アストンマーティンに加入し、テクニカル・マネージング・パートナーとなることが決まったエイドリアン・ニューウェイ。しかしこの決断を下すまでには、様々な葛藤があったようだ。
9月10日、アストンマーティンF1が記者会見を開き、ニューウェイがテクニカル・マネージング・パートナーとして加入すること、そして同時にチームの株式も取得することを明らかにした。
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これまで、数々のチームをトップチームに返り咲かせたり、あるいは中団グループだったチームを常勝軍団にのし上げるなど、輝かしい実績を残してきたニューウェイ。しかし今回アストンマーティン入りを決めるまでには、様々な選択肢があったという。その中には、F1以外のプロジェクトを手掛けること、そしてエンジニアの職から引退することも検討したという。
ニューウェイがレッドブルを離脱するという噂は、今年のはじめ頃に噂として上がりはじめた。ちょうどその頃、レッドブルの内部ではチーム代表のクリスチャン・ホーナーと、モータースポーツ・アドバイザーのヘルムート・マルコの間で権力闘争を起きており、さらにホーナー代表にはチームの女性従業員に対する不適切行為があったのではないかという疑問も持ち上がっていた。また、レッドブル本体についても、タイのオーナーとオーストリアのオーナーが対立するという事態にもなっていた。
今回のニューウェイの決断に、そのチーム内の混乱の影響があったのかどうか、それは永遠に分からないかもしれない。
3月:ニューウェイのレッドブルでの”長期的な将来”に疑問符という最初の示唆
ニューウェイがオーストラリアGPに帯同しなかったことで、彼が別のプロジェクトに移るかもしれないという根拠のない噂が持ち上がった。当時は、レッドブルの市販ハイパーカー”RB17”のプロジェクトに、完全に軸足を移すのではないかと言われた。しかし次の日本GPでニューウェイはチームに復帰。そもそもこれは、当初から予定されていたスケジュールだった。
しかしこの頃、おそらくアストンマーティンは初めてニューウェイにアプローチをした。レッドブルのコース外の混乱をうまく活かそうとしたのだろう。
アストンマーティンのローレンス・ストロール会長は、ニューウェイに移籍を促すため、超高額の報酬を提示。チームをトップに導くという挑戦を、ニューウェイに託そうとしたと言われる。
障害となったのは、ニューウェイが2023年の段階で、レッドブルとの契約を更新していたことだ。そしてこの年の年末には、チームを離れる意思はないとも明言していた。ただ、状況が変わり始めていることが明らかになっていった。
4月:ニューウェイ、鈴鹿の週末にレッドブル離脱を決断
アストンマーティンがニューウェイにオファーしたという噂は、あっという間に広がった。しかし、ニューウェイのレッドブル離脱が明らかになるには、この4月末まで待たねばならなかったのだ。
ニューウェイ曰く、鈴鹿での日本GPの週末に、レッドブルを離脱することを決断したという。
「新しい挑戦が必要だと感じたのだ」
ニューウェイはそう語る。
「4月の終わりの頃、何か違うことをしなきゃいけないと決心した。妻のマンディと長い時間話し合った。『さて次は何をしようか? 世界中を船で旅して周るとか、アメリカズカップなど何か別のことをしようか?』といった具合だ」
「4月の鈴鹿の週末にレッドブルを辞めると決断した時には、次にどうなるかということは、本当に全く分からなかったんだ」
motorsport.comでは、4月25日にニューウェイがレッドブルを離脱する予定であると報じた。しかしこの時点では、ニューウェイが別のチームに移籍するには、2027年まで待たねばならないと考えられた。彼の契約期間は2025年いっぱいまでであり、その後12ヵ月間のガーデニング休暇を取らねばならない条項が含まれている可能性もあったからだ。
5月:レッドブル離脱が正式発表。しかし今後のプランは不透明
5月1日、レッドブルはニューウェイの離脱を正式に発表した。これによりニューウェイは、サーキットでの仕事を徐々に減らし、ハイパーカー”RB17”の仕上げ作業に徐々に重点を移す予定であるとされた。またチームは2025年3月にニューウェイが離脱できるよう、契約期間を短縮することにも合意。これは非常に重要なことだった。なぜならこの段階で他のチームに加わることができれば、2026年用マシンの開発に関与することができるからだ。
なお当初から触手を伸ばしていたアストンマーティンだけではなく、フェラーリもニューウェイに接触し、この頃にはニューウェイの移籍先最有力とも言われた。これまでフェラーリは、ニューウェイが作り上げたウイリアムズやマクラーレン、レッドブルのマシンと、激しいタイトル争いを繰り広げてきたという歴史がある。つまり、ライバル関係だった両者が、ついにタッグを組むことになる……そういう見通しになるものと思えた。
