EVは本当に環境に優しいのか
EU(欧州連合)自動車市場に、電動車は普及するか--いま、いちばんの懸念はCOVID-19(新型コロナウィルスによる感染症)蔓延による経済活動の停滞が自動車市場にどの程度の影響を与えるか、だ。ACEA(欧州自動車工業会)は、今年の乗用車市場は前年比25%減の960万台になると予想しているが、JATOなど市場調査会社は南欧のイタリア、スペイン、東欧のポーランドなどでマイナス幅が大きくなると見ている。理由は「財政的に見て、自動車市場を下支えできるような補助金の交付が難しいから」である。
景気回復も自動車需要底上げも、国による予算措置が不可欠だ。ドイツは6月3日にBEV(バッテリー電気自動車)への連邦政府補助金を大幅に積み増す決定を下したが、この前後にVW(フォルクスワーゲン)はアピールを行った。同社は昨年4月以降、BEVブランドとして立ち上げる「ID」についてさまざまな情報公開を行っているが、5月にはジャーナリスト向けのメールマガジンの中で2019年4月に公表した「BEVのCO2(二酸化炭素)排出」を再び紹介した。〝環境に優しい〟と絶賛されるBEVにとって、ある意味で弱点をさらけ出すような内容である。VWは9月からIDブランド最初のBEVである「ID.3」の納車を開始するが、ドイツ政府がCOVID-19リカバリーの経済対策を検討するタイミングでリマインドしてきた点にVWの意図を感じた。
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昨年4月から11月の間にVWが順次公開したデータから何点かを紹介する。まず、BEVのCO2排出量だ。VWのディーゼル車(7thゴルフ)は車両製造段階のCO2排出相当量は29g/km。これに対して、7thゴルフのBEV仕様であるeゴルフは57g/kmだと公表した。同モデルで通常のディーゼル車とBEVを比較した場合、BEVは製造段階で約2倍のCO2を排出しているというのである。
次にエネルギー製造段階でのCO2排出。これは一般に一般にウェル・トゥ・タンク=油井から燃料タンク(バッテリー)までと呼ばれWtTと記される計算値である。eゴルフとゴルフ・ディーゼルをそれぞれ20万km走らせたときのCO2排出計算値は、ディーゼル車で使う軽油が11g/km、風力発電による電力が2g/km、ドイツ国内の発電穂方法平均だと85g/km、EU加盟国の発電方法平均では62g/km、中国の発電方法平均だと126g/kmというものだった。
そして、クルマが走行する段階で排出するCO2、いわゆるタンク・トゥ・ホイール=燃料タンク(バッテリー)から車輪までと呼ばれる領域=TtWと前述のWtTのCO2排出量をすべて合計したものが、製造から使用までのトータルのCO2排出量である。
VWによると、現在ID.3を製造するツヴィッカウ工場はカーボンニュートラル生産であるという。つまりTtWのCO2排出はゼロになる。しかし、廃棄やリサイクルまで含めた「すべての段階を合計するとゼロにはならない」と説明している。7thゴルフのディーゼル車はトータルのCO2排出量が140g/kmになる。同じボディを使うeゴルフの場合、風力発電だけを利用すれば車両製造段階とエネルギー製造段階の合計である59g/kmで済むが、褐炭・泥炭・CNG(圧縮天然ガス)による火力発電が30%ほど含まれるドイツ国内の電力を使うと142g/kmになる。EU平均の発電ミックスによる電力では119g/kmだ。EU平均でのCO2排出量が下がる理由は、再生可能エネルギーによる発電と原子力発電の比率が増えるためだ。
一方、米国の電力を使うとeゴルフはドイツの電力ミックスと同じ142g/kmになる。しかし、石炭火力が半分を占める中国での電力を使うと一気に183g/kmとなり、ディーゼル車を上回ってしまう。VWが後悔したデータを読む限り、ドイツ国内の現在の発電インフラを使うとBEVのLCA(ライフ・サイクル・アセスメント)的視点に基づいたCO2排出量はディーゼル車とほとんど変わらない。米国も同じだ。中国ではディーゼル車のほうがはるかにCO2排出は少なくなる。
