1980年代、日本メーカーには多くのセダンがラインナップされていた。小川フミオが印象的な5台を振り返る。
昨今のトレンドは、車体のコンパクト化だ。売れているSUVも、従来の”大きいのはいいことだ”路線から方向転換。小型モデルが販売を伸ばしている。支配的なトレンドも変わっていく。其の伝でいくと、セダンの復権もあるだろうか。
1980年代に販売されていた日本車のカタログを眺めていると、セダンがいろいろな役を担っていたのがわかる。レジャーからビジネスまでといったぐあいだ。いつでもなんでも、セダン。
いまの状況は、しかし、セダンに逆風だ。ここにきて、トヨタ自動車や日産自動車がラインナップの大整理を始めたことがニュースになっている。トヨタでは「プレミオ」や「アリオン」といったセダンが生産終了リストに入っている。
日産でも同様だ。ブルーバードの後継に位置づけていたセダン「シルフィ」を2020年内に生産終了するという報道がなされて、驚かされた。シルフィじたいは、いまなくなっても、まぁしようがないか、というクルマであるものの、後継セダンがないのはさびしい。
市街地で使うには、背が高いSUVよりも全高1.4mそこそこのセダンが扱いやすい。とくに1980年代前半のセダンは、全長が4.4mていどに抑えられ、使い勝手の面でもすぐれている。
とりわけミドルクラスのモデルでは、1984年の5代目トヨタ「マークII」あたりからの、いわゆる“ハイソカー(=ハイソサエティカーを縮めた日本の自動車誌の命名)ブーム”の波をかぶっていないだけに、よけいな装飾も少なく、クリーンなスタイリングがよい。
いまでも、ちょっといいかんじの5つのモデルを、ここでピックアップしてみた。日本車が、バブル経済崩壊後の”失われた10年(20年とも)”という長いトンネルに入る前の、元気あった時代のモデルだけに存在感も強い。そこがとてもいい。
(1)トヨタ・カリーナ(3代目)
1970年に初代が登場したトヨタ「カリーナ」。「セリカ」も姉妹車で、多くの部品を共用する。セリカはGTであるのに対して、カリーナはスポーティセダンという位置づけだった。
1996年に発表(そして2001年まで製造)された7代目まで続いた息の長いセダンだった。なかでもスタイリング的にもっとも好ましいと思われるのが、ここで紹介するのは1981年発表の3代目だ。
タイヤとキャビンの関係をうまくバランスさせたプロポーションのよさと、ウェッジシェイプを意識したボディは、4ドアセダンであっても若々しい印象が強い。
同時にこの3代目はいわば”橋渡し”的な役割をはたしたモデルである。セダンにくわえて3ドアクーペのスタイリングコンセプトは従来のデザインを強く意識したものだった。
3代目といえば俳優・千葉真一出演の広告に、女優・岸本加世子がくわわったのも印象的である。
(2)日産・ラングレー(3代目)
1986年登場の3代目「ラングレー」の4ドアセダンは、“小さなスカイライン”という印象が強い。1980年登場の初代(驚くことにわずかなあいだに2回モデルチェンジしている)も、スカイラインC210型のイメージが濃厚だった。
日産でミドルクラスのセダンといえば「ブルーバード」が主流だったはずであるものの、1980年代におけるコンパクトセダンのラインナップは百花繚乱というかんじだ。
「パルサー」「リベルタビラ」(ラングレーの姉妹車)、「サニー」「ローレルスピリット」「バイオレット」「バイオレットリベルタ」「オースター」「スタンザ」といったぐあい。
上の布陣も充実している。「ブルーバード」「ブルーバードマキシマ」「スカイライン」「セフィーロ」「ローレル」「レパード」「セドリック/グロリア」「シーマ」「インフィニティQ45」さらに一時期「VWサンタナ」を作っていた。
DOHCエンジン搭載モデルもあり、ドライブをそれなりに楽しめるのも、当時“走りの日産”を標榜したこのメーカーのこだわりだった。
なにより注目したいのは、全長4.3mの”小さいけれど上質なセダン”をめざしたコンセプトなのだ。
(3)三菱・トレディア
全長4.3mながら、空力を強く意識した欧州的なテイストのスタイリングが印象的だった三菱のコンパクトセダン「トレディア」。1982年に発表された。
コンポーネンツの多くは「ミラージュ」(1978年)からの流用。ということは、ミラージュの4ドアサルーン(1982年からはランサーフィオーレに名称変更)の姉妹車である。
ただしホイールベースは2380mmから2445mmに延長されていた。トレッドも拡大し、操縦安定性の向上がはかられていたのも特徴だ。
パッケージの効率をもとめて前輪駆動(のちに4WD車追加)。それでもスポーティさは大事と、1.6リッターターボモデルの設定もあった。このターボは、ボンネットに冷却気を採り入れるためにエアスクープを設けていた。