2025年からフェラーリに移籍することが決まっているルイス・ハミルトンもこの頃、「一緒に仕事をしたい人のリストを作るとしたら、間違いなく彼(ニューウェイ)がそのトップにいる」と語っている。
その他のチームも、ニューウェイと接触した。
ウイリアムズは、おそらく比較的楽観的に、ニューウェイ獲得競争に名乗りを挙げたものと見られる。前述の通りニューウェイは、1991年から1996年にかけてウイリアムズに在籍。4回のコンストラクターズタイトル獲得に貢献した。そのニューウェイを復帰させるというアイデアに、ジェームス・ボウルズ代表も大いに賛成していた。
「彼と話をしないのなら、それは私の怠慢だ。それだけだよ」
当時ボウルズ代表はそう語っていた。
マクラーレンのザク・ブラウンCEOは、ニューウェイと接触していることは否定したものの、「飛び交っている履歴書の数から判断すると、彼(ニューウェイ)はおそらく最初に倒れるドミノだろうが、それが最後ではないだろう」と、レッドブルの体制が崩れつつあることを示唆した。
メルセデスも、ニューウェイ獲得に動いていたと言われる。しかし結果的に断念し、引き続きジェームス・アリソンにチームの技術的な面を任せることを決めた。
6月:ニューウェイ、アストンマーティンのファクトリー訪問。感銘を受ける
ニューウェイはこの段階では、F1に残るかどうかをまだ決めかねていた。しかしエディ・ジョーダン率いる彼のスタッフは、フェラーリやアストンマーティンとの協議をしっかりと重ねていた。
そのニューウェイがF1に残ることを決めたのは、6月下旬のことだった。彼はこう言った。
「人間と機械のスポーツで頂点は何か? 明らかにそれはF1だ。だから、アメリカズカップに興味があるし、他にも色々と興味があることはあるが、人間と機械のスポーツをやるなら、人々が私のことを望んでくれるかぎり、頂点に居続けた方がいいと思った」
この頃ニューウェイは、アストンマーティンの新ファクトリーを案内されておいた。建物の一部は1年前に完成したばかり、ふたつ目と3つ目の施設は、完成間近だった。そしてそれらを見学したニューウェイは、新ファクトリーの規模だけではなくそのレイアウト、新施設への資金提供におけるチームへの「ローレンス・ストロールの献身の証明」にも感銘を受けた。新しい風洞の基礎を作るという点でチームを手伝う機会は、間違いなく興味をそそるものだった。
「とても大きな意味のあることだったと思う」
ローレンス・ストロールは、このニューウェイの訪問について語った。
「実際に訪れなければ、3つの素晴らしい建物を理解したり、説明したりするのは難しい。これは我々がチャンピオンチームになるためのツールの、非常に大きな部分を占めている。古いツールでは、チャンピオンになれなかっただろうからね。我々の意図、そして勝利への野望を示すためには、これらを作り上げなければいけなかった。だから、エイドリアンをここに連れてくることは極めて重要だった」
7月および8月:噂の沈静化。そしてRB17の最終仕上げへ
アストンマーティンの新ファクトリーを見学したニューウェイの心は、この頃すでに決まっていた。なにより、フェラーリはアストンマーティンと同じような情熱を提供できなかったことで、ニューウェイの選択肢はほぼ一択になりつつあった。しかしレッドブルとニューウェイの契約により、決定は9月まで発表されることはなかった。
それと並行してアストンマーティンは、アンディ・コーウェルをCEOとして、エンリコ・カルディールをチーフ・テクニカルオフィサーとしてチームに迎え入れた。
一方でニューウェイは、ハイパーカー”RB17”に関する任務で忙しく、グッドウッド・フェスティバル・オブ・スピードでは、車両の初披露も行なわれた。ただまだRB17は完成したわけではなく、生産段階に入ったばかり。走行テストを行なった後にもさらに作業が続く予定だった。
レースウィークエンドにはドライバーからのフィードバックに取り組み、チームを支援。50台生産される予定のRB17の顧客を探していた。
9月:アストンマーティンがニューウェイとの契約を発表
一方でフェラーリは、事実上争奪戦から撤退していた。ニューウェイを獲得するために多額の予算を確保してはいたが、金額面での競争ではアストンマーティンには太刀打ちできないと感じていたようだ。
「ローレンスの情熱と献身、そして熱意は、とても魅力的であり、説得力があった」
そうニューウェイは語った。
「現実的には、20年前を振り返ると、現在チーム代表と呼ばれている人たち……つまりフランク・ウイリアムズやロン・デニス、そしてエディ・ジョーダンなどはチームオーナーでもあった。現代においては、ローレンスは唯一きちんと活動しているチームオーナーであるという点でユニークだ」
「ローレンスのような人がこうやって関わっていると、違った気持ちになる。昔ながらのモデルに戻り、株主やパートナーになるチャンス得るということは、これまでの私にはなかったことだ。だから、少し違った見方をしている。とても楽しみだ。そして、とても自然な選択だった」
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