すでに全長と全幅のサイズは規格の上限まで達している軽商用車において、荷室長を確保するためにはエンジンを前席下に搭載するキャブオーバーレイアウトが必須と思われていた。そこにホンダは、ダブルビッグ大開口+超低床という新たなアプローチを提案。商用車の分野でも“Nの躍進”は続くのだろうか?レポート●青山尚暉(AOYAMA Naoki)フォト●神村 聖(KAMIMURA Satoshi)/平野 陽(HIRANO Akio)
軽商用車の常識を破るFFレイアウトのN-VAN
軽バンは我々の生活を支えてくれる、宅配、建築、修理、サービス、クリーニング、そしてホビーユースなどさまざまなシーンで活躍する働くミニマムなクルマだ。特徴は軽自動車という限られた寸法の中でハイトな全高を与え、荷室長を最大限にとれるキャブオーバーのFR(後輪駆動)レイアウトが基本。ほぼ1~2名の乗車、仕事用のクルマとして、荷室拡大最優先の簡易的な後席を備え、伝票などを運転席まわりの手の届きやすい場所に置けるダッシュボード周辺の収納にもこだわっているところも軽バンらしさである。
ところで、キャブオーバーとは、前席下にエンジンを置くレイアウトのこと。キャビンをギリギリ前方に配置でき、荷室長を最大限に確保できるメリットがある。だからボンネット部分は極端に短く、もちろんその中にエンジンはない。
そんなキャブオーバー軽バンの世界に風穴を開けるように登場したのが、2017年に最も売れた新車、軽自動車販売台数3年連続No.1のN-BOXがベースのN-VANだ。アクティバンの後継かつ、今年7月に累計販売台数200万台を突破したホンダNシリーズ最新作でもある。
風穴を開ける……という意味は多岐にわたる。まずはハイゼットカーゴ、エブリイといったキャブオーバーのライバルと違い、N-BOXのプラットフォームを活かし、燃料タンクを前席の下に収めるセンタータンクレイアウトを採用したFF(前輪駆動)で勝負に出たところ。つまり、エンジンはN-BOX同様にボンネットの中にある。
あれっ? 軽バンは前席下にエンジンを置くことで荷室長を稼いでナンボのクルマのはず。その疑問の答え、ホンダの秘策については後ほど説明するとして、さらにN-VANのボディは軽バン初の助手席側センターピラーレス構造としている点も大きな特徴だ。通常、荷物を出し入れする助手席側(歩道側)の開口幅を広げ(1580mm)、テールゲート側とともに荷物の積み降ろし作業を効率化(ふたりで横から、後ろから作業できる)するねらいである。
センターピラーレスであっても、助手席側ドア後端とスライドドア前端にセンターピラー機能を内蔵したドアインピラー構造の採用で、ドアクローズ時にはピラー構造と同等の衝突安全性を確保しているという。
N-VANのルーフはライバル同様に2種類あり、軽バンとしての機能性を追求したNAエンジンのみの「G」「L」グレード、及び一般ユーザーのホビーユースにも応える、NAとターボが揃う+STYLE系の「FUN」がハイルーフで全高は1945mm。スタイリッシュさを強調した「COOL」のみがロールーフで全高1850mmだ。ちなみにアクティバンの全高は1880mmだった。
さて、そんな軽バンの世界に挑戦状を突きつけたN-VANのライバルは、もちろんお馴染みの働くクルマ、ダイハツ・ハイゼットカーゴ、スズキ・エブリイだ。ここではその各車を集め、軽バンとしての実用性、積載性、走行性能を比較すると同時に、一般ユーザーがバイクを積んだり、釣り、車中泊、キャンプを楽しむホビーカーとして使う上での資質も合わせて検証してみたい。
まずは軽バンとして最重要項目となる荷室の使い勝手、広さについて。これは働くクルマとしてはもちろん、ホビーユースとして自転車やバイクを積み、車中泊するための積載力、使い勝手の決め手になるわけだ。
そこで、全車が緊急席的な座り心地!の後席を畳んだ状態での荷室スペース比較から。まず報告したいのは後席のシートアレンジ性。後席の分割可倒機構はライバルの上級グレードにもあるが、N-VANは全車5対5分割式。センタータンクレイアウトにより、ごく低くダイブダウン格納可能な空間アレンジができる。そして荷室の広さとともに重要なのが荷室のフロア高。重い荷物の持ち上げ量に関わるからだ(ライバルを含め全車が後席格納時のフロアは完全フラット。最大積載量350kg)。
