今年1月1日、グループPSAジャパン株式会社(本社:東京都目黒区)の代表取締役社長に木村隆之氏が就任した。トヨタ自動車、日産、そしてボルボ・カー・ジャパンを経た今、新会社での意気込みなどを訊いた。
ヤリスのころ
2021年1月1日に「プジョー」「シトロエン」「DS」の3ブランドを束ねるグループPSAジャパン代表取締役社長として着任したばかりの木村隆之氏に、『GQ JAPAN』がさっそくインタビュー取材した。
前任のボルボ・カー・ジャパン時代には、約6年の社長在任期間中に、販売台数を約4割上積みし、平均販売価格も大幅に押し上げることに成功した敏腕経営者である。
聞き手は元『カーグラフィック』誌の元編集長で、BMWジャパン広報部長も務めたことのある田中誠司。ふたりは時期こそ違え、ファーストリテイリング・グループに属したこともあるため、その話題から会話は始まった。
木村 柳井さん(柳井 正:ファーストリテイリング代表取締役会長兼社長)に鍛えてもらってなかったら、できなかったと思いますよ本当に。トヨタだけの経験だと。経営者として、危機感とかスピード感とか全然違いますもんね。
田中 直接、彼とやりとりする機会は多かったのですか?
木村 私は営業副本部長として入りましたけど、しょっちゅうやりとりしていましたよ、週に何回も。これまで海外のユニクロで社長を務めた人は大抵、私の元部下ですよ。ちょうど本格的に国際化をすすめていて、イギリスとかアメリカが芳しくなく、アジアを真剣にやらなきゃいけない、という時期でした。
田中 いまも柳井さんは、週末には主要な店舗を視察し、毎週月曜朝7時半には前週末の販売情報をもとに幹部を叱咤激励しています。100人規模の役員・部長陣を集めて行われる、数千点におよぶ新商品の企画会議でも中央に陣取り、ひとつひとつの商品に躊躇なく注文をつけていますね。いきなり伺いますが、経営者視点というか、社長になりたいと思われたのはいつですか?
木村 たしか30代の後半か、もっと前だったかも知れません。トヨタでヨーロッパに駐在したのがきっかけです。日本でいうところの製品企画やリサーチを担当しました。役職は係長ぐらいだったんですけど、部下が27人くらいいました。
トヨタの本社にいたら考えられないほど、色んな国籍、バックグラウンドを持つ多様性に富んだ人々をまとめていく経験をさせてもらい、初代の『ヤリス(日本名・ヴィッツ)』をローンチするプロジェクトのリーダーを務めるなかで、セールス、マーケティングなど社内のさまざまな部門を巻き込んで進める仕事は「いちばん面白いな」ということに気づいたのです。
ヤリスのプロジェクトには本当に深く関わっていました。たとえばエクステリア・デザインは、本社やほかのカロッツェリアと戦うコンペで、勝ちました。それまで、ブリュッセルにあったヨーロッパのデザインスタジオは連戦連敗だったんです。それをデザイナーと話し込んで、初めて勝ち取ったのはうれしかったですね。
田中 いろいろな部門がそれぞれ自分たちの言い分を主張するなかで、最終的な決定する立場であるわけですが、そこに魅力を感じた?
木村 商品を、お客様それぞれに最適化することが重要です。それをいかにやるのか、そこをどのようにリードしていくのか、がトップマネジメントの仕事ですが、その手腕次第で、業績に差が出る。そのへんがいちばんの魅力かもしれません。
ディーラーが儲かる、ということ
田中 ローカルのマーケットに商品を最適化するうえで、日本人が海外の企業の日本法人の社長を務めることには、メリットとデメリットがあると思います。
木村 世界中の人が“自分のマーケットは独特だ”って言います。なかでも、日本はとくにユニークです。自国のカーブランドがいくつもあって、文化的にも比較的成熟しています。サミュエル・ハンチントンの『文明の衝突』という本でも、「日本の文明はほかの7つの文明とは本質的に異なる」と、言っているほどですから。
したがって、日本人だからこそお客様の肌感覚を分かる、ということがありますね。それから、インポーターの営業部隊もディーラー経営者もすべて日本人ですので、おなじ方向を見て仕事をすることがそれほどむずかしくない。そういうことも、業績に“効いてくる”と思っています。
デメリットは、本国とのパイプでしょうか。たとえば本社で、生産に詳しい人を知っているか? と、いえばつながりがない。とはいえ、そういう面については、各地域の統括オフィスがサポートしてくれるので心配はしていません。
田中 前職では少なくない数のディーラーとの契約を解除したりもしていますね。
木村 5年間で53社だったのが40社に減りました。ボルボは28年間ずっと外国人社長だったんですね。もともとボルボの社風は非常にゆるやかでしたし、それに外国人で3年しか任期がない社長からすると、ある地域のディーラーとの契約を解除して減った販売台数を、短い任期のあいだに回復させるのは難しい、と判断したとしても不思議はないはずです。私は立場がちがうので、お客様に誠実で、やるべきサービスを提供できる販売店だけを残す、という方針で臨みました。その結果である、と、思っています。
田中 グループPSAジャパンではどんな面でカスタマー・サティスファクションを強化したいと考えていますか?
