優雅で熟成されたデザインに極上のV12
text:Martin Buckley(マーティン・バックリー)
【画像】612スカリエッティ 現行2+2 GTC4ルッソを比較 全60枚
photo:John Bradshaw(ジョン・ブラッドショー)
translation:Kenji Nakajima(中嶋健治)
フェラーリ612スカリエッティは、リアとフロントのオーバーハングが短いものの、先代に当たる456Mより全長は139mmも長い。最高出力は100psほど強力だが、スタイリングは不必要に注目を集めることはないはず。警察の目も。
これ見よがしな筋肉質ではなく、シンプルでクリーンな面構成のボディ。現代のフェラーリより、はるかに優雅で熟成されたデザインだ。
すべてのガラスには小さくフェラーリのロゴが入り、丁寧に仕立てられたレザー製のフォルダーにハンドブックが収められている。ブランドイメージを、積極的にコントロールしていることを物語っている。
極上のV12エンジンの存在感も素晴らしい。ミドシップのフェラーリより、整備作業は簡単だと話すカニンガム。エンジンルームを覆う、プラスティック製のカバーもない。
長いドアは、特別な設計が施されたヒンジを備え、大きく開く。豪奢な車内への乗り降りは、思いのほか簡単。職人の手で縫製されたレザーシートは、6ウェイの電動。巨大なグラスルーフで、広々と感じられる。
クリーム色のレザーに、サテン仕上げのアルミニウムが華を添え、中に居るだけで気持ちが高揚する。プラスティック製パーツの表面は、この時期特有のネバネバが一部で発生しているのが残念。
リムの太いステアリングホイールのデザインは、少しプレイステーション的。赤の丸いボタンがエンジンスタートで、反対側にスポーツ、コンフォート、トラック・モードを切り替える赤いマネッティーノ・スイッチが付いている。
余裕あるリアシートに素早い6速セミAT
荷室は広々。ピニンファリーナがデザインした専用のラゲッジセットは、2500ポンドのオプションだった。リアシートは、+2以上に余裕がある。でも体格のいい大人は、長時間快適には過ごせないだろう。
デュアルゾーンのエアコンもよく効く。ボーズ製のサウンドシステムは、今でも音質に優れているようだ。この612スカリエッティにはバックカメラとパーキングセンサーも備わっている。後ろ側にも、自信を持って進める。
今回はせっかくだから、前に走りたい。冬の寒さで、5748ccのV型12気筒は始動後20秒ほど、アイドリングが高かった。ファンの動作を確認するように、しばらくして穏やかな回転数に落ち着く。
センターコンソールの「オート」ボタンを押すか、ステアリングコラムに固定されたシフトパドルを弾けば、612スカリエッティは進み始める。筆者は、滑らかな振る舞いと操作性から、シフトパドルでの変速を好む。
セミATの動作は迅速で、6速MTを人が操るより短時間でシフトアップもシフトダウンもこなす。クラッチペダルを踏む力を調節したり、ミスシフトをする心配もない。でも、古風に回転数を調整しながらシフトダウンする喜びは、忘れられないものだ。
612スカリエッティの登場以降、セミATの水準は一気に高くなった。もうMTが載ることはないのでは、と思わせるのに充分なほど。このロボタイズド・マニュアルは、当時実現できた最高の妥協点だったといえる。
フロントエンジンのフェラーリでも特に機敏
カニンガムがオーナーの2008年式612スカリエッティの場合、当初より変速速度は20%も速い。クルマの速度が高くなるほど、積極的にクラッチがつながる。運転する時間が長くなるほど、大きく感じられたボディもコンパクトに思えてくる。
この612にはスポーツエグゾーストが搭載され、排気音は一際大きい。でも、出しゃばりすぎるほどではない。低速域では穏やかに走行できる。それが必要な場合は少なくない。
シャシーは期待通り、アンダーステアが適度に抑制されている。ボディロールの発生も紳士的。フロントエンジンのフェラーリで、612スカリエッティほど機敏に感じたモデルは今までない。
不満を強いてあげるなら、ステアリングホイールが少し軽すぎること。とても鮮明にターンインしていくが、感触に欠けるところがある。
この612は、新車時にHGT2と呼ばれるハンドリング・パッケージが装備されていた。やや落ち着きのない乗り心地を生む原因にもなり得る。速度域が上がり、エンジンサウンドがBGMに加わり始めれば、滑らかになる。
フェラーリなのだから、思い切り右足を踏み込んで、グランドツアーと呼べるような長距離旅行を楽しみたいところ。でも、今回はそんな時間はない。
少なくとも、期待通りの加速力は確かめられた。黄色い盤面のタコメーターの針を7000rpmまで回せば、無限に続くような加速に身をおける。
2速で引っ張れば、簡単に100km/hを超えてしまう。3速に入れれば、この世では必要のない追い越し加速の領域に踏み込める。瞬間的に先行車の前に出て、安全に走行車線に戻れる。
劇場的なドライビング体験と芳醇な印象
612スカリエッティはたくましい。それでいて、洗練されてもいる。精神的にも肉体的にも、より少ない負担で高速移動を叶えている。経済的負担も、想像よりは小さくて済むだろう。
今回取材に協力してくれたフェラーリのスペシャリスト、マイク・ウィーラーの話では、612スカリエッティのオーナーの多くが、日常的に乗っているという。古い365や400といった2+2のフェラーリが好きな筆者だが、612の進歩には強く唸らされた。
フェラーリが2+2を手掛けるようになった当初、初めてのフェラーリ・オーナーには優れたモデルだと感じてもらえた。だが、2シーター・モデルが搭載する技術には、届いていなかった。
それと対象的に612スカリエッティは、4シーターとして綿密に設計が進められた。車重や前後の重量配分、ボディ剛性などへ充分な検討が重ねられ、最新の軽量素材と電子制御技術が投入されている。
その結果誕生したのが、モダンなグランドツアーだった。フェラーリ目的通りの走りを、4人で楽しめる。ランボルギーニ・エスパーダ以来の完成度と衝撃度を備えた、エキゾチック4シーターだったといっていい。
フェラーリ612スカリエッティは、マラネロ製モデルにふさわしい、劇場的なドライビング体験に浸らせてくれる。今なら価格もこなれている。4シーター・フェラーリとして、訴求力は今も変わらないように感じられた。
フェラーリ612スカリエッティ(2004~2011年)のスペック
価格:新車時 17万7000ポンド/現在 12万ポンド(1680万円)以下
生産台数:3025台
全長:4897mm
全幅:1930mm
全高:1320mm
最高速度:230km/h
0-97km/h加速:4.0秒
燃費:4.6km/L
CO2排出量:−
車両重量:1840kg
パワートレイン:V型12気筒5748cc自然吸気
使用燃料:ガソリン
最高出力:540ps/7250rpm
最大トルク:59.8kg-m/5250rpm
ギアボックス:6速セミオートマティック/6速マニュアル
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