トヨタは2020年5月、国内の販売体制を全面的に見直した。一部の地域を除いて、トヨタ店/トヨペット店/カローラ店/ネッツ店という販売系列は残るが、取り扱い車種の区分は撤廃した。今はすべての店舗で、トヨタの全車を買える。
販売体制の変更から1年以上を経過したので、トヨペット店に出向き、以前との違いを販売スタッフに尋ねてみた。
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文/渡辺陽一郎
写真/トヨタ、日産、ホンダ、マツダ、photoAC
[gallink]
■全店舗で全車種が買えるようになったトヨタの販売店
全店が全車を扱うようになって、以前の専売車種がどのディーラーでも購入できるようになった
「すべての車種を販売できると、基本的には売る側も便利だ。例えばハリアーを使うお客様の子供が運転免許を取得した時、今ならヤリス(以前のヴィッツはネッツ店のみの扱い)やパッソ(以前はカローラ店のみ)も当店で普通に販売できる。お客様も遠方の販売店まで出かけずにすむから便利だ」。
以前の専売車種が、今はほかの店舗でも売られるが、不満を感じないのか。
「アルファードやハリアーは、以前はトヨペット店だけで販売していた。そのために遠方のお客様が買いに来られることも多かった。それが今はほかの店舗でも購入できる。愉快なことではないが、そこはお互いさまだろう。トヨペット店も、以前は扱っていなかったヤリスやカローラを売っている。特に最近はSUVが人気だから、幅広い車種を扱えるメリットは大きい。先代ハリアーのお客様が、RAV4やカローラクロスに乗り替えることもある」。
全店が全車を扱うようになって困った事例はないのか。
「納期は全般的に長くなった。例えばハリアーは、2021年10月上旬に契約しても、納車は2022年の4~6月だ。半導体やハーネス類の不足による生産の滞りも影響しているが、納期はそれより前の昨年から延び始めていた。全店が全車を扱うようになり、すべての店舗でハリアーが好調に売られ、それにつられて納期も延びている」。
すべての店舗でハリアーが好調に売られ、それにつられて納期も延びているという
全店が全車を扱うと、販売会社や販売店の業績には、どのような影響を与えるのか。
「以前はアルファードやハリアーが欲しければ、お客様はトヨペット店に来店されたが、今はどこの店舗でも買える。そうなるとお客様は、ご自宅に近い雰囲気のいい店を選ぶ。販売店の立地条件とか、販売会社の販売力が、業績に大きな影響を与える。トヨタ同士の販売競争は、従来以上にシビアになった」。
■伸びる人気車種の販売台数
全店が全車を扱うと、人気車は売れゆきをさらに伸ばす。例えばネッツ店では、以前はアルファードの姉妹車となるヴェルファイアが専売車種だった。付き合いのある顧客が「次はアルファードが欲しい」といっても、トヨペット店に取られては困るから、ヴェルファイアを買うように好条件を提示して説得した。
以前は専売だったアルファードとヴェルファイアも↓
併売されるようになり、人気による販売台数の差が広がっている
ところが、今は全店でアルファードが好調に売られ、ネッツ店でも「かつての専売車種だったヴェルファイアからアルファードに乗り替えるお客様が増えた」という。全店が全車を扱えば、もはやユーザーを引き止める理由はなく、人気車が売れゆきを伸ばす。
その結果、販売体制を変更した後の2020年7~12月の1カ月の平均登録台数は、アルファードが約9000台で、ヴェルファイアは約1200台であった。この時点で7倍以上の差が開いている。さらに2021年4月の改良では、ヴェルファイアのグレード数を大幅に減らしたから、直近となる2021年8月の登録台数は、アルファードが8964台でヴェルファイアは約300台だ。30倍近い販売格差に至った。
同様の理由で、ヤリス、ヤリスクロス、ルーミー、ハリアーなどは、アルファードと併せて国内販売ランキングの上位に喰い込む。
■非「人気車」は、低迷度合いがより明確に
逆に人気に陰りが見えていたトヨタ車は、さらに低迷している。プリウス(αとPHVを除く)は、2021年1~8月における1カ月の平均登録台数が約3700台だった。全店が全車を扱う前の2019年には、1カ月の平均が8700台だから、プリウスの売れゆきは半減した。
2021年はコロナ禍の影響で苦戦するが、そこを差し引いても、販売の下降が大きい。
プリウスは2019年から2021年で1カ月あたりの売り上げが半減した
クラウンも2019年の1カ月平均は約3000台だったが、2021年は2000台に留まる。さらにプレミオ&アリオン、プリウスα、ポルテ&スペイドは、全店が全車を扱う体制に移行してから販売を終えた。
このように販売体制の変更で、トヨタ車同士の販売格差が拡大され、存続させる車種と廃止できる車種が明らかになった。トヨタの全店が全車を扱う体制に移行した目的のひとつも、この点にある。