ここで気をつけなければならない点は、車両製造段階、エネルギー製造段階、走行段階のすべてを加味したLCA視点によるCO2排出量の計算結果は、必ずしも回答はひとつではないことだ。どのようなデータを使用するかで変わる。さらに、厳密にLCAを計算するとなると、車両の廃棄・解体段階でのエネルギー消費も含めなければならない。VWはそこまでは公表していないが、重要なヒントとなるデータを公開している。ID.3を1台製造する場合のCO2排出分担である。
ID.3はゴルフとほぼ同じサイズのCセグメント乗用車だが、車両重量は航続距離330kmの標準仕様で約1.7トン。ゴルフのエンジン車比で約300kg重い。重量がかさむ主な理由は、LiB(リチウムイオンバッテリー)である。
VWは「ID.3はカーボンニュートラル生産」と説明しているが、それは植林などを行って最終的に再計算した時点でのカーボンニュートラルであり、素材や部品別にCO2排出比率を見ると、ボディなどに使われる鋼材(スチール)は18.4%、エンジンやサスペンションなどの鋳物に使われるアルミ合金は5.7%、電動モーターは4.8%、モーター内に使われる磁石は2.2%、インパネなどの樹脂部品は3.3%、貴金属類とガラスはそれぞれ1.3%である。そして注目は、車両製造段階で発生する43.3%がLiB製造時に発生する点だ。
製造段階でCO2発生量が多い素材や部品は、分解して再び資源としてリサイクルする場合のCO2発生量も傾向として多くなるというデータがある。LiBのような化学反応電池を大量に搭載するBEVは、廃棄・再利用までを含めたLCA計算をすると、かなり不利になる。
今年5月にドイツ政府は、COVID-19で落ち込んだGDPを押し上げるための経済対策について、自動車分野ではBEV補助金に集中し、通常エンジン車への購入支援は見送った。車両価格4万ユーロ以下のBEVへの補助金を9000ユーロ(約109万円)に増額したが、ガソリン車とディーゼル車については自動車業界の要望を却下し、スクラップインセンティブ(新車に買い替えた場合の補助金)を採用しなかった。
メルケル首相が率いるキリスト教民主同盟と連立政権を組むドイツ社会民主党の中にも「エンジン車への補助金を認めたら、緑の党から政権批判が出て混乱する」との意見があったと現地では報道されている。VWはジャーナリストに対し「ドイツ国内の電力を使う限り、現状ではディーゼル車もBEVも排出はそれほど大きくは変わらない」というデータでアピールしたが、その声は結果的に届かなかった。
7月に入って、BEVのLCAベースCO2排出量について、ドイツ国内のエンジニアリング会社などが反撃を開始した。さまざまなロビー活動を行っている。その中のひとつが、ドイツのFVV(内燃機関の研究所)によるレポートだ。「2020年代に1050万台のBEVが普及すると、CO2排出削減効果は合計7380万トンになるが、その一方で発電や新たなインフラ整備で6990万トンのCO2が発生する」という。BEV普及を進め、再生可能エネルギーによる発電を順調に増やしても「差し引きで390万トンの削減にしかならない」と結論付けた。
これもひとつのシミュレーションである。
EU政府がBEVの排出をLCA視点にしないのはなぜだろうか。「原発は環境負荷無限大」とのコンセンサスは取れている。しかし原発由来の電力は排出ゼロである。2023年にEU政府は将来の自動車排ガス規制のためのレビューを行う。現状では、このレビューでLCA視点が導入される可能性は低い。
「お詫びと訂正」
記事初出時にID3とeゴルフを取り違えていた個所がありました。お詫びするとともに、訂正させていただきます。
(2020年8月19日 カー・アンド・ドライバー編集部)
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