7月9日に行われたWEC世界耐久選手権第5戦『モンツァ6時間レース』。日本チームとしてLMGTEアマクラスに参戦するDステーション・レーシングの777号車アストンマーティン・バンテージAMRは、序盤にハイパーカークラスの車両に接触されバリアへとクラッシュ、早々にレースを終えた。
現場はアスカリシケインへの進入手前というハイスピードの直線区間。777号車をコース左側からパスしたトヨタGAZOO Racing8号車GR010ハイブリッドのセバスチャン・ブエミが、まだオーバーテイクが完了していないにも関わらず右側へとマシンを寄せて接触したことで、緑のアストンマーティンはなすすべもなく右側のバリアへとクラッシュ、スピン状態でシケイン奥のサンドトラップ上に停止した。
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ステアリングを握っていた星野敏に怪我がなかったことは幸いだったが、Dステーション・レーシングとしては前戦ル・マン24時間レースのプラクティスに次ぐ大クラッシュとなってしまった。
■ハイパーカーに『引っ掛けられる』事例が増加する背景
星野とキャスパー・スティーブンソンとトリオを組み、チームのマネージングディレクターも兼務する藤井誠暢によれば、マシンはいわゆる“全損”、9月8~10日に控える“ホームレース”第6戦富士6時間レースに向けては、新車を導入することになったという(なお、ル・マンのプラクティスのクラッシュの際には、メンテナンスを受け持つTFスポーツからELMSヨーロピアン・ル・マン・シリーズ向けのシャシーを借り受け、レース後に返却している)。
「あそこは250km/h以上出ているところで、6速全開のままで押し出されてウォールにヒットしているので、フロント周りは大破、フレームは完全にアウト。最初はフロントのサブフレームあたりを換えればいけるかもと思ったのですが、その後分析してもらったところ、(回転しながら)リヤもぶつかっているので、リヤの足回りの付け根のフレームが曲がっている可能性が高く、リヤのフレームもダメ。エンジンも歪んでいる可能性が高く……ほぼ“全損”です。想定よりも全然ダメージが大きいですね」と藤井は肩を落とす。
このためモンツァ翌週のELMS明けに予定されていたWECの船積みにも間に合わず、TFスポーツの本拠があるイギリスから日本へは空輸が決定。保険でカバーされるのはマシン修復費用の一部のみで保険適用外となる項目も多く、多額の費用負担が生じることとなった。
また、新シャシーをイチからから組み上げることになったわけだが、今年で終了するGTEマシン向けのパーツが豊富にあるわけではなく、8月中旬が予定される空輸の出発期限に向けて、ギリギリの作業が続きそうだという。
このように“実害”を被る形となってしまったDステーション・レーシングだが、「レースですから、『誰が悪い』とか『謝ってほしい』とか、そういうレベルの話ではないんです」と言う藤井は、WECのドライバーが置かれた状況を考慮しつつ、広い視点で建設的な解決策を提示する。
「WECでは全ドライバーのアベレージラップ、いわゆる“通知表”が明らかにされてしまうので、ドライバーは全ラップ、どんな状況でも速く走らなければならない。そうすると、少しでもいいラインを取ろうとするものです。ましてや、ブエミ選手の場合は1周目の接触でペナルティを受けていましたから、それを取り返そうという精神的な部分での影響もあったと推測できます」と接触の背景を分析する藤井。
また、別の要因もある。最高峰クラスがLMP1からハイパーカーになったことで車両ディメンションが大きくなったことの影響だ。「いまのハイパーカーは車両後部が長いので、ああいった形で(自車のリヤを)“引っ掛ける”事故はすごく増えています」と現状を明かす藤井自身も、モンツァのプラクティスでポルシェ963のドライバーから“これ以上避けきれない状況での幅寄せ”をされていたという。
「とはいえ、ブレーキング中や、その手前での抜いた直後の進路変更は、やってはいけないことに変わりはありません。今回の事故も、もしスパのオー・ルージュで、跳ね返ったマシンが坂の頂上のコースの真ん中に止まってしまったら……後続に突っ込まれれば、命も危ない状況になることは目に見えています」