販売系列のために作られた姉妹車を含めて、国内で売られるトヨタ車の車種数を減らすことだ。エスクァイアの生産終了も決まり、ヴェルファイアもおそらく廃止されるので、車種数を削減する目的はかなり達成されている。
販売チャンネル集約で車種間の販売台数格差が拡大。その目的は「車種数を削減することによる経営合理化」だという
販売店や販売会社同士の競争が激しくなった結果、店舗数も減っている。トヨタの店舗数はレクサスを除いても2010年頃には約5100店舗に達していたが、今は4600店舗だ。全店が全車を扱うと、ユーザーや販売店にとって便利な面もあるが、本当の目的はそこではない。
販売網から車種数まで、リストラを幅広く進めることだ。
■メーカーにかかわらずこの格差現象は起きている
この流れは、他メーカーの動向を見れば明らかだ。日産もかつては、日産店/モーター店/サニー店/チェリー店/プリンス店という具合に販売系列を揃え、専売車種も用意していた。それが2000年頃に全店が全車を扱う体制に変わり、2000年代の後半からはすべての店舗が同じデザインになった。2000年代の前半には、日産の販売店は全国に約3000カ所だったが、今は2000カ所少々だ。
ホンダもアコードやレジェンドを扱うクリオ店、インテグラやプレリュードのベルノ店、シビックや軽自動車のプリモ店を用意したが、2006年からホンダカーズに移行して全店が全車を扱うようになった。
プレリュードも、車種統廃合によって消えていったうちの1台だ(写真は3代目)
日産とホンダは2010年頃までは車種を豊富に揃えたが、全店が全車を扱う体制に変わり、車種数を減らした。特に日産は著しく、設計の古い車種が目立つ。そしてホンダを含め、車種ごとの販売格差が激しい。
日産の場合は、ルークスやデイズといった軽自動車の販売台数が、国内で新車として売られる日産車の約40%を占める。そこにセレナとノート(オーラを含む)を加えると、国内で販売される日産車の70%を超える。
ホンダも同様で、N-BOXやN-WGNなどの軽自動車比率が56%になり、そこにフィット、フリード、ヴェゼルを加えると、国内で売られるホンダ車の85%に達する。
■格差拡大に伴う「合理化」の果て
このように日産、ホンダともに、今は少数の車種が国内販売を支えている。全店が全車を扱う体制になり、販売しやすい一部の人気車だけが売れゆきを伸ばした。その結果、車種ごとの販売格差も拡大している。
そうなると合理化を図りたいメーカーは、「国内市場は軽自動車など一部の車種に任せておけばいい」と考える。そのためにホンダでは、狭山工場の閉鎖に伴い、オデッセイを廃止する方針まで打ち出した。
リストラが進むいっぽうで売れゆきも下がり、2021年1~8月の国内販売順位は、上からトヨタ、スズキ、ダイハツ、ホンダ、日産、マツダ、スバル、三菱だ。ホンダは4位、日産は5位まで下がっている。
過去をさかのぼると、マツダは1989年から1990年にかけて、マツダ店、アンフィニ店、ユーノス店、オートザム店、オートラマ店(フォーオブランド)の5系列体制を築いた。
カペラの後継機であるクロノス。アンフィニ店、ユーノス店、オートザム店、オートラマ店から各々姉妹機種が別名で販売されたが、それぞれの知名度が足りず売れなかった
各々に専売車種が用意され、例えばマツダクロノスには、アンフィニMS-6&MS-8/ユーノス500/オートザムクレフ/フォードテルスター(オートラマ店)という姉妹車が存在した。
この時は、マツダ店が売る車種以外にはマツダの車名を付けず、アンフィニやユーノスをブランド名にした。しかし、ユーザーはどこで買えばいいのかわからない。その結果、1990年にマツダの国内販売は59万台に達したが、91年には55万台、92年には48万台と急降下していく。
その後もマツダ車の売れゆきは下がり続け、1996年には店舗の吸収によって5系列体制は終了した。2020年の国内販売は18万台であった。マツダの5系列体制は、販売戦略の明らかな失敗だから、その後の日産、ホンダ、トヨタと続くリストラとは意味が違う。
それでも当時、マツダの重役が述べた「クルマの売れゆきは、販売系列を増やすほど伸びる」という考え方は、販売系列の目的を示すものではあった。
■売りやすさという「功」と格差拡大という「罪」
クルマが普及を進める過程で、販売系列が果たした役割は大きい。全店が全車を扱わず、特定の車種に専門化することで、さまざまな車種を大切に販売できた。それをやめた結果、販売力が売りやすい車種に偏り、ホンダや日産のように特定の車種が国内販売を支える状態に陥った。
全店が全車を扱う体制に変更したら、売れゆきの偏りを抑え、なおかつユーザーに新たなサービスを提供することが必要になる。定額制でクルマを使うサブスクリプションサービスも、そのひとつに位置付けられる。新しい試みを継続的に続けることが大切だ。
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