絵具です。ムラなく仕上げるためには、とてつもなく高い精度の均一さが必要となるんです。ご存じのようにクルマの工場での塗装の手順として、まず中をきれいに塗って、それから外側を塗りますよね。その重なった部分も黒く見えてしまう」
「最初に塗装した試作車は、まだら模様と言ってもいいくらいの状態だったんです。当初から実現は難しいことを承知していましたが、試作が進むにつれてハードルが想像以上に高かったことに気付かされました。開発でもっとも難航した部分のひとつがこのボディカラーです。じつはスケジュール的にも無理じゃないかということで、いったんあきらめかけたこともあったんです」
この色を最後の最後で実現させたのは、定年を迎えて現場から退いていた木内さんという塗装技術のプロフェッショナルだった。
「あきらめかけていたある日、電話で呼ばれて工場に行ってみたら、新色が塗られたエクリプス クロスが置いてあり、その横に私が会ったことのない男性が立っていました。一品塗装で仕上げたのかと思ったら、量産ラインで塗装したという。そしてその男性が木内さんだったんです。聞けば、この色を仕上げるためだけに、岡山の工場からエクリプス クロスを開発・生産する愛知の工場に来て、1カ月以上こもって実現させてくれたんだと。会社組織のなかでは極めてイレギュラーなことです。あのときの場面は、今もありありと思い出せます。心底、感動しましたね」
赤の特別色というと、ほかの自動車メーカーでも有名な特別色がある。いささか意地悪な質問かと思いながら、そのことを山内さんにぶつけてみた。
「赤は三菱のコーポレートカラーでもあるんです。そこで負けるわけにはいかない。新色については企画の立ち上げから構想していて、三菱の赤ここにありという気概で取り組んできました」
ベストバランスの実現のため一切妥協したくなかった
見どころはほかにもまだまだある。スタイリッシュなクーペフォルムを採用しながら、SUVらしい走行性能や居住性、ユーティリティなどを犠牲にしていないということもそのひとつ。この実現のために、リヤをダブルガラスにしたり、その分割点をミリ単位で調節したり、さらにはワイパーをリヤスポイラーに隠すように配置するなど、考え得るすべての試行錯誤を徹底的に行っている。
また、コンパクトクラスのSUVとしては極めて珍しいスライド&リクライニング機構を採用したリヤシートも注目ポイントだ。この実現に尽力した商品企画担当の林祐一郎さんと、開発部門の技術系のとりまとめをした粟野正浩さんは、次のように語ってくれた。
「リヤシートのリクライニングって、コストもかかりますし、重量もかさみます。このクラスのクルマでは必要ないだろうという意見もありました。ですが、『SUVの基本性能の高さとスタイリッシュクーペの世界観の融合』というコンセプトのもとでこのクルマのベストバランスを実現させるためには絶対にこれが必要だと、何度も何度も周囲を説得しました」
「リヤシート以外にも、クルマ全体として日本車らしい心遣いを意識していて、たとえばサングラスホルダーも上に付けるのが普通ですが、それでは最近の大きなスポーツサングラスが入らないのでフロアコンソールに大きなものを作って使いやすくしようとか、本当に細かい部分まで考え抜いて、あきらめずに実現させています」(林さん)
「開発サイドからみれば、重量が増えるスライド&リクライニング機構は、できれば避けたいなと考えるのはごく普通のことだと思います。軽くシンプルにすればするほど、クオリティも楽に上げられますし、重量が少なくなれば、走行性能をはじめ、ほかの色々な性能が際立ちます。それでもこのクルマにとっては、スライド&リクライニング機構は大きな価値なのです。ならばできるだけ軽く作りながら、プラスアルファのアイディアで、総合的に重量増のデメリットがない工夫を必死で考えようと。エンジニアたちのそういう努力があちこちに込められたクルマです」(粟野さん)
都会でも映えるスタイリッシュなデザインながら、SUVとしての本格的な走行性能を備えていることも魅力のひとつだ。最低地上高はもちろん、アプローチアングルやディパーチャーアングルなどもしっかり確保。こうしたサイズを実現すると、シルエット全体がどうしても腰高な印象になりがちだが、新型エクリプス クロスのデザインにはそうした印象が見られない。
ここでちょっと試していただきたいのだが、このクルマのサイドビューを、まずは上半分のキャビンを隠して眺めてほしい。まぎれもなく本格的SUVに見えるだろう。次に下半分を隠してご覧いただきたい。そこに見えるのはスタイリッシュクーペのシルエットだ。最後に全体として1台を見てみると、上下でこうした特徴を備えながら、一切の破綻を見せることなく、美しくまとまっていることがわかるだろう。