N-VANのテールゲート開口部は幅1230mm、高さはルーフの高さとフロアの低さから1300mm(+STYLE COOLは1200mm)と、最も高い。荷室フロア地上高は低床パッケージが光り、525mmと圧倒的な低さだ。フロア幅はメーカー値では1390mmだが、フロアが低いゆえ左右にホイールハウスの出っ張りがあり、実測での最小幅は910mm。後席格納時の荷室奥行きは1585mmと、この項目だけはFFレイアウトだけに不利。しかしルーフの高さとフロアの低さから荷室の天井高は1390mmと抜群に高い。1名乗車であれば125ccバイクとモンキーを同時に積めるほどの最大荷室容量だ。
ハイゼットカーゴは荷室開口幅1335mm、高さ1155mm。フロア地上高はFRだけに635mmと高めだ。フロア幅はタイヤの上にフロアがあり室内幅いっぱいに取れるため1360mm。奥行きは1950mmとキャブオーバーのメリットが生きてくる。天井高はフロアが高いぶん、ハイルーフでも1235mmとなる。
エブリイは荷室開口幅1340mm、高さ1165mm。フロア地上高は650mmと3台中、最も高い。フロア幅はハイゼットカーゴ同様、タイヤハウスの出っ張りがなく、荷室幅いっぱいに使える1325mm。奥行き、天井高は1955mm、1240mmとハイゼットカーゴ同等だ。
ただし、荷室の使い勝手は広さだけでは語れない。重い荷物の出し入れ、高さのある荷物の積載はフロア高が低く高さ方向に余裕あるN-VANが楽だし、幅広の物をフロアに直に置くとすればハイゼットカーゴとエブリイが有利。また、リヤカメラを付けない場合、荷物を積んだ時の後方視界の広さを左右するフロアからリヤウインドウ下端までの高さも重要。ここもフロアの低いN-VANが有利で675mm。ハイゼットカーゴ550mm、エブリイ560mmとなる(すべて実測)。
加えて100%仕事に使うならともかく、ホビーユースの場合はフロアの素材、見た目も気になるはず。ハイゼットカーゴとエブリイはビニール敷き。N-VANのみフリード+のようなしっかりした樹脂素材だ。
積載量の目安になる、みかん箱(380×310×280mmの立方体)の最大積載数はN-VAN71個、ハイゼットカーゴ65個、エブリイ69個となる(メーカー発表値)。
HONDA N-VAN
商用車登録でありながら、個人ユーザーのホビーユースも重視した+STYLE系に属するロールーフ仕様のグレード。ハイルーフとなる「FUN」とは価格も同一でターボが用意される点も同じだが、撮影車のボディカラーであるプレミアムベルベットパープル・パールは「COOL」専用色となる。
HONDA N-VAN +STYLE COOL・TURBO Honda SENSING(FF)
直列3気筒DOHCターボ/658cc
最高出力:64㎰/6000rpm
最大トルク:10.6kgm/2600rpm
JC08モード燃費:23.6km/ℓ
車両本体価格:166万8600円
HONDA N-VAN
法人需要の中心になると予想される標準系。その上位グレードがこの「L 」だ。標準系のパワートレーンは自然吸気のみの設定だが、予防安全装備のホンダセンシングや運転席&助手席エアバッグ、フルオートエアコンは標準装備となる。ボディカラーはホワイトとシルバーのみの設定。
HONDA N-VAN L Honda SENSING(FF・CVT)
直列3気筒DOHC/658cc
最高出力:53㎰/6800rpm
最大トルク:6.5kgm/4800rpm
JC08モード燃費:23.8km/ℓ
車両本体価格:134万1360円
荷室長を稼ぐための助手席ダイブダウン機構
とはいえ、N-VANは後席格納時の荷室長がキャブオーバーのライバルより短いのは事実。が、冒頭で触れた、それを補うN-VANの秘策が後席同様にダイブダウンする助手席だ。ヘッドレストを外し、助手席側のドアポケットに格納することで、後席を格納したフロアはダッシュボード直下までフルフラットに使える(荷物が運転席のペダルまわりに落ちないように小物進入防止板なる脱着可能ボードも用意)。その際の最大荷室長はなんと2635mm(+STYLE系は2560mm)。これはハイゼットカーゴの助手席前倒しスペース2630mmを5mmながらしのぎ、助手席部分のフロア幅は600mmを確保。また高さ方向のゆとりはハイゼットカーゴ以上。エブリイも助手席を前倒しできるものの、結構な段差ができてしまうのが惜しい。