この種の事故を防ぐためには「罰則を強化するしかない」と藤井は訴える。もちろん、今回の接触では8号車トヨタに1分間のストップペナルティが発出されてはいるのだが、藤井が考えるのはより抑止力を高めるための方法論としての、当該ドライバーへのさらに厳しい措置だ。
「たとえば『進路変更して接触し、相手をコース外に追いやったら、そのドライバーは3レース出場停止』などといった罰則があっても良いと思います。そういった規則があれば、ドライバーだけでなく、チームやマニュファクチャラーも、もっと慎重になるはずですから」
■日本のレースとの違いと、GTWCアジアにある“ヒント”
WECへのフル参戦は3年目となるDステーション、そして藤井だが、そもそもドライビングのマナーに関しては日本のレースとは異なる部分も感じているようで、「クラス間でものすごいスピード差のあるスーパー耐久、そしてスーパーGTもそうですが、日本ではそういった部分(走行マナー)がすごくちゃんとしているし、クリーンだと思います」と、違いを指摘する。
「それは、スーパーGTなら服部さん(服部尚貴レースディレクター)、スーパー耐久なら福山さん(福山英朗氏。初参戦のドライバーに対する『スーパー耐久安全ミーティング』の講師役を務めた)が、口酸っぱく言い続けて、一貫性のある判定をして、何年もかけて構築してきたものがあるから、お互いをリスペクトしたレースができているのだと思います」
「WECのドライバーブリーフィングでも、毎回『ブレーキング中に進路を変えないで』とは言われます。ただ、“言われるだけ”だと、どうしても“得する走り方”になってしまうものです。日本の場合はみんな顔見知りで話をちゃんと聞く、という事情ももちろんあります。WECは世界のいろいろなドライバーが出ていて簡単ではないからこそ、無用な接触を無くすには罰則を強化する以外ないと思います」
なお、“罰則強化”が功を奏した一例として、藤井は今季のGTワールドチャレンジ・アジアを挙げた。「レース後に、疑義があがったものを全部チェックしてスチュワードが罰則を科すので、去年に比べると今年は接触がものすごく減っているんです。いい意味で、“日本のレース風”になってきていると思います」。
折しも、来年からはGTEに代わってGT3車両が導入され、トップカテゴリーとの速度差がさらに広がると予想されるWEC。双方にとって無用かつ無益な事故を防ぐためにも、新たなシステムを構築するときが来ているのかもしれない。
■気になるDステーションの来季WEC参戦は
そのGTカテゴリーの“GT3化”にあたっては、Dステーションはひとつの岐路に立たされている。既報のとおり、TFスポーツは来季よりシボレー・コルベットC8.Rを走らせることを発表したからだ。
来季、ハイパーカーとLMGT3という2クラス構成になるWECでは、ハイパーカー参戦マニュファクチャラーにLMGT3の優先的な参戦権が与えられることになっており、1メーカーあたり最大2台に制限される。そしてマニュファクチャラーが、LMGT3への参戦チームを指定することとなっている。
アストンマーティンはハイパーカークラスに参戦していないが、ACO管轄のシリーズにおけるこれまでの参戦実績を考慮すると、グリッドが用意される可能性は高い。
Dステーションとしては新たな提携先を探してアストンマーティン・バンテージGT3でWECへの参戦を続けることを最優先に、準備や交渉を続けているという。
「たとえばプロドライブというのがひとつの選択肢としてあります。また、もうひとつイギリスに拠点を置く方法も考えています」と藤井。
長年積み上げてきたアストンマーティン・レーシングとの関係性もあってマシンを“転がす”ことの障壁は高くないようで、あくまでも問題は“エントリー枠”となりそうだ。アストンマーティン陣営としてはDステーションのほか、アメリカのハート・オブ・レーシングチームがLMGT3クラス参戦を狙っている。このあたりはアストンマーティンに対して用意される枠が1台か、2台かによっても、状況が変わることとなりそうだ。
「いまはもう、やれることは全部やっていますし、あとは待つだけです。WEC富士くらいの時期になれば、いろいろと“雲行き”が見えてくるのではないでしょうか」
Dステーション・レーシングとしての4年目、そしてWECの“GT3元年”にゼッケン777のバンテージGT3がグリッドにつけるかどうかは、向こう数カ月で決定しそうな雰囲気だ。
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