「4WDモデルにはすべてS-AWCが搭載されています。四駆の走行性能も三菱の伝統でありプライドです。S-AWCは、1936年に三菱グループとして初めて四輪駆動車を試作して以来の歴史と、蓄積された技術の結集です。ハンドリングからブレーキ、アクセルのフィーリングまで徹底的にこだわってチューニングしてあります。意のままに運転できて、自分の思い描いたラインをぴたりとトレースできる。安心感もあって、実際のスピードよりもゆっくり感じるのではないかと思います。これぞ三菱だよねという乗り味です。ぜひ体感していただきたいですね」(山内さん)
新しくなったCVTや、新型の1.5L直噴ターボエンジンも、注目すべきポイントだ。高い信頼性を確保するため、35台のテスト車両によって、地球70周にも相当する延べ280万kmという実走行テストを実施したという。
「アメリカやヨーロッパなど、さまざまな場所で走らせました。過酷な極寒の地で、エンジンが冷え切った状態から何万キロも連続して走らせるといったこともやっています。われわれはリアルワールドと呼んでいるんですが、やはりベンチテストやテストコースだけでは気付かないことが必ずあるんです。お客さまが走る可能性のあるシチュエーションをすべて実際に走ってみるといった勢いで臨みました」(山内さん)
モノづくりとはどうあるべきか? そこまで踏み込んで考えた
今回の開発を、高いハードルが何重にもあって、紆余曲折も本当に多かったプロジェクトだったと語る山内さん。
じつは当初、RVRの後継車として企画が始まっていた。その後、コンパクトクラスSUVの市場が世界的に広がりを見せ、さらにRVRのようなベーシックなタイプと、高い上質感を全面に打ち出したタイプとの二極化が加速。スタイリッシュなクーペの世界観を持つSUVというエクリプス クロスのコンセプトは、より上質感のある新型車として投入するべきだという意見があがり、開発の途中でクルマの立ち位置の見直しが図られた。
「2016年、弊社の燃費不正問題は切り離すことのできない大きなことでした。あのときには、プロジェクトに携わっていた者がみな方向性を見失ってしまった瞬間もありました。モチベーションやチームワークにも影響がありました。それをもう一度、全員が同じ方向に向かう状態に戻すというのは、本当に大変なことでした」(山内さん)
「あのとき、開発の現場では自分たちの仕事を総点検しました。私のまわりの部署では、モノづくりとはどうあるべきかという深い部分にまで踏み込んで考えていました。けれど、あのときのことは、全員がもう一度真摯な気持ちでモノづくりの原点に戻ろうというきっかけにもなったのだと思います」(粟野さん)
「あの状態から、このクルマを作り上げるのは、山内でなければ難しかったような気がします。山内はとにかく直接顔を合わせてお互いの気持ちを理解し合うことを大事にするタイプ。相手がどんなに厳しい意見をぶつけてきても、そこにしっかりと向き合う。山内のそんな熱意があったからこそ、ここまで来られたんじゃないかと思います」(林さん)
「会う機会が一度増えれば、それだけ想いも伝わるはず。クルマは単なる道具ではなく人の心を動かすものだし、そういうクルマを作るためには、自分自身がそうでなければならない。ずっとそう思いながら三菱自動車で仕事をしてきました。今回の開発も、もちろんその気持ちを貫いてきました。カッコイイことなんかなにもない、本当に泥のなかをもがきながら歩くような開発でした」(山内さん)
言葉を連ねることよりも、自分たちの作ったクルマを見てもらうことで信頼を勝ち取りたい。おそらく開発メンバーたちが抱いていたであろうその想いは、どこまでも愚直で、限りなく真摯な姿勢といえるだろう。
目をそらさずにしっかりと向き合うこと。その姿勢の原点になっているのは、クルマが好きで好きでたまらないという、とてもシンプルな想いなのかもしれない。
「私がクルマの楽しさに目覚めたきっかけは、1987年に誕生したギャランVR-4。当時は大学生だったので新車を購入できず、中古車を一生懸命探し手に入れました。あのクルマに、走ることってこんなに楽しいんだって教えてもらったんです。それで三菱自動車が好きになって、それがそのまま入社したいって理由になったんです」(山内さん)
苦労の多い開発だったけれど、自信の持てるクルマを作り上げることができた今は、どれもいい思い出と語る山内さん。心から楽しそうにクルマの話をする表情が、とても印象的だった。ライフスタイルを広げてくれる、相棒になれるクルマを目指して開発された新型エクリプス クロス。コンパクトなそのボディには、収まり切らないほどのエンジニアたちの熱い想いが詰まっている。
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