同時に3ドアクーペ「コルディア」が発売された。スタイリングはまったくちがい、コルディアはスポーティなイメージが濃いクーペ。いわゆるグリルレス・グリルという当時のルノー車を連想させるフロントマスクと、傾斜の強いリアウィンドウでことさらクーペルックを強調していた。
トレディアとコルディアは、三菱ブランドとして初めて本格的に北米市場に導入されたモデルである。資本提携をしていたクライスラーはそれまでにギャランを「コルト」として販売していたものの、ここから三菱もビジネスは飛躍を見せるのだ。
ただもっとも売れた1984年でも販売台数は1万8000台に届かなかった。日本ではもっと悲惨で、もっとも売れるはずの初年度でも1万5000台程度。売れないのに、1988年まで生産が継続された事実のほうが驚きかもしれない。デザインがスタイリッシュすぎたのかもしれない。クルマを売るってむずかしいのだ。
(4)マツダ・カペラ(4代目)
1982年に「カペラ」がフルモデルチェンジしたころ、マツダはいきおいがあった。大ヒットしたファミリア(1980年)がそろそろより質感の高い次世代へとモデルチェンジするのを控えていたし、初代RX-7(1978年)はロータリーのターボ化などさらなるパワーアップを画策していた。
マツダといえば、いまにいたるまでロータリーエンジンのイメージがついてまわる。でもカペラはピストンが上下動する一般的な”レシプロ”エンジンだった。ロータリーは、スポーツカーとスペシャルティカーのために取っておかれた。
この代から前輪駆動化したカペラは1.6リッター、1.8リッター、2.0リッターと3つのエンジンラインナップで登場。すべて新開発のエンジンは横置きでフロントに搭載。オーバーハングを切り詰めて(重いものを前車軸よりあまり前に積まないようにして)、ハンドリングの向上を狙っていた。
FE型とよばれる2.0リッターエンジン搭載車は、パワーと、シャシーのバランスがよく、スポーティな運転を楽しませてくれた。
1987年のモデルチェンジで、当時の流行に乗るように、4輪操舵とかスーパーチャージャーとかフルタイム4WDとか、いろんな技術を盛るように。でも、そんなものがなくても、素性のよさを味わえればじゅうぶん、という向きには、このGC型カペラでいいのだ。
段差のついた矩形ヘッドランプとグリルをもつフロントマスクには、ファミリアとの共通点が見てとれるものの、全体としてはより質感の高さが追求されていた。ふくらみを感じさせる前後のフェンダーと、ちょっとBMWを思わせる前後方向のキャラクターラインで、躍動感がしっかりあった。
ボディタイプに2ドアセダンが設定されていたのも、じつにヨーロッパ的だ。さらに1985年にはハッチゲートつきのファストバックボディまで登場。このときのカペラはドイツ車かイギリス車みたいだと思ったのをおぼえている。
(5)いすゞ・アスカ(初代)
いすゞ自動車が乗用車を最初に手がけたのは1922年とだいぶ古い。自社開発モデルでいうと、1962年の「ベレル」にはじまり、「117クーペ」(1968年)や「ピアッツァ」(1981年)など、いまも熱心なファンを持つ傑作デザインの車両を送り出した。
いすゞには、親会社の米ゼネラルモータースによるグローバルカー戦略にのっとって開発された4ドアセダン「ジェミニ」があった。
ジェミニは作りの質感も高く、いいクルマだったものの、親会社の意向でひとまわりコンパクトなモデルへと”変身”。かつてのジェミニと同様のポジションについたのが、1983年発表のアスカなのだ。
破綻のないきれいなボディが特徴的である。すこしだけハイデッキ(トランクリッドが高め)のスタイルが躍動感を生んでいる。全体のイメージどおり、走りもおとなしめのクルマで、当初はとくに印象が薄かった。
1985年にテコ入れのため、いすゞとモータースポーツ活動で関係が深かったドイツのチューナー、イルムシャーが足まわりやエアロパーツを手がけた2000ターボなどが登場した。
意欲作であるものの、いすゞ自動車のアキレスの腱は、薄い乗用車販売網。ピアッツァや2代目ジェミニなど一部の車種は、ともに日商岩井(現・双日)の資本が入っているヤナセでも販売された。
「いいものだけを世界から」を、標榜するあのヤナセがいすゞ車を、と、当時は驚かされた。ここで売ってもらうという手もあったかもしれない。売りにくいクルマの販売ではインセンティブが高い、といわれたヤナセだけに、販売員魂に火をつけることが出来たかもしれない。
文・小川フミオ
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