McLaren 600LT Spider × 570S × 720S Spider
マクラーレン 600LTスパイダー × 570S × 720Sスパイダー
マクラーレンの主力モデルを一気試乗! 似て非なるキャラクターを完全解説 【Playback GENROQ 2019】
飽くなき探究心が生んだスーパースポーツ
トラック25に基づき、積極的にモデルバリエーションを増やしているマクラーレン。カーボンモノコックのシャシーにV8ツインターボをミッドシップ搭載するという共通のレイアウトを用いながら、その個性をどのように造り分けているのか。現在の主力モデルである3車種を乗り比べて、その違いをモータージャーナリストの高平高輝が解説する。
「確固たる地位を築いたマクラーレンは次々と渾身のサーブを繰り出してくる」
何となくチャンネルを合わせていただけなのに、途中から仕事そっちのけで画面にくぎ付けになってしまった。先日のウィンブルドンでのジョコビッチとフェデラーの決勝戦である。両者ともに既に十分功成り名遂げた王者であるにもかかわらず、1ポイントも諦めず、パワーとスピード、正確無比のコントロール、そして驚くべきスタミナと精神力のすべてを尽くし、文字通りの死闘を繰り広げた。最高峰の闘いとはどういうものか、改めて目の当たりにして感じ入ったのである。何とか仕事に戻ろうとした時に思ったのは、いずれも甲乙つけがたい本物の強者たちの姿勢は、ストイックに高性能を追求するマクラーレンのそれと似ていないかということだった。
MP4-12Cをもって新たなスタートを切ってからまだ10年にも満たないというのに、マクラーレンの伸長ぶりは目を見張るほど。短い歴史を圧倒的な高性能でカバーして、今やスーパースポーツカーの世界に確固たる位置を占めていると言えるだろう。ご存知のようにマクラーレンは自分たちの製品をエントリーレンジの「スポーツシリーズ」と中核の「スーパーシリーズ」、そして限定生産前提の最高峰シリーズ「アルティメットシリーズ」という3本柱にカテゴリー分けしている。それでも、未だにピンと来ないのは、どのシリーズのどのモデルでも世間一般の常識からすればとんでもなく高性能なスーパースポーツカーであるからだ。
「基本的には同種のパワーユニットとモノコックを使用」
マクラーレンの現行ラインナップでは、スポーツシリーズの中で一番ベーシックな540Cのひとつ上に位置するのが570Sだが、その直截なネーミングが示す通り、3.8リッターV8ツインターボエンジンは570ps/7500rpmと600Nm/5000-6500rpmを発生、メーカー公称値の0-100km/h加速は3.1秒、最高速度は328km/h。これほどの超高性能モデルをしてエントリーモデルと言うのはどんな感覚なんだろう?と一般人の私たちは理解に苦しむところだが、それぞれ2.9秒と341km/hを誇るスーパーシリーズの720Sと比べれば、きちんと序列を守っているということなのだろうか。
とはいえ、基本的には同種のパワーユニットとモノコックを使用している限り、ラインナップ拡充にも限界があるだろうと危惧する声もあったが、昨年、マクラーレンは2025年までに18種のニューモデルを送り出し、年間6000台レベルに生産台数を引き上げるという「Track25」なる野心的な中期計画を明らかにした。それに従って発表されたのが、前述の3カテゴリーには属さないハイパーGTと称する最高速400km/h超を豪語する「スピードテール」、そしてつい先日デビューしたばかりのグランドツアラー「GT」である。世間の噂などどこ吹く風と、マクラーレンは次々と渾身のサーブを繰り出してきている。
「720Sスパイダーを完全に乗りこなすことはよほどの上級者でなければ難しい」
