取材や打ち合わせ等のため、たまに御府内へ出かけることもあるが、基本的には自宅長屋と近隣の東急ストア、そして近隣の駅とを結ぶトライアングルから出ることなく暮らしている拙者ではある。しかし過日、所用ありてエアプレーンすなわち旅客機に乗り、遠出する機会があった。そして驚いた。
機長の、あまりにも横柄な機内アナウンス
いい感じの国産車が増えていることで、拙者がひっかかるリアルなプロブレムとは?
無論、拙者も現代人の端くれではあるため、驚いたといっても「うわっ、鉄のカタマリが浮きよった! 怖っ! 死ぬ!」などと未開人のような驚き方をしたわけではない。驚いたのは、いわゆる機長の機内アナウンスがあまりにもあんまりというか、端的に言ってしまえば「超絶エラソーな感じ」であったことに対してだ。
お名前は失念したが、機長氏のアナウンスは以下のようなものであった。カッコ内は、彼の心の声を拙者が勝手に補足したものである。
「(めんどくせえなぁ)……え~当機はただ今XX上空を高度約2万6000フィート、速度約430ノットにて(つーかド素人にはメートル法で言わなきゃわかんねえか)、え~高度約8000m、速度は毎時800kmにて飛行中……です(あぁめんどくせえ)。なんとかかんとかが……どうしたこうしたで(……こんな無意味な儀式、エリートたる俺様にやらせんなよ、ったく。こっちは忙しいんだよ)、かくかくが、あ~しかじかで、う~、かいえきなそあのあいをいいつういおたのしいくやせ。ブチッ」
最後の「かいえきなそあのあいをいいつういおたのしいくやせ」というのは、どうやら「快適な空の旅を引き続きお楽しみください」と言いたかったようだ。
腹は立たなかった。逆に「素晴らしい!」と思った。
「客=上位」というつまらない既成概念の破壊者
普通に考えれば、機内アナウンスを聞いている拙者は「顧客」であり、アナウンスをしている機長氏は「商品を提供する側」だ。
そういった場合、人間同士の関係性というのは、どうしたって「上位にある者」と「下位に位置する者」というように分かれがちである。当然ながら顧客=上位で、商品を提供する側=下位だ。
無論、上位にある顧客側が威張るというのはまったくよろしい話ではなく、基本的には人間は皆「五分の兄弟」といったニュアンスで人間関係を結ぶべきではある。
しかし実際問題として、特にここ日本では、「客=エラい」「提供側=へりくだる」といった関係性になる場合が多い。
拙者なども、原稿のなかでは「拙者」などと威張ってみせているが、実際は各メディアの編集部をドサ回り営業し、担当者に対して額を床にこすりつけつつ土下座懇願することで、なんとかギリギリ仕事を得ている。そしてそれが普通だと思っているので、特に思うところはない。
しかし当機の機長は、そういったつまらない日本のコンセンサスおよび風潮をすべて無視し、破壊している。尊敬に値するデストロイヤーであり、革命家だ。
「お前らは確かに客だ。しかしそれは、大量の生命を乗せた大型旅客機を安全に航行させるという超絶特殊技能を、長年の修練の結果会得したエリートである俺の前ではほとんど意味をなさない。お前らはとにかくベルト締めてそこに座っときゃいいんだ。俺が、お前らを目的地まで運んでやる。わかったか? わかったらこんなアナウンスなんか聞いてねえで寝てろ。もしくは安いウーロン茶でも飲んでろ」
要するに彼はこう言っているのだ。思っているのだ。
拙者も機長氏のような態度で生きてみようと思ったが
……この自信、この強烈な自負。一部の医師にも見られるこういったマインドセットこそが、男子たる者にとって本当に必要なものなのだろう。各編集部の部屋にてコメツキバッタのようにペコペコしている場合ではないのだ。拙者も、拙者ならではの「希少性」と「特殊技能」にプライドを持ち、今後はエラソーな感じで生きなければいけないのだ。
さっそく実践に移した。といっても今からエアプレーンの操縦免許を取得し、エアラインに操縦者として就職するのは非現実的。そこで拙者は「今ある私の希少性、特殊技能とは何だろうか?」ということをまずは考えた。
それはおそらく「自動車が運転できる」ということと、「自動車にあまり関係ない話を書く自動車ライターである」という2点であるはずだ。
無論、普通自動車の運転などというのはまったくもってありふれた技能であり、特殊技能でもなんでもない。しかしそこはあくまで相対的な問題であって、確かに一般的にはありふれた技能だが、それができない人間グループのなかでは「特殊技能」となるはずなのだ。
そこでさっそく拙者は、自動車の運転というものがほとんどできない家の者を、拙者の私物であるスバルXVに乗せた。日頃は家の者に対してかなり下手に出ている拙者なのだが、考えを改め、車内ではひたすら高圧的な態度をとることにした。
家の者「ところで今日はどこへ向かっているの?」
拙者「うるさい黙れ。安全運転の邪魔だ。お前はただ座ってりゃいいんだ。この俺様が必ず、お前を目的地まで安全に運んでやる。おとなしくウーロン茶でも飲んでなさい」
赤信号にてXVが停止した際、家の者は拙者のアゴに強烈な左ショートフックをヒットさせ、そのまま車外へ出ていった。その後、家にも数カ月戻っていない。
どうやら自動車運転時のプライド炸裂作戦は失敗に終わったようだ。しかしまだ手はある。「自動車ライターとしての希少価値」を高圧的に訴求する作戦だ。
拙者は某編集部に赴き、言った。
「俺のように、クルマのことを書かずにクルマを語れる著者は他にいない。日本有数の、いや本邦唯一の貴重な存在と言っていい。ゆえに、俺の原稿料を少々値上げしろ。400字あたり40万円と言いたいところだが、4万円で勘弁してやる」
すると担当者は言った。
「あぁ、ちょうどよかったです。軍曹さんの原稿は、自動車の話を読みたい多くの読者さんからかなり不評なんで、この際打ち切りということにさせてくださいね。お疲れさまでした!」
あの機長氏のような革命的境地に至るのは、なかなか難しいようだった。
[ライター/伊達軍曹]
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