ホンダの「NSX」に設定された最終モデル「タイプS」に今尾直樹が試乗した。世界350台限定の貴重な和製スーパー・スポーツの完成度とは?
ホンモノの迫力がある
第2世代のホンダNSXタイプSに試乗する僥倖に恵まれた。
某日の朝10時。東京・青山一丁目のホンダ本社の地下駐車で、筆者はNSXタイプSの実物を初めて見た。まことにカッコイイと思った。「カーボンマットグレー・メタリック」という、ホンダ初のマット・カラーをまとっていて、これまでのNSXとは違っている。
たとえていえば、ランボルギーニ「アヴェンタドール」の、ちょっと小型版というような雰囲気。スーパーカー好きのココロをくすぐる。ステルス攻撃機のような、ヤバいヤツのオーラを醸し出すことに成功している。
タイプSは昨年8月に発表された、2代目NSXの集大成とされる高性能バージョンである。3.5リッターの75度V6ツイン・ターボは、最高出力507ps/6500~7500rpmから529ps/6500~6850rpmに、最大トルクは550Nm/2000~6000rpmから600Nm /2300~6000rpmに強化され、3つのモーターをつかさどるリチウム・イオン・バッテリーの制御系を見直すことで、エンジンとモーターを合わせたシステム最高出力は581psから610psに、最大トルクは646Nmから667Nmに引き上げられている。
もうちょっと簡単にいうと、最高出力がおよそ30ps、最大トルクは20Nm強化され、それに合わせて足まわりもチューン、さらに独自の前後バンパーを装着したのがタイプSなのだ。
そう。フロントは冷却と空力の改善のためにより複雑に、見たままで表現するとギザギザになっており(写真参照)、リアはダウン・フォースを稼ぐべく、ディフューザーが大型化されている。いずれもデザイナーとレース経験のあるエンジニアがシミュレーションや風洞、走行を重ねてつくりあげたものだそうで、機能に裏づけされた、ホンモノの迫力がある。
販売台数は全世界で350台、日本は30台ポッキリで、すでに完売している。2016年8月にデビューした2代目NSXは、このタイプSの生産終了をもって、本年12月に幕を閉じることになる。
じつのところ、筆者にとって2代目NSXのステアリングを握るのは今回が初めてでありまして、なんともはや、残念だとしか申し上げようがない。
もしもタイプSがもっと早く登場していたら……という想像をめぐらせないではいられない。結局2代目NSXというのは、初代NSXがそうであったように、フツーのクルマのように乗れるスーパー・スポーツであり、現代においてはハイブリッドがフツーのクルマとして認知される時代だったため、初代NSX以上にクルマのキャラクターの幅が広がっていて、もしくは革新的に過ぎて、同時代の私たちにはよく理解できなかった。ということではあるまいか。
飾るためのスーパーカーではない
実際、筆者はこのタイプSの広報車に乗り込み、最初はさしたる感銘を受けなかった。
ボディ側のドアの取っ手のひき方にちょっととまどったけれど、ドア自体はフツウに開くタイプだし、サイドのシルも高くなっておらず、ミドシップ2シーターのわりに乗降性はすぐれている。奇をてらったところにはどこにもない。シフトのスイッチは基本的にホンダのほかのモデル、「ステップワゴン」なんかとも同じだし、フェラーリとかランボとかのイタリアン・スーパーカーで感じるようなドキドキ感とは無縁だ。
しかして、このドキドキ感のなさ。フツーの精神状態でドライブに臨めることがホンダNSXの初代から続く伝統であり、長所なのである。NSXというのは、飾るためのスーパーカーではなくて、走るため、乗るためのスーパーカーなのだ。
ただし、2代目NSXの場合、室内空間はタイトというべきでシート背後に電池とその制御系をひとまとめにしたIPUがあるため、カバンを置く場所は助手席にしかない。その分、サイズがコンパクトだから致し方がないともいえる。
タイプSの全長×全幅×全高は4535×1940×1215mmで、ホイールベースは2630mm。たとえば、コンパクトネスをうたうフェラーリ「296GTB」より、ホイールベースこそ30mm長いものの、ボディは30mm短くて、18mmナローで、28mm高い。
ダッシュボードの中央付近に設けられたスターターの丸いスイッチを押すと、一瞬、グオオンッとスポーツカーらしい咆哮が轟く。でも、それも一瞬のことで、電池にエネルギーがたっぷりあると、最初はEV走行する。
