ボルボのステーションワゴン「V60」にハイパフォーマンス・ヴァージョンの「T8ポールスター・エンジニアード」が追加された。あらゆるV60に試乗済みの今尾直樹が「これはいい!!」と、驚いた理由とは。
こころがワクワクする、ホットなボルボ
2019年11月7日に限定30台で発売となり、たった1日で完売したボルボS60の特別限定車「T8ポールスター・エンジニアード」がXC60とV60も仲間に加えて帰ってきた。今度は、XC60が30台、V60が20台、S60は15台の限定で。
10月下旬にボルボ・カー・ジャパンが箱根で開いたこれら3台のスペシャル60シリーズの試乗会でGQがドライブしたのはV60のみですけれど、う~む。これはいい!! かつてこれほどタイト感があって、エキサイティングなボルボがあっただろうか?
Hiromitsu Yasui本欄担当のイナガキ氏から「ボルボ850T-5Rと比べるとどうですか?」と、訊かれたものの、四半世紀も前のクルマ、筆者はぜんぜん覚えておらんので、ただこう申し上げたい。
V60 T8ポールスター・エンジニアードは、運転していて、こころがワクワクする、ホットなボルボである、と。
Hiromitsu Yasui簡単に概要をご説明すると、パワーユニットは、名称通りT8をベースにしている。これはかつてボルボが“ツイン・エンジン”と呼んでいたボルボのフラッグシップ用システムで、現在はリチャージ・プラグイン・ハイブリッドAWDという、長いけれど、わかりやすい名称に変更している。内燃機関で前輪を、ときに応じて電気モーターで後輪を駆動する4WDで、プロペラシャフトが本来あるはずの車体フロア中央にリチウム・イオン・バッテリーを搭載している。
内燃機関は1968ccの直列4気筒ガソリンにターボチャージャー+スーパーチャージャーをくわえたもので、最高出力318psと400NmバージョンがT8、253psと350NmバージョンをT6と呼ぶ。T8は現在60シリーズではXC60のみの設定になっているけれど、今回のポールスター・エンジニアードではS60、V60にも搭載しているのだ。なので、もしもS60、あるいはV60のT8が欲しいと思っても、このチャンスを逃すと、しばらくは手に入らない。お気をつけください。
Hiromitsu YasuiポールスターはこのT8のガソリン直4ツイン・チャージャーをロム・チューンによって、最高出力333psと最大トルク430Nmにまで引き上げている。合わせて、スロットル・レスポンスと8速オートマチックのシフト・スピードの変速を、より精緻に最適化しているという。
プラス15psと30Nmの出力アップは、本年10月までボルボ・ディーラーに行けば、18万円で気軽にやってもらえた合法チューン、ポールスターのソフトウェアと基本的にはおなじものを使っている。
このエンジンは、スターター・モーターとバッテリー充電用のオルタネーターを兼用し、ときにパワー・ブーストも行うCISG(Crank-mounted integrated starter generator)を装備している。CISGはモーターとして34kW(46ps)と160Nmを発揮する。
65kW(87ps)と240Nmのリアのモーターと、そのモーターのエネルギー源となるリチウム・イオン・バッテリーは、カタログ上の数値は変わっていないけれど、出力特性はポールスターが最適化を図っている。とりわけ「ポールスター・エンジニアード・モード」使用時にはトルク配分をよりリア寄りに配分する。筆者の印象でも、コーナリング中、前から引っ張られるだけではなくて、後ろから押されている感があって、V60の走行感覚をより生き生きしたものにしていると思った。
ドライブ・モードの切り替えで、「ピュア・モード」を選ぶと125km/hまでモーターのみで走行し、「ハイブリッド・モード」では65km/hまで常時リアを駆動して4WDとなる。「AWDモード」、もしくは「ポールスター・エンジニアード・モード」を選ぶと、175km/hまでモーターが稼働する。
そんなことをしていたら、リアを駆動するモーターの電池のエネルギーがなくなってしまうではないか、と思われるかもしれない。じつは筆者がそう思った。安心してください。T8はハイブリッドなので、ときにはエンジンのパワーで発電し、電池にエネルギーを蓄えるのだ。
ちなみにボルボ・カー・ジャパンとしては2020年内にすべてのモデルを電動化する。ディーゼルは廃止し、ガソリン・エンジンはすべて48Vマイルド・ハイブリッド(MHEV)の出力違いをラインナップする。それとプラグイン・ハイブリッド(PHEV)と、2021年中に導入予定のXC40に始まるバッテリーEV(BEV)の3種類から、ボルボの電動化計画は進められている。2021年にはあと2種類のBEVの登場を予告してもいる。
「MHEVじゃ生ぬるい」という声に対して、ボルボはこう返す。MHEV1台のCO2削減効果は小さいかもしれない。しかし、ボルボの全車、年産にして70万台が電動化することの意味は大きい、と。
オーリンズのダンパーは22段階調整機構付き!