次にスライドドア側からの荷物の積載性。これはN-VANの圧勝だ。センターピラーレスによる助手席側スライドドアの開口幅は最大1580mm、高さ1230mm。ハイゼットカーゴは同770mm、1190mm。エブリイは同775mm、1255mm。しかも、後席を畳んだ状態でのフロア地上高はハイゼットカーゴ、エブリイともに660mmでリヤの荷室開口部地上高以上の高さになってしまう。
対してN-VANは同510mmとごく低い。車体後方にスペースがなくテールゲートを開けられないシーンで、スライドドア側から大きな荷物(脚立やソファなど)を出し入れする場合に楽なのは、間違いなくN-VANなのである。
荷室にネットやポールなどさまざまなアクセサリーが付けられるユーティリティナットは全車に標準装備。アクセサリーの充実度ではホンダアクセスが用意する、釣りや車中泊アイテム、オートキャンプ対応の外部電源入力キットなどが揃うN-VANが一歩リードしている印象だ。
運転席まわりの収納力は仕事、ホビーユースに限らず見逃せないポイント。その点、ハイゼットカーゴは上級グレードに標準装備する前席頭上のオーバーヘッドシェルフが特に便利。底がメッシュ状で中身が見えるのも秀逸のアイデアだ。インパネトレーの面積が広く、運転席と助手席の間にスマホを置くのにぴったりの布敷きのトレーがあるのもいい。
一方、ニューカマーのN-VANは仕事人の声を反映した収納をキメ細かく配置。ルーフコンソールもアクセサリーとして用意している。一方、エブリイの運転席まわりの収納は最小限。オーバーヘッドシェルフは「JOINターボ」「JOIN」「PC」グレードに装備される。
SUZUKI EVERY
ダイハツ・ハイゼットカーゴと並んで軽商用車の中核を占めるモデルであり、日産、マツダ、三菱など多くのメーカーにもOEM供給されている。パワートレーンは前席下に縦置きされ、自然吸気エンジン車には5速MT、4速ATに加えて、クラッチ操作を自動化した2ペダルの5AGS車を用意するのも特徴だ。
SUZUKI EVERY PA(2WD・5AGS)
直列3気筒DOHC/658cc
最高出力:49㎰/5700rpm
最大トルク:6.3kgm/3500rpm
JC08モード燃費:20.2km/ℓ
車両本体価格:103万1400円
自然な運転感覚こそN-VANの大きな魅力
そろそろ各車を走らせてみよう(1名乗車/空荷)。まず乗ったのはN-VANのNAエンジン+CVTの「L」と「+STYLE FUN」のFF車(S660用! をベースとした6速MTも設定あり)。モード燃費はどちらもクラス最高の23.8km/ℓを誇る。走りだせばステアリングは適度な軽さで実に扱いやすくスムーズ。N-BOX用から軽バン用に低速トルクを太らせたエンジンは出足から静かで滑らかに回る。発進時こそ軽バンとして必要最小限の動力性能でしかない印象だが、いったんスピードに乗ってしまえばまったく不足ない加速力を発揮。回してもノイズが耳障りではないところも褒められるポイントだろう。
乗り心地は軽バンの域を超えている。というか、ほぼN-BOXである。荒れた路面や段差越えでもショックは軽微でストローク感ある快適なフラットライドに終始する。クルージング時の静かさも軽の乗用車並みで、ブレーキのタッチ、制動力も信頼に足るものと言っていい。
ただし、助手席とは別物のハードユースに応える専用設計の運転席の掛け心地は、クッション長が短めで感覚的には前下りに感じられ、慣れるまで落ち着きに欠ける印象。また、スラローム的な走りを試みるとさすがにN-BOXのような軽自動車とは思えないしっかり感あるフットワークとは言いにくい。何しろタイヤは軽バン標準、全車同一の145/80R12サイズなのだから(N-BOXの標準タイヤは155/65R14)。
またN-VANはメーターの見やすさ、インフォメーションの充実度も文句なし。全グレードにホンダセンシングが標準装備され、右側の液晶表示には平均燃費や外気温、ホンダセンシングの機能の一部の標識などが大きく表示される。燃費向上意識が高まり、標識の見落としによる違反回避にもなるはずだ。
ハイゼットカーゴの運転感覚は軽バンにしては極めて乗用車的。たっぷりしたシートサイズ、シートのふんわりソフトな掛け心地からして乗用車的で、ステアリングは今回の各車で最も軽く扱いやすく、NAエンジンでも4速ATとの組み合わせにより出足からトルクがしっかり出てスムーズかつ静かに加速する。つまり動力性能は十二分。NAの2WD車のモード燃費は17.8km/ℓだ。