このとき、4つのモードを持つ「インテグレーテッド・ダイナミクス・システム」という名の統合制御システム、いわゆるドライブ・モードはデフォルトのスポーツが自動的に選ばれている。
スポーツは、市街地や高速を想定して設定されたモードで、アイドリング・ストップ、EV走行を含むハイブリッド走行をする。エネルギーのマネジメントは走りと燃費の両立にあり、街中では3km/リッター台だった燃費は、高速巡航を続けていると11km/リッター台にまで跳ね上がった。
前245/35ZR19、後305/30ZR20という前後異型のタイヤ・サイズはオリジナルと同じながら、タイプSは、ホンダの承認マーク付きのピレリ・Pゼロを履いている。旋回能力を引き上げるべく、ホイールによってトレッドを若干広げてもいる。
グリップ性能の高いタイヤを装着しながら、乗り心地はしなやかに硬い。ホンダでタイプRといえば、サーキット志向のバリカタ、タイプSといえばワインディング志向のしなやかな硬さを特徴としていたものだけれど、NSXタイプSもまたこの伝統にのっとっていると考えられる。
過剰にスーパー過ぎないスーパー・スポーツ
高速道路に上がってガバチョとアクセル・ペダルを踏み込む。
V6ツイン・ターボは5000~6000rpmあたりまで豪快に低周波のサウンドを発しながら回転をあげ、巡航に移るとすぐさまおとなしくなる。9速DCTのトップはクルーズ用とされており、100km/h巡航は1700rpmに過ぎない。軽くアクセルを開ける程度だと、モーターのアシストで加速し、エンジン回転は2000rpm以下におさえられている。室内はおのずと静けさに包まれる。
ワインディング・ロードに至り、ま、その前にも試しに切り替えていたわけですけれど、スポーツ+(プラス)に切り替えると、V6が蓄電量にかかわらず目を覚まし、室内に入ってくるエンジン音のボリュームが大きくもなる。磁性流体式可変ダンパーはキリリと引き締まり、乗り心地は俄然、硬くなって、電動パワー・ステアリングの手応えはやや重くなる。
回転を上げていると気持ちのよい、乗り始めたときには思いもよらなかった快音を聴かせてくれる。低周波のゴーっというエンジンの排気音と、キーンッという高周波の電動系のサウンドが二重奏となり、モーターとエンジンの連携プレイにより、すばらしいアクセル・レスポンスと、フロントの左右モーターのトルク・ベクタリングがもたらす旋回能力がくわわる。
旋回能力に、どこまで2基のモーターの制御が反映しているのか……ほとんど筆者にはわからず、つまりそれぐらい不自然さがない。いっそ、なくてもいいのではないか、と思うほどだけれど、あるからこその旋回能力なのだろう。ともかくストレス・フリーのドライビングが堪能できる。
別注のカーボン・セラミック・ブレーキを試乗車は装着しており、このブレーキが強力で安定して制動力を約束してくれる。9速DCTはブリッピングしながらのダウンシフトも演じ、グオン、ぐおおおおおおおんっ、ぐおおおおおおんっ、ぐおおおおおんっ、ひゅいいいいいいいんっという男女混声合唱団が私の耳元で歌い続ける。
2代目NSXのような3モーターのハイブリッドのスーパーカーは、2011年に発表された限定918台のポルシェ「918スパイダー」と、2019年発表のフェラーリ「SF90ストラダーレ」ぐらい。918スパイダーは当時の新車価格68万4800ユーロ(ユーロ建てのみ:1ユーロ・142.8円の場合約9780万円)、現在も販売中のSF90ストラダーレは5436万円。これら2台はどちらもPHEV(プラグイン・ハイブリッド)で、しかもV8であるのに対し、NSXはプラグインではないハイブリッドで、V6。という違いはあるにせよ、価格は2794万円と、ざっと半額、もしくは半額以下である。
過剰にスーパー過ぎないスーパー・スポーツ。量産総合メーカーのホンダの狙いはそこにあったわけだけれど、2代目NSXの真の価値が明らかになるには、やっぱりもうちょっと時間が必要なのかもしれない。
それにしても……なんとも惜しいクルマをなくしました。合掌。
いや、ホンダのひとだったら、こう考えるな。また、つくればいいじゃん。
文・今尾直樹 写真・安井宏充(Weekend.)
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