閑話休題。シャシー関連では、見えるところでまず、ゴールドに輝くブレーキ・キャリパーを採用している。フロントはブレンボの6ピストン(XC60はアケボノ製)で、この大きなキャリパーをおさめるべく、専用デザインの鍛造アルミ・ホイールを新調している。見えないけれど、リニアなタッチを実現すべく、専用の強化型ブレーキ・ホースを採用してもいる。エンスージアスティックである。ボンネットを開けると、ボディを強化するための専用ストラット・タワー・バーが目に留まる。
Hiromitsu YasuiHiromitsu YasuiHiromitsu Yasuiフロントは通常のコイル、リアはリーフという最近では珍しい形式のスプリングも強化し、22段階も調整できるオーリンズのDFV(デュアル・フロー・バルブ)ダンパーを組み合わせている。
特にフロントはボンネットを開けてダンパーのてっぺんにあるつまみを、最初に一度、目一杯時計まわりにまわしてから、反対方向にカチリカチリと戻すだけで簡単に切り替えできる。カチリという手応えの分だけ、調節したことになり、何回まわしたか、ちゃんと覚えておく必要がある。リアは、ジャッキで持ち上げて、狭いところに手を入れるとできるそうで、つまるところオウナーだけの休日の楽しみ、特権なのである。
Hiromitsu YasuiHiromitsu YasuiボディはRデザインを基本にして、専用のフロント・グリル、前後バンパー、ブラック・クローム仕上げのエンド・パイプ、光沢のあるブラック仕上げのサイド・ウィンドウ・フレーム等を装着している。でも、そういうのより、やっぱりゴールドのキャリパーがひときわ目立つ。
室内は基本的にブラックで、真っ黒けのなかに、キャリパーのゴールドとコーディネートしたゴールドのシートベルトが浮かんで見える。ゴールドはゴールドであるがゆえにひとを魅了する。私はそのベルトを締めながら、名横綱・輪島の黄金のまわしのことを思ったけれど、深い意味はないです。
Hiromitsu YasuiHiromitsu YasuiHiromitsu YasuiHiromitsu YasuiフツウのワゴンのカタチをしたPHVのスーパーカー
シフト・レバーの近くにある四角い小さな銀色のつまみをクリックすると、イグニッションがオンになる。でも、エンジンは始動せず、静かなままだ。試乗後、ちゃんと充電してあったからである。
十分な電気をリチウム・イオン・バッテリーに蓄えたT8は無音でスッと走り出す。シートがパンと張った専用スポーツ・シートということもあって、高いボディの剛性感を感じつつ、坂道を登りきり、さらにアクセルを踏み込むと、やがてエンジンが始動する。
Hiromitsu YasuiHiromitsu YasuiHiromitsu Yasui車重は2050kgもあるのに、重さをほとんど意識させない。単にガソリン・エンジンだけなら、333ps、430Nmを生み出す高性能ユニットとはいえ、おそらくこうはいかない。後輪を駆動する、87psと240Nmのモーターが低速時に縁の下の力持ちとして大きな働きをしているのである。おかげで、まるで高級サルーンのように感じられる。モーターとの連携によって、エンジンが軽くうなりをあげる程度で、それ以上の加速を披露するのだ。つまりこれは、フツウのワゴンのカタチをしたプラグ・イン・ハイブリッドのスーパーカーなのである。
乗り心地は硬めではあるけれど、まったくドッシンバッタン、と19インチのタイヤ&ホイールが暴れるそぶりもない。235/40という超扁平なのに、コンチネンタルのプレミアムコンタクト6というフツウの高級車用タイヤを選んでいるところも乗り心地に効いているのだろう。
22段階も調整できるオーリンズDFVダンパーは、メーカー推奨の前6、後9に設定してあるそうで、数字が小さいほど硬いことを表す。つまりけっこう硬めのセッティングだ。それでも、じつにしっとりしている。硬さとしなやかさを両立している。これがオイルの流れをうまく制御して、縮み側と伸び側の両方でよい面だけを見せるオーリンズのダブル・フロー・バルブ、DFVシステムの威力なのだろう。