木村 グループPSAジャパンは素晴らしいブランドを持っています。それに新規のお客さまの多くがウェブで商品情報を検索して来店なさり、受注に繋がっています。とはいえ、一般論でいえば、そういうお客さまが増えていくと、既存オーナーへの気配りや提案がおろそかになりがちになるものです。つねに手厚いケアでファンを育てて、最終的には“信者”になっていただきたい、と、思っています。
新車の販売は“水物”かもしれません。競争も厳しいですし、絶対成功すると思っても“ハズレる”クルマもあります。したがって、ローン制度や保険、整備、中古車販売の強化といったいろいろな側面で、ディーラー・ビジネスを健全にすることが、ブランドとしてもインポーターとしても非常に大切になります。ひとことでいえば手本はトヨタです。“まずはディーラーが儲かるように”という仕組みで、そこがポイントだと思います。
たとえば中古車販売は“一物一価”で、自分で仕入れて自分で売るわけですから、基本的には収益が出るビジネスであると考えています。過大な販売目標や値引きなど、新車の販売で無理をすると、中古車のバリューが下がっていくので、ディーラーは苦しくなっていく。新車がしっかり売れて、しかし中古車が値崩れしないようにするバランスは結構難しいんです。
“ステランティス”と“オペル”
田中 組織面では、社内を改革していく意向はありますか?
木村 グループPSAジャパンはきわめてオーソドックスな組織の組み方をしていると思いますし、短期的にビジネスモデルが変化する業界でもないと考えています。「組織を変えるのはすべてやり尽くしたあとだ」と、アメリカの学校で教えてもらったことを信じています。
田中 本国レベルでは、PSAグループとFCA(フィアット・クライスラー・オートモービル)グループが対等合併して、『ステランティス』グループを構成することが明らかにされています。このことは日本でのビジネスにどんな影響を与えますか?
木村 われわれはまだなにも聞いておりませんし、いまのところ、コメントする立場にもありません。メーカーとして何年もかけて電動化、そして環境対策を進めていくことを見据えたプラットフォームを考えることが、なによりも先決であろうとは思いますが、今回の合併の報で日本法人のなかがざわついているということはありません。
田中 オペルの再導入についての進捗はいかがですか?
木村 昨年2月に発表したスケジュールのとおり、着々と進めており、新規でお付き合いするディーラーさんにくわえて、かつてオペルを扱ったディーラーさんにも手を上げていただいています。
Opel Automobile GmbHOpel Automobile GmbHOpel Automobile GmbHプジョー「205」のこと
田中 ボルボではブランドのポジショニングを変えていくことに取り組んでいたと思います。これからのPSAのそれぞれのブランドは、どう変えていくのか、あるいは変わっていくのでしょうか?
木村 日本におけるプジョーのポジショニングを分析すると、非常にユニークで、メーカーが狙っているとおりのイメージに支えられているので、ターゲットを絞ったマーケティングを実施していきたいですね。いっぽうDSは、まだ新しいブランドなので、かつてのシトロエンDSまで歴史を立ち戻るのかどうかも含め、これからブランドストーリーを確立しなければならないと思います。
世の中、クルマでも携帯電話でも、多数のブランドの相互の距離感は近寄ってきていて、差別化が難しくなっていると思います。世界中を情報が駆け巡る時代、デザインも機能も優れたものから影響を受けてしまう。そんななかで、長続きする差別化が図れるとすれば商品自体の良さです。
最近、プレミアムブランドのクルマはどれもボディサイズが大きくなってしまい、辟易している人が多いはずです。私はプジョー「2008」と「DS3クロスバック」に乗っていますが、その点、PSAの車は日本に持ってきてもサイズが適正で、パッケージングに優れている点はアピールできると思います。
Hiromitsu Yasui田中 過去のPSAのモデルでとくに個人的に好きなモデルがありますか?
木村 圧倒的に気になって好きだったのはプジョー「205」ですね。私がヨーロッパ駐在中、ヤリスのプロジェクトに携わっていた1990年代なかば、フィアット「プント」やルノー「クリオ」(日本名ルーテシア)なども含めてよく比較しましたが、いつもヤリスは2番手でした。1番はプジョー205。“猫足”という表現はよくわからなかったけど、小型車でも130km/hで飛ばさなきゃいけないという場面で、これはすごい、と、思いましたね。ユーザー調査でも、他社に比べプジョーの性能に対する信頼、デザインに対する評価は圧倒的でした。新型を持ち込んでも、モデル末期のプジョーに敵わないというのは忘れられない思い出ですね。
そういえば、ドイツのケルンにいたトヨタの実験部隊に、「なぜ、プジョーのような走りにできないんだ?」と、問い詰めると、「プジョーはとても高価なダンパーを使っているんですよ。コスト管理が厳しいトヨタでは絶対勝てません」と、開き直っていたのが印象的でした。
けれど初代ヤリスは、フランス車と同じ考え方で作ることができました。全体で体重を支えるシートや、センターメーターなどは画期的でした。欧州向けに振り切って開発出来たんです。いい思い出です。
ボルボで成功し“プレミアムブランドの経営者”というイメージの強い木村社長であるものの、実はかつてヨーロッパで小型車の開発に打ち込んでいたのだった。
実用的なプレミアムカーを得意とするPSAグループの日本法人を、これから彼がどのように舵取りするのか、興味を持って見守っていきたい。
文・田中誠司 写真・角田修一
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みんなのコメント
時期尚早すぎるインタビューだし、受ける新社長も新社長である。
でも、ワーゲンの国内ビジネスが自爆しているいま、非プレミアム外車カテゴリーではPSAに商機・勝機あるかもね。