交通事故の調査は本当に中立公正なのか?
毎日のように、テレビではクルマの事故がニュースとして取り上げられている。ただ、かつてのニュースとは大きな違いがある。それは、ドライブレコーダーから得た動画が公開されてしまうことだ。内容も衝撃的であり視聴者の興味を誘うことになる。
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もちろん、ドライブレコーダーは視聴者の興味を誘うための装備ではない。例えば、クルマで旅行をしたときの記念にするといった使い方をしている方も少なくないだろう。だが、多くの場合は事故が起きたときに状況を動画データとして記録することで自分の立場を守るために装備しているはずだ。
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実際に、裁判に至った場合、刑事にしろ民事にしろドライブレコーダーの動画データが証拠として採用される事例もあるという。かつてのように、当事者からの事情聴取と事故後の現場検証や目撃者情報から収集に頼っていた時代に比べれば判断の精度も増しているはず。とはいうものの、ドライブレコーダーの動画が客観的な事実として扱われる可能性があるからこそ、自分の立場が守れなければデータを消去するとか破壊するとかの手段を講じる事態が起きかねない。
あるいは、事故後の現場検証にしても担当官の経験に基づく判断に委ねられている。損害保険会社とかかわる事故調査の専門家であるアジャスターにしても同様だ。プロの責任として中立公正が前提となっているが、損害保険会社の意向を完全に無視できるのかといえば、事故の当事者としては納得できない場合もありそうだ。
また、近年のクルマは急速な進化を遂げている。さまざまな運転支援機能が採用され、さらに特定条件下におけるレベル2の自動運転機能(自動運転ではない)が実用化されている。今後は、レベル3以上の自動運転が実現されそうだ。そうなると、これまでの事故調査では立ち入れない領域も生じてくるに違いない。
アナタのクルマにも搭載されているかもしれないブラックボックス
前置きが長くなってしまったが、すでに事故調査の方法が変わりつつある。じつは、皆さんの愛車にはEDR(イベントデータレコーダー)が装備されている可能性が高い。すべてのクルマとはいえないが、対応モデルは確実に増えている。EDRとは、事故前後のデータを記録する装備だ。
EDR自体は、1970年代の半ばから装備され始めている。当初は、事故調査が目的ではなく、エアバッグの普及にともない製造物責任(PL=プロダクトライアビリティ)が義務づけられたことに対応するための機能だった。エアバッグ展開時のデータを記録し解析することは、PLだけではなく製品開発にも役立つからだ。
2000年代に入ると、EDRが事故調査、いや客観的な事実による事故解析に役立てようとする取り組みが開始される。時間経過が長いように思えるが、エアバッグの展開時のデータだけでは事故解析には不十分だ。それが、車載ネットワーク(CAN=コントローラーエリアネットワーク)によりエンジン制御など多くの機能がデータとして関連づけられたことで事故解析が可能となってきた。
同時期に、EDRのデータを呼び出して事故解析のためのデータとして活用するためのツールも開発された。それがボッシュのCDR(クラッシュデータリトリーバル)だ。リトリーバルとは回収といった意味で、ブラックボックス的なEDRのデータを活用するにあたりプライバシーに配慮されることも特徴だ。1事故(イベント)あたり、現状では事故の解析に必要な、事故が起きる5秒前、そして事故が起きた2秒後のデータが活用される。
アメリカではCDRによる事故解析の導入が進み、2009年にはGM、フォード、クライスラーが採用。2010年には、トヨタも加わっている。2012年には法規によりEDRから呼び出す最低限データが決められ、そのためのツールの導入も義務化。EDRの装備が義務ではないが、普及率は90%を超える。CDRについても、ボッシュが呼び出しツールとして指定されているわけではないが一部メーカーが自社製ツールを用いる例があるくらいだ。
ちなみに、EDRの法規で定められているデータは縦方向のデルタV(速度変化)、車両表示速度、スロットルポジション(アクセル操作)、ブレーキ操作、シートベルトの状態、エアバッグの状態など、データ化する場合の要件としては縦/横/垂直方向の加速度、横方向のデルタV、エンジン回転数、車両ロール角、ステアリングホイール角などだ。だが、メーカーにより法規で定められている以外のデータも含まれ、CDRにより呼び出されるデータが300ページに及ぶこともあるという。
法制化を前に、動き出している
なおかつ、国連による自動車基準調和世界フォーラム(WP29)でもEDR技術基準の検討が始まっている。レベル3自動運転車の事故調査でもEDRの活用を確認。2020年11月までには基準案が発行される予定だ。日本は、その専門家会議の議長国にも加わっている。そのため、日本でも遅くとも2022年までにはEDRの技術基準が法制化されそうだ。
実際には、法制化前に先行して日本のメーカーではトヨタとレクサスが全世界対応、日産は2020年8月以降の新型車から日本対応、スバルと三菱は2019年から順次全世界対応を進め他のメーカーも採用拡大が進むに違いない。なぜかといえば、EDRから呼び出したCDRのデータは交通事故の裁判でも証拠として用いられ始めているからだ。CDRのデータを解析するCDRアナリストの認定を、警察庁の科学警察研究所および警視庁の科学捜査研究所の研究職員などが取得。従来の事故調査に加えることで、解析の精度を高めている。CDRのデータは中立公正であり、透明性が担保されていることも背景にはある。
さらにいえば、デルタVなどの解析によりEDR非装着車との事故でも衝突時の相手側速度(速度範囲)や多重衝突での衝突順などの算出もCDRのデータにより可能となる。こうした動向を踏まえると、自分が被害者だけではなく加害者になる可能性もある交通事故においてEDRのデータが動かぬ証拠として活用される時代が目の前に迫っているわけだ。
ドライブレコーダーの普及により、被害者になったときは自分の立場を守るためには動画が有効なデータなることもある。さらに、EDRによるCDRのデータが加わればなおさらだ。ただ、万が一にも加害者となったときはドライブレコーダーにようにデータを消去したり破壊したりすることはできない。あるいは、これまでの事故調査では加害者になりかねなかった事例でも真実は被害者なのかどうかを客観的に解析できるのもEDRによるCDRのデータなのだ。
いわば、EDRは公平公正な神様のようにいつでもドライバーを見守っているということである。神様の客観的な目で自分の立場が脅かされないためにも、これまで以上に安全を意識してクルマとかかわるべきなのではないだろうか。
〈文=萩原秀輝〉
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