Hiromitsu YasuiHiromitsu YasuiHiromitsu Yasui「オーリンズはスウェーデンの会社なので、ボルボとは日頃からコミュニケーションをとっているんです」と、ボルボ・カー・ジャパンの広報担当者は自信たっぷりに語っていたけれど、なるほどそういうものかもしれない、と素直にそう思った。
前輪駆動のボルボと違って、前後重量配分がS60で、56:44とフロント・ヘビーに過ぎないところも、好印象に寄与していると思われる。V60の場合、車検証によると、前が1110kg、後ろが940kgで、つまり54:46と、より前後バランスがよさげな数値になっている。おまけにプロペラシャフトが本来あるセンター・トンネルの位置に、重たいリチウム・イオン・バッテリーが置いてある。ボルボのT8のプラグイン・ハイブリッド・システムが低重心を実現している。そのおかげもあって、動きがリニアで曲がりやすく、コーナリングが安定していて、ライブ感がある。
さらにポールスターがロム・チューンしたエンジンが心地よいサウンドを奏でる。このエンジン、アイドリングだと小さな音でドコドコという高性能ユニット特有の野性的な呼吸をしている。それでいて、環境に配慮したハイブリッドである。そういう現代ならではの矛盾が筆者はいいと思う。
Hiromitsu YasuiHiromitsu YasuiHiromitsu YasuiHiromitsu Yasui電動化しても退屈なクルマだけをつくるわけではない!
最後に、ポールスターについて触れておきたい。ポールスターは1996年に設立されたレーシング・チームがおおもとで、ボルボ「850」のレース仕様でスウェーデン国内のツーリングカー選手権(STCC)に出ていた。
このボルボ850はトム・ウォーキンショー・レーシング(TWR)の製作で、TWRは1994年に850エステートでイギリスのツーリングカー選手権に参戦し、このレンガのように四角いワゴンを飛ぶように走らせて、そこそこの成績を残した。速いボルボなんて、だれも見たことがなかったから大きな話題となり、若きイナガキ氏も気になる850T-5Rが生まれるきっかけになった。
Volvo 850 Racing, BTCCVolvo 850 T5 RTWRの850をSTCCで走らせていたレーシング・チームはやがて自分たちでボルボ・ベースのレース車両を開発し始め、オーナーが変わるなどしてポールスターに改名、さらなる好成績をあげて、レース用パーツを売り出す。それがきっかけになって、公道車用パーツ、ついにはコンプリートのチューニングカーをつくるボルボの公式パートナーとなる。そして、2015年にボルボにレース活動部門をのぞいて買収され、ポールスターはボルボの高性能車を開発する組織となるのだ。
Hiromitsu Yasuiところが、話はここで終わらず、ポールスターは高性能EV専門メーカーとして、2017年にボルボから独り立ちする。その実態はボルボのエンジニアの出向組も含まれているようだけれど、ボルボの本社とは異なる、近くの建物で、ボルボとは別組織の別会社として、テスラを意識したEVづくりに取り組み、日本未導入ながら、すでにプラグイン・ハイブリッドの2ドア・クーペ、「ポールスター1」と、BEVの5ドア・セダン、「ポールスター2」を発売している。前者は619ps、後者は408psという高性能車である。
これらポールスターがいつ日本に上陸するかはいまのところ定かではない。ボルボ・カー・ジャパンの広報担当者も別会社なので、公式にはわからないと答弁するほかない。もちろん、実際にわからないのかもしれない。
Hiromitsu Yasui現在わかっているのは、ポールスターの力を借りるというカタチで、ボルボがプラグ・イン・ハイブリッドの高性能車を限定ながら生み出したという事実である。これはつまり、電動化しても退屈なクルマだけをつくるわけではない! というボルボの宣言であると受け取ることができる。年産70万台程度の弱小メーカーなのに……。
ニッポンのメーカーも見習って欲しいものである。
文・今尾直樹 写真・安井宏充(Weekend.)
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フロントにエンジン駆動、リアがモーター駆動の4WDなんて新鮮ですね!
すぐに完売だろうな。