現行スーパーシリーズでは唯一のモデル720Sに加わった最新作が720Sスパイダーである。基本的にはクーペと変わらず、昆虫の顔のようなフロント周りだけでなく、コクピットが前進した全体フォルムも工業製品というよりは生物のようで、マクラーレンの中でも異形異質なスーパースポーツカーである。クーペ同様、4.0リッターに拡大されたV8ツインターボをミッドシップ、その名の通り720ps/7500rpmと770Nm/5500rpmを誇るが、街中や高速道路では2000rpm程度も回れば十分なドライバビリティも併せ持ち、単に転がすだけなら誰にでも可能。だが完全に乗りこなすことはよほどの上級者でなければ難しい。
たとえばローンチコントロールでの全開加速時には(TCSを入れたままでも)、ちょっとでも路面のμが低いと大げさに姿勢を乱す。真価を発揮するのは一般路上では試せないような速度になってからだが、今回のこのスパイダーではそこまで試せなかった。もっとも、50km/h以下なら11秒で開閉する電動トップを備えたせいでおよそ50kg車重が増えたスパイダー(1468kg)でも、クーペと変わらないパフォーマンスを持つことはこれまでの経験から疑う余地はない。スピードが増せば増すほどステアリングフィールは研ぎ澄まされ、スタビリティはレーシングカー並みになる。ちなみに“バットレス”部分がガラス製に代わったことで斜め後方視界が向上したことは嬉しい驚きだった。ルーミーで視界良好なマクラーレンだが、斜め後ろだけは弱点だったからだ。
「600LTスパイダーもまた、舞台を選ばなければ本当の実力を発揮できない」
600LTスパイダーも今年早々に追加された600LTのオープンモデルである。LT(ロングテール)の名称は、2015年にスーパーシリーズの650Sをベースにして作られた675LTで初めて使われたが、より軽量かつパワフル、さらに空力特性に磨きをかけたサーキット志向の硬派モデルと位置づけられていた。600LTスパイダーはスポーツシリーズの570Sをベースにしているものの、先代LT同様、よりスパルタンな高性能バージョンである。
3.8リッターV8ツインターボは600ps/7500rpmと620Nm/5500-6500rpmに引き上げられ、マクラーレンにしては珍しい大型の固定式リヤウィングとグランプリカーのような上方排気システムを備えたボディ、そして巨大なリヤディフューザーがいかにも攻撃的な雰囲気だが、720Sほど異形ではない。実際、乗り心地も720Sスパイダーに比べて明らかに締め上げられており、エンジン音も山道を普通のスピードで走っている限りではボロボロと不機嫌そうで、まったく気持ち良く感じるところはない。これまた、舞台を選ばなければ本当の実力を発揮できないのである。鞭を入れれば0-100km/h加速は2.9秒、最高速は324km/hというのだから、もはやスポーツシリーズの範疇を超えている。
「最新の570Sはイージー・トゥ・ドライブだ」
この3台の中で一番穏当と言うか、ベーシックなモデルは「スポーツシリーズ」の570Sである。繰り返すが0-100km/h加速は3.1秒、最高速は328km/hという高性能車だが、他のモデル同様、ただ走るだけならば特別な技術や経験は何も必要としない。マクラーレン・オートモーティブの第1作たるMP4-12C時代を考えれば、最新の570Sは大変にイージー・トゥ・ドライブだ。
ターボエンジンの低速でのレスポンスも段違いに改善されているし、信号スタートで先頭に出るぐらいの加速なら、7速DCTもオートモードでせいぜい2000rpm程度でトントンと無造作にシフトアップしていき、何らの不満も漏らさない。タイトだがルーミーなコクピットからの視界は抜群。ドライバーズシートからの眺めの良さはマクラーレン各車共通の、いや、もっといえば20年以上前のあのF1ロードカーにも通じる美点である。
「ストイックなレーシングカーのDNAがマクラーレンに共通する美点」
一方で、街中や高速道路を走るだけでもその真価を感じやすいというのは720Sや600LTとの違いだ。サーキットでもない限り、爆発的に速い720Sに思い切り鞭を入れるのは難しいが、570Sは何とか一般道でも楽しめるギリギリの性能だ。以前よりはだいぶマシになったとはいえ、V8ツインターボエンジンは普段はゴロゴロ、ボーボーと不満げに回っているけれど、必要な場合は音など耳に入らないほどの爆発的なパワーを発揮して見せる。レブリミットの8500rpm近くまで回せば、2速で120km/hを超えるほどの、文字通り段違いの速さを持つことはお忘れなく。
