戦争映画の一つの見どころは、劇中に登場する当時の兵器ではないだろうか。特に戦車や戦闘機などは、たとえ古くてもいまだに人気の高いものがある。
『西部戦線異状なし』は、第1次世界大戦を舞台にした映画だ。その中には初めて実戦投入された最初期の戦車が再現されて登場する。アカデミー賞で4部門を制した注目作をご紹介しよう。
アカデミーで話題の戦争映画!! 史上初のハイブリッド戦車が登場する「西部戦線異状なし」
文/渡辺麻紀、写真/Netflix
■2023年のオスカーで9部門ノミネート
主人公のパウルを演じるのはオーストリア人の俳優フェリックス・カメラー。世界的にはいまだ無名の、正直「イケメン」とは言い難い俳優。だからこそ映像にリアリティが増す
今年のアカデミー賞で作品賞や国際長編映画賞ほか9部門でノミネートされ見事、国際長編映画賞・撮影賞・美術賞・作曲賞の4部門で受賞を果たしたドイツ映画『西部戦線異状なし』。ドイツ人作家、エーリヒ・マリア・レマルクのあまりにも有名な同名小説の3度目の映像化だ。
この小説が世界中で大ベストセラーとなったのは、ドイツで出版された翌年の1930年、ハリウッドがすぐに映画化したから。ルイス・マイルストン監督によるその作品は同年のアカデミー作品賞と監督賞に輝き、その後も戦争映画、反戦映画の傑作として映画史に名前を刻んでいる。
1979年の2度目の映像化はアメリカのTV局、CBSによるTVドラマ。ということはつまり、本国ドイツで作られるのは本作が初めてになる。ドイツ人監督、ドイツ人役者、そしてドイツ語による初めての映画化だ。
舞台となるのは1917年、第一次大戦の西部戦線。そこに送り込まれた兵士のほとんどは高校を卒業したばかりの初々しい青年たち。国のために戦うことがドイツ帝国の男子のあるべき姿と謳う政府と軍のプロパガンダに踊らされ、意気揚々と戦場に向ったのだ。
だが、そうやって輝いていた瞳もあっという間、本当にあっという間に恐怖と悲しみで曇ってしまう。彼らが連れて行かれた西部戦線の塹壕は、まさに地獄そのものだったからだ。
というわけで、目を覆いたくなるような地獄絵が展開する。降りしきる冷たい雨、泥にまみれた死体、吹っ飛ばされる人体、飛び散る肉片。木の枝には死体がひっかかり、目の前で戦友たちが次々と倒れて行く。
そんな地獄絵にひと役買うのが第一次大戦中に活躍したフランス軍の戦車、サン・シャモン突撃戦車。映画ではおそらく登場したことがないのではないかと思われる戦車だ。もちろん、これまでの2作にもそういうシーンはない。
地響きとともに靄の向こうから現れるサン・シャモン戦車。その数は3両以上。おそらく戦車を見たことがないだろう若きドイツ兵たちは、75ミリ銃砲を備え、大きな鉄の塊にキャタピラを付けた戦車に恐れおののく。
あたかもフランス軍のリーサルウェポンのような風格で現れて塹壕に迫るサン・シャモンだが、そのあとが少々おそまつ。塹壕を越えることが出来ずにそのまま突っ込み、逃げそこなったドイツ兵を無残にも敷き殺してしまう。
そうなのだ。実はこの戦車、塹壕戦用に開発されたにもかかわらず越壕能力が低かったことでも知られていて、本作ではそれがちゃんと描写されていることになる。
■戦車の黎明期だった第一次世界大戦
塹壕戦が主流の当時の戦術において、苦戦を強いられたサン・シャモン突撃戦車
サン・シャモンは1917年から1918年にかけて、およそ400両が生産されている。
駆動機構はガソリンと電気モーター式の、いまでいうシリーズハイブリット車だったのだが、走行能力が低く、実戦でほぼ能力を発揮出来なかったため短命に終わってしまった。これまで映画にあまり登場したことがないのは、そういう事実もあるからなのかもしれない。
第一次大戦の戦車としてもっとも知名度が高いのは世界で初めて実戦に使用されたイギリス軍のマークIになるのだが、これも映画で観られるのは、そう多くはない。
記憶に新しいのは、西部戦線をイギリス兵の視点で見た『1917 命をかけた伝令』(2019)なのだが、これにはチラリと登場するだけで、動いてはいない。
意外なところで出て来たのは、人気舞台を映画に移し替えたスティーブン・スピルバーグ監督の『戦火の馬』(2011)。第一大戦に駆り出された愛馬を探す青年の物語だが、ここにマークIの改良戦車、マークIVが登場するのだ。
オリジナルは舞台だし、戦争映画というより人間ドラマなので、戦車等が出てくる必然性は少ないのだが、『プライベート・ライアン』を観ればわかるように、実はかなりの戦争オタクでもあるスピルバーグである。こだわって登場させたに違いないのだ。
実際、この戦車は実際のマークIVを参考に作られた精密なレプリカ。現在はイギリスのドーセットにあるボービントン戦車博物館に、本物の戦車とともに展示されているというから凄い。
残念ながら、『西部戦線異状なし』のサン・シャモンに関する情報や資料がないため、この戦車を再現するためにどうしたのかがわからないのだが、おそらくオリジナルに忠実にレプリカを作ったのだろう。
現存するサン・シャモンは一両だけで、それは現在フランスのソミュール戦車博物館に展示されているという。
●解説●
1917年のドイツ。高校を卒業したばかりのパウルは、友だちに背中を押され、先生らに鼓舞されて志願兵となる。すぐに前線に送られるが、そこには栄光も名誉も、慈悲も安らぎもなかった。一方、ドイツ軍人のエルツベルガーは連合軍との休戦協定のために奔走していたが、それに強く反対する将軍がいた。
2時間28分に及ぶ上映時間の半分以上が塹壕戦。主人公の青年パウルがその目に焼き付ける地獄を、われわれ観客が一緒に目撃するかのような構成になっていて、まさに息詰まるシーンの連続。体力があるときの鑑賞をお勧めしたい。
ちなみに原作はパウルの一人称になっていて、エルツベルガー等のドイツ軍上層部の人間は登場していない。彼が休戦のために奔走するというエピソードはこの映画のオリジナルになっている。
マイルストンの1回目の作品が有名になったのは、強烈な印象を残すラストのせいで、二度目のTVドラマ化もそれをほぼ踏襲。が、本作はそれとは違う表現を用い、もっとタイトルの『西部戦線異状なし』に近い演出になっている。マイルストン版と本作、くらべてみると面白いと思う。
また、レマルクは第一大戦に出兵した自身の経験をもとに本作を書いたので、武器の扱いや塹壕等の描写は極めてリアル。そのリアリティを本作がもっとも見事に再現しているといっていい。
今回のアカデミー賞での技術部門における大量ノミネート(作品賞・脚色賞・視覚効果賞・美術賞・撮影賞・音響賞・国際長編映画賞・メイクアップ&スタイリング賞・作曲賞)も、その徹底がモノをいったからだろう。
本作の功労者、監督・共同製作・共同脚本のエドワード・ベルガーはドイツ生まれのドイツ人。『ぼくらの旅路』(2013)や、ベネディクト・カンバーバッチが主演したドラマシリーズ『パトリック・メルローズ』(2018)を手掛け、本作で才能が大きく開花した。
次回作は、『ゴーストライター』等の作家、ロバート・ハリスのスリラー『Conclave』や、ヒッチコックの『三十九夜』(1935)のドラマリメイクと目白押し。ハリウッドから熱い視線を浴びている。
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