今年の雨のロシアGPで優勝を果たし、ついにF1史における優勝記録を更新して前人未到の通算100勝目を達成したハミルトン。今回は、その王者ハミルトンに打ち勝ったことがあるチームメイト、ニコ・ロズベルグを紹介したい。彼はカート時代のチームメイトでもあり、お互いに切磋琢磨してきた僚友であった。
2014年、F1に新型パワーユニットが導入されるとメルセデスの脅威となるライバルは姿を消し、事実上ハミルトン対ロズベルグの戦いになった。
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その当時をよく知る元F1メカニックの津川哲夫氏に解説していただいた。
文/津川哲夫、写真/Mercedes-Benz Grand Prix Ltd
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■王者への階段を一気に駆け上がるハミルトン
2007年、ハミルトンはマクラーレン・メルセデスからF1デビューした。チームメイトはこの時すでに2度のワールドチャンピオンを獲得していたフェルナンド・アロンソ。 新人のチームメイトとしては最高のコンビとなるはずだった。
しかしマクラーレンのロン・デニスの秘蔵っ子であるハミルトンは、先輩チャンピオンを押しのけて、チームオーダーに配慮することもなく、チャンピオンシップをアロンソと同点ポイントでフィニッシュ、ランキングではアロンソの上位に立ってしまった。
ハミルトンは、ここからチーム内では常にナンバー1ドライバーの立場を崩すことはなかった。そして翌2008年には、最終戦の最終ラップ最終コーナーの走りで、ドラマチックな初チャンピオンを獲得した。以降、唯一2011年にチームメイトのジェンソン・バトンの安定性と老巧なレース展開に後塵を拝したが、その後は2013年にメルセデスに移籍し、カート時代からのライバル、二コ・ロズベルグを僚友にしても、シーズンで遅れをとることはなかった。そう、2016年までは……。
まだ仲良しの頃のルイスとニコ・ロズベルグ。メルセデスチームはどちらのドライバーも対等であると言い続けはしたが……。
■ハミルトンは常にチャンピオンシップを席巻。ただし2016年を除いて
2014年にF1に新型パワーユニット(現在型)が導入されるや、現在までメルセデスとハミルトンには、その立場を脅かすようなライバルは事実上存在しなかった。それほどこのコンビネーションは異様な程のアドバンテージを持ったのだ。
ハミルトンは2013年にメルセデスに移籍して以降、2015年までの3年間は確実に勝利とポイントを獲得し続け、僚友ロズベルグを確実に凌いできた。メルセデスチームはどちらのドライバーも対等であると言い続けはしたが、ロズベルグは何度かチームオーダーでハミルトンにポジションを譲る場面があった。一方、回数は少なくともハミルトンに出たチームオーダーはことごとく無視されてきた。またロズベルグへの強引な仕掛けで、コースを負い出す場面すら複数回見られた。つまりハミルトンとメルセデスチームは、ロズベルグをライバルというよりもハミルトンをサポートするチームのナンバー2として扱っていた。
ロズベルグは、2015年ランキングは2位でありながら、後半6連続ポールポジションとハミルトンを圧倒し、この年は6勝した
■2016年ロズベルグは安定した速さで序盤戦を4連勝
ここに至るまでハミルトンは、ロズベルグとの絡みがあるたびに批判的な言動を繰り返してきたが、対するロズベルグは寡黙で反論を控えて黙々と走り続けてきた。しかし、2016年のロズベルグは少し違った。序盤戦のリードで、「今シーズンはチャンピオンになる!」と意を決したに違いない。
メルセデスやフェラーリといった強豪チームのやり方はいつも同じで、チャンピオン獲得にはチームオーダーの絶対的な遵守が求められる。そしてナンバー1は何があろうとナンバー1なのだ。もちろん、そんなことはロズベルグ自身痛い程わかっていたはずだ。しかし2016年序盤のリードは彼にそのヒエラルキーを覆す覚悟をさせたのだろう。
開幕4戦でハミルトンはスタートミスとトラブルで、レースを落とすパターンにはまっていた。第5戦のバルセロナでもその流れは続いていた。ハミルトンはここで久々のPPを獲得、2番手にはもちろんロズベルグがいた。
だがレーススタートでまたもやミスを犯し、ロズベルグに先行を許したハミルトン。第4コーナーでロズベルグのインに入り込むも、ロズベルグに「ドアを占められて」これに追突クラッシュ。結果、2台ともリタイアしてしまった。本来なら空くことのない第3、第4コーナーのイン側なのだが、そこにハミルトンは誘い込まれる形で突入した。それまではここでロズベルグが引くのがシナリオだったのだが。
同士討ちはハミルトンとチームには大きなダメージだったが、ロズベルグのポイントリードは安泰で、一歩チャンピオンへと近づいた瞬間であった。
ちなみにこのレースでの優勝は、レッドブルへ移籍したばかりの新人マックス・フェルスタッペン。現在のハミルトン最大のライバルである。
後のオーストリアグランプリでも、PPスタートのハミルトンに、ギアボックス交換ペナルティーで5グリッド降格のロズベルグが追いすがり、ピットストップでリード。しかし最終ラップの第2コーナーでアウトからハミルトンが仕掛けたがロズベルグと接触。その結果、ロズベルグはウィングを壊し、ハミルトンはダメージ少なくそのまま優勝となった。
2016年ハミルトンはロズベルグを上回るポールポジションと2年連続10勝をしたがポイント差で2位となった
■ハミルトンの強引な追い抜きに、ロズベルグが引くことをやめた
ここまでのレースで、ロズベルグはハミルトンに「自分の前を走らない限り、俺を抜こうとすれば当てるよ」というメッセージを送ったわけだ。
今シーズン、序盤から問題視されていたハミルトンのスタート失敗の数々は、かつての、ロズベルグからのこのメッセージがあるからこそと思えて仕方がない。スタートが大きなプレッシャーとなって、ミスを重ねてきた……とは考え過ぎだろうか。
振り返るとハミルトンのキャリアのなかで、唯一の脅威がこの2016年の僚友ロズベルグからの威嚇だったのではないだろうか。メルセデスで走ってきた中で、唯一ライバルに押しまくられて負けたと実感させられたシーズンだったのではないか。それ以後、再びチームメイトに協力者に徹するナンバー2を迎えたことで、ハミルトン王国は盤石なものになった。
そして、時代は再び風雲急を告げようとしている。2021年の今シーズン後半、ハミルトンはここへ来てそのナンバー2という頼もしい協力者を失い、本来の孤独な戦いが始まった。サポートする僚友はもういない中で、レッドブルのフェルスタッペンと1対 1の真剣勝負となる。お互いにアドバンテージを持たぬガチの戦い……。長い間出現しなかったこのシビアなレース環境のなかで、100勝を達成した伝説のチャンピオンはいかなる戦いを見せてくれるのだろうか。
TETSUO TSUGAWA
TETSU ENTERPRISE CO, LTD.
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津川哲夫
1949年生まれ、東京都出身。1976年に日本初開催となった富士スピードウェイでのF1を観戦。そして、F1メカニックを志し、単身渡英。
1978年にはサーティスのメカニックとなり、以後数々のチームを渡り歩いた。ベネトン在籍時代の1990年をもってF1メカニックを引退。日本人F1メカニックのパイオニアとして道を切り開いた。
F1メカニック引退後は、F1ジャーナリストに転身。各種メディアを通じてF1の魅力を発信している。ブログ「哲じいの車輪くらぶ」、 YouTubeチャンネル「津川哲夫のF1グランプリボーイズ」などがある。
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