乗り心地は良路ではマイルドなタッチに終始し、走りやすさ、快適感は文句なし。ハードな仕事、ホビーライフの後にホッとできる身体にやさしい乗り味と言っていい。ただし、乗り心地がソフトな分、路面のうねりで車体がふわりとする場面もある。壊れ物を積んでうねり路に遭遇したら、速度を少し落としたほうがいい。
エブリイはメーカーのテスト車がなく、走行3万km弱のレンタカーを試乗した点を断っておかなければならないが、運転席の掛け心地はクッション長がたっぷりあり悪くない。が、ステアリングは結構重く、5AGS(5速の2ペダルマニュアル)と呼ばれる、燃費性能的に優れるミッションの制御が最新のものではないため、出足から中間加速まで結構ギクシャクする。アクセルを踏んでからエンジンがレスポンスするまでにタメがあり、アクセル操作に慣れないと変速時に船をこぐようなあおられ感が生じてしまう。もちろん4速AT、または5速MTを選べば解決する事項である。2WD車のモード燃費は5AGSが19.4km/ℓ、4速ATは17.0km/ℓとなる。
そんなエブリイの乗り心地は空荷だと硬めで路面によっては車体がハネるような場面があり、Uターンする際にはクルマが倒れ込むような挙動、ロール感があった。走りに関して商用車っぽさを最も強く感じたのが、レンタカーであることを差し引いてもこのエブリイだった(走行中の後席のガタツキも気になる)。
こうして軽バン各車に触れ、走らせてみれば、さすがに設計の新しいN-VANが使い勝手や走行性能で優れていて当然。そもそもハイゼットカーゴの十代目となる現行型は2004年のデビュー。2017年に改良されたとはいえ、基本設計はかなり古い。エブリイは2015年デビューながらFRプラットフォームそのものは決して新しくないのだ。
試乗した印象を要約すると、乗り心地では現代的なしっかり感、質感の高さでN-VAN。ソフトなマイルド感ならハイゼットカーゴ。走行中の静かさではN-VANが優秀でハイゼットカーゴがそれに続く(エブリイも4速AT車ならハイゼットカーゴと同等のはず)。
そして荷物の積みやすさではフロアが低くセンターピラーレス採用のN―VANに軽バンの新しい使い勝手の提案がある。ただ、助手席使用時の最大荷室長、後席に乗ったときの膝まわり空間ではキャブオーバーのハイゼットカーゴとエブリイがリードしているのも事実(N―VANの後席は唯一、高めにセットされ、椅子感覚で座れるものの、膝前の空間はないに等しい……)。
最後に軽バンでも今や必須装備となった先進安全支援機能について評価すれば、N―BOX同様にACC(前車追従型クルーズコントロール)を含む10項目を全グレードに標準装備するN―VANが優位。また、ホビーユーザーにも向くスタイリッシュな+STYLEグレードの用意、仕事や趣味にぴったりのアクセサリーの豊富さもN―VANの大きな強み、選びやすさと言えるだろう。まさにホンダらしいアイデア満載の、軽バンの進化形、新基準である。
DAIHATSU HIJET CARGO
デビューは2004 年と古参だが、17年11月のマイナーチェンジでフロントマスクを一新し精悍なイメージを演出。同時に予防安全装備スマートアシストIIIも搭載するなど商品力を大きく高めた。トヨタ、スバルにOEM供給を行ない、エブリイと並んで軽商用車の中心を占めてきたモデルだ。
DAIHATSU HIJET CARGO DELUXE“ SAIII(”2WD)
直列3気筒DOHC/658cc
最高出力:53㎰/7200rpm
最大トルク:6.1kgm/4000rpm
JC08モード燃費:17.8km/ℓ
車両本体価格:115万5600円
センターレイアウトを活かして超低床という独自の魅力もアピール
ボンネットの中にエンジンがないキャブオーバー車の荷室長は、やはりFFレイアウトのN-VANを上回る。後席格納時の荷室長は、N-VANの1580mmに対しハイゼットカーゴは1950mm(エブリイは1955mm)だ。だがN-VANは写真のように助手席をフラットに収納すれば長尺物に対応できるほか、圧倒的に低い開口高というメリットもある。
もうひとつのFF軽商用車 ダイハツ・ハイゼットキャディー
タントよりも高い全高のウェイクがベースの商用車で2016年3月発売開始。FFレイアウトのトールサイズ軽バンとしてはN-VANよりデビューが早かったが、後席は設定されず乗車定員は2名、最大積載量もN-VANの350kg(FF 車2名乗車時)に対し150kgとなる。価格は135 万円~184万1000円。
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