アクティブエアサスペンションのように融通無碍にフラットライドを保つ720SのPCCII(プロアクティブ・シャシー・コントロールII)に比べ、可変ダンパーを備えるもののごく常識的に硬い足まわりはスーパースポーツのサスペンションとして分かりやすく、こちらの方が違和感が少ないかもしれない。もちろん、速度が増すと正確さに素晴らしく繊細な手応えが加わるステアリングフィールは基本的に同じで、低速ではわずかに落ち着かなかった挙動も、ダウンフォースが生じると腰が据わってビシリと安定する。一般道でより扱いやすく、さらに何とかそのパフォーマンスを使い切れるという点に570Sの価値がある。
初めから左足ブレーキを前提としているようなペダル配置、左右一体式のシーソー・シフトパドル(右を引けばアップ、右を押してシフトダウンも可能)、今時スイッチのひとつも備わらないシンプルなステアリングなど、どう見ても伝統的なレーシングカーの流儀と感じる点はマクラーレンすべてに共通する。ストイックに合理的に、そして徹底的に目標を追求するレーシングカーのDNAが刻まれている限り、どのようなマクラーレンもユニークなスーパースポーツカーであり続けるはずだ。
REPORT/高平高輝(Koki TAKAHIRA)
PHOTO/小林邦寿(Kunihisa KOBAYASHI)
【SPECIFICATIONS】
マクラーレン 570S
ボディサイズ:全長4530 全幅1930 全高1202mm
ホイールベース:2670mm
車両重量:1344kg
エンジンタイプ:V型8気筒ツインターボ
総排気量:3799cc
最高出力:427kW(570ps)/7500rpm
最大トルク:600Nm(78.5kgm)/5000-6500rpm
トランスミッション:7速DCT
駆動方式:RWD
サスペンション:前後ダブルウイッシュボーン
ブレーキ:前後ベンチレーテッドディスク(カーボンコンポジット)
タイヤ&ホイール:前225/35R19 後285/35R20
最高速度:328km/h
0-100km/h加速:3.1秒
車両本体価格:2672万5000円
マクラーレン 600LTスパイダー
ボディサイズ:全長4604 全幅1930 全高1196mm
ホイールベース:2670mm
車両重量:1404kg
エンジンタイプ:V型8気筒ツインターボ
総排気量:3799cc
最高出力:441kW(600ps)/7500rpm
最大トルク:620Nm(61.2kgm)/5500-6500rpm
トランスミッション:7速DCT
駆動方式:RWD
サスペンション:前後ダブルウイッシュボーン
ブレーキ:前後ベンチレーテッドディスク(カーボンコンポジット)
タイヤ&ホイール:前225/35R19 後285/35R20
最高速度:324km/h
0-100km/h加速:2.9秒
車両本体価格:3226万8000円
マクラーレン 720Sスパイダー
ボディサイズ:全長4543 全幅1930 全高1196mm
ホイールベース:2670mm
車両重量:1468kg
エンジンタイプ:V型8気筒ツインターボ
総排気量:3994cc
最高出力:527kW(720ps)/7250rpm
最大トルク:770Nm(61.2kgm)/5500rpm
トランスミッション:7速DCT
駆動方式:RWD
サスペンション:前後ダブルウイッシュボーン
ブレーキ:前後ベンチレーテッドディスク(カーボンコンポジット)
タイヤ&ホイール:前245/35R19 後305/30R20
最高速度:341km/h
0-100km/h加速:2.9秒
車両本体価格:3788万8000円
※GENROQ 2019年 9月号の記事を再構成。記事内容及びデータはすべて発行当時のものです。
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