ファミリーカーとしても乗っている
インドのクラシックカー・コレクター、ヨハン・プーナワラ氏。彼のコレクションで最も古いクルマが、1927年式ロールス・ロイス・トゥエンティだ。1920年代にブランドが初めて手掛けた小型モデルで、なかなかお目にかかれない。
【画像】ベントレーMk VIとロールス・ロイス・トゥエンティ、ファントム VI 最新モデルも 全98枚
1925年にマイナーチェンジ。前後にブレーキが与えられ、4速MTも搭載されている。
ファントムとは異なり、運転手に頼らず自らステアリングを握りたいという裕福なオーナーのために作られた、クルマ好きのためのロールス・ロイスだ。同じ気持ちを持つプーナワラにとっては、ピッタリのクラシックだといえる。
ファミリーカーとしても利用しており、子どもたちと一緒に自動車旅行へも駆り出すらしい。「スケジュールが許せば、これで日曜日のドライブを楽しみます。フェラーリに乗りたい時を除いてですが」
動力性能はフェラーリへ遥かに及ばないが、トゥエンティも戦前のラグジュアリー・サルーンとして不足ない走りを発揮するという。エンジンは当時新開発された3127cc直列6気筒。100km/hほどでの巡航も可能だ。
トゥエンティの製造台数は2885台。そのなかの80台はインドへ輸出された。シャシー番号GRJ1が割り振られた、プーナワラの1台もそこへ含まれる。
最初の4年間はデモ車両として使われたが、1931年にインド西部のサチン地域を治めていたマハラジャ、ハイダー・ムハンマド・ヤクート・カーン殿下へ売られている。領土は広くなかったものの、ロールス・ロイスを儀式に登用するほど裕福だったようだ。
夏の暑いインドならではのディティール
1948年、インド統一でサチンは国へ統合されるが、王家はトゥエンティをなんとか維持。後に、成功した蘭の生産者へ売却している。余談だが、彼はネズミ駆除の目的で、ロールス・ロイスの車内に2mの蛇を飼っていたという噂がある。
ベントレーMk VIの鮮やかなツートーンにも目が奪われるが、筆者としては戦前のロールス・ロイスの方に心が惹かれる。ロンドンに存在していたコーチビルダー、バーカー社のオープンツアラー・ボディの深い艶が、陽光を反射して輝いている。
ボディカラーはブラック。以前所有していたコレクターによって、丁寧にレストアが施されている。作業には2年半を要し、スティーブン・グレベル社製の2灯のヘッドライトとスポットライトも磨き込まれた。
スポットライトはフロントガラスのサイドに取り付けられ、ドライバーが角度を調整できるようになっている。1930年代のインドの道路事情を考えると、3本目のスペアタイヤも、賢明な装備だといえる。
インテリアは、インドの暑い夏に対応させるため、いくつか特徴的な変更が与えられている。ボディと同じブラックのダッシュボードへ並ぶメーターの文字盤は、運転中に眩しくないよう、ブラックで統一されている。
一方で、ステアリングホイールやシフトノブ、ダッシュボードの操作系ノブなど、運転中に触れる部分はすべて、アイボリーで統一。太陽光を反射し、できる限り温度上昇を抑える目的があった。
デモ車両として豪華装備が満載
コレクターのプーナワラは、ロールス・ロイス・ファントムの大ファンでもある。レーシングドライバーのマルコム・キャンベル卿が所有していた1933年式ファントム IIと、インド北東部のマハラジャが所有していた、1937年式ファントム IIIも所有している。
近年、究極のファントムとも呼べる、1979年式ファントム VIがコレクションへ加わったのも、自然な流れだったといえる。筆者の感覚では、ベントレーMk VIとロールス・ロイス・トゥエンティの存在感の方が強いけれど。
先出の2台が運転も楽しめるラグジュアリー・モデルだったのに対し、6.75L V8エンジンを搭載したファントムは、国家要人の移動を目的に作られたリムジン。海外からの大型客船が寄港する、岸壁が似合いそうだ。
彼が購入したファントム VIのシャシー番号は、PGH116。ロールス・ロイスのデモ車両として作られ、読書灯にヘッドレスト、カーテン、カクテルキャビネットなど、ありとあらゆる豪華装備が盛り込まれている。
「このファントムは、ブランドとしてのフラッグシップ。当時の最高スペックで仕上げてあります」
「シートは電動。ベルベットで仕立てられた後席やクッションに、エアコンも備わります。会話を聞かれたくない場合など、必要ならガラスで前後を仕切ることも可能です」
インド大統領やローマ教皇のクルマも
この水準の豪華さと快適性は、実際にリアシートへ座る人にとって必要なものだった。彼のコレクションになったファントム VIは、英国王室によってエリザベス2世の移動手段として何度も登用されてきた。1983年には、スウェーデンにも運ばれている。
女王が移動する時は、フロントフェンダーの両脇で英国王室旗がはためいた。ナンバープレートは、専用のHMQ001へ貼り直されていた。
プーナワラのコレクションは、強く興味を抱かせるものばかり。だが、まだ充分ではないらしい。インド政府が用意したロールス・ロイス・シルバークラウドや、ローマ教皇が乗っていた1964年式リンカーン・コンチネンタルなど、台数は徐々に増えている。
「最近購入したシルバークラウドは、インド大統領が以前に乗っていたクルマです。購入は、またとない機会でした。コンチネンタルの方は、過去にマザー・テレサへ贈られたクルマ。ハンセン病の慈善事業として販売されたものです」
規模を膨らませていくクラシックカー・コレクションは、プーナワラの野心の大きさをも示している。最高の状態のクルマを人々と共有しようという、心の大きさも。
いずれもが素晴らしい状態にある。アメリカ・カリフォルニアで開催されるコンテストの最高峰、ペブルビーチ・コンクール・デレガンスへの出展も視野にあるのか聞いてみた。
「遅かれ早かれ、でしょうか」。ほほえみながら、その可能性を教えてくれた。
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