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ベントレーの価値、存在理由を再認識したショートトリップ

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ベントレーの価値、存在理由を再認識したショートトリップ

初夏の朝の光で目にするオフホワイトとネイビーブルーのツートンレザー、そしてダークウッドの内装は、クーペでなくコンバーチブルだったら尚更いいな、と思えるほどの爽やかさだった。正式にはオフホワイトのカラー呼称は「リネン」、麻色のことで、ネイビーは「インペリアルブルー」、つまり正調ブリティッシュのスポーツカラーだ。対照的に外装の「シークウィンブルー」は、アドリア海や地中海を思わせるメタリック粒の大きいアズールで、少しイタリアン・エキゾチックがかった色といえる。

外から車体を眺め、ドライバーズシートに腰を落ち着けるまでの刹那に、これだけ饒舌に語りかけてくる1台はそうそうない。月曜朝の満員電車と通勤客のうねりから外れ、ホテルの入口に横づけされたベントレー・コンチネンタルGTは、かくも眩しいのだ。

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試乗に訪れる前は、ベントレーの心地よい毒に朝一番から相まみえるのは喩えは悪いが、朝から鰻丼を喰らうようだと思っていた。だが走り出して気づいた。余韻をゆっくり後方に押しやりながら、囁くようなエキゾーストを響かせる6ℓツインターボW12 TSIユニットの雑味の無さとスムーズさは、むしろ朝からシャンぺンを流し込むような感覚だった。平日の初っ端、忙しく街の人々が行き交う中での、ささやかな背徳感の甘美さ。素面でそれが味わえるというだけで、この12気筒にはその価値がある。

3世代目のコンチネンタルGTは、外装に初めてブランドのレタリング・ロゴが入ったとも聞く。数か月前にファースト・エディションに乗った時は、4座の各ヘッドレストに「FIRST EDITION」の刺繍が入っていて、視覚的に煩く感じたものだ。外連味たっぷりながらも外連味に見せないのがベントレーの美学だったからこそ、外装はフライングBのロゴやマスコットだけで、分かる人に分かればそれでよいし、エンジンの出力も必要十分として昔は公表されていなかった。

という前提でエンジンスペックを覗き込むと、635ps/6000rpm・900Nm/1350-4500rpmという数値に目眩がする。よくラグジュアリーは貴族的かつ過剰な放蕩によって生み出されたと、まことしやかに云われるが、航空機のエンジニアリングを地上に応用置換するところから始まったベントレーは、むしろ「必要要件」として大パワー&トルク、贅を尽くした内装の設えを要したといえる。駆動力というより胴体に芯が一本通ったかのような推進力で押し出され、巨体をうねらせての力強いライド感は、航空機と、まだ大衆車が存在しない頃の自動車(=高級車)の間に、一定の親近性があった時代の名残りを思わせる。もちろん戦前の乗り手は、貴族や冒険家の類で、邸宅では丈夫で密度の高いウッドで誂えられた調度品や銀器に囲まれ、スポーツの場では分厚いカウハイドのアップホルスタリーに触れていたはずだ。そういう人々にとってベントレー的な内装は、欠くべからぬ然るべきものというだけの話で、戦後の大量消費プロダクトを見慣れた我々とは最初から要件の違うところで成立している。とどのつまり、ベントレーは技術的にも設えの点でも、車重の重さをジャスティファイできる数少ない自動車メーカーといえる。ちなみにコンチネンタルGTは2290kgだ。

市街地でも首都高でもドライブ・モード選択は、やはり「B」モードという、足回りがよくストロークしながら、エンジンの滑らかさと活発さを同時に味わえるおまかせモードがいい。トロットでの浮遊感もいいが、アクセルに力を少し込めると一転、W12のキレのいい轟音とともにギャロップに鋭く切り替わる。ボディサイドからリアにかけてのクロームモールが少し太過ぎるかなと個人的には思うが、総じてコンチネンタルGTは躾の行き届いた、若い駿馬のようだった。

再びホテルへ戻り、次に用意されていたのは4LのV8ツインターボを積む「グレイシャーホワイト」、つまり氷河の白という外装カラーのベンテイガだった。内装カラーは「ベルーガ」、キャビアを思わせる温かみあるチャコールグレーだ。

コンチネンタルGTの伝統的な内装トリムに比べると、水平基調のクロームインサートは採用されず、上下に抑揚のあるSUVらしいダッシュボードとドリンクホルダーを隠さないセンターコンソールなど、結構アメリカンだなと感じさせる。着座位置も視線も当然、高いし、必要な時だけ前輪にもトルクを配分するRWD気味のAWDであるコンチネンタルGTと異なり、フルタイムAWDという。

ところが面白いもので、走り出すと先ほどコンチネンタルGTで述べたような、胴体中央のマスというか芯をどっしりと据えつつ、心地よくたゆたいながら推進力を感じさせる、独特のベントレー・ライドがある。車重はじつに2480kg、全高は1755mm、全長は5150mmもの巨躯というのに、だ。ステアリングはあくまで軽やかに、しっとりとしたフィールを返してくる。シフトレバー手前、イグニッションボタンと同軸のドライブ・モードを回して、Bモード以外も試してみたが、コンフォート・モードを頼らずともBモードで十分に快適だし、スポーツ・モードにするとロールは確かに抑制されるが、ここまで締め上げて飛ばすのもベントレーらしからぬ気にさせられる。かくして結局、適度なロール量と矯めのあるスポ―ティさがつねづね味わえるBモードに戻ってしまうのだ。

550ps/6000rpm・770Nm/1960-4500rpmを発揮するという4LのV8ツインターボは、確かに滑らかで8速ATとのマッチアップも申し分なく力強いのだが、直前に乗っていたW12ツインターボにはやはり、シルキーな滑らかさとレスポンスのキレで譲る。もちろんそれは欠点ではなく、最上級の畑から来たシャルドネと、よりポピュラーで味わいもふくよかなロゼの違い、みたいな話だ。

ちなみに日本におけるベントレー最大の消費地は港区だそうで、今回のミニ試乗会は半ばホームゲームでの疑似オーナー体験だったといえる。「地獄とは他人のこと」とどこかの哲学者は述べたが、混雑だけでなくマナーのディストピアとなった都会や公共の交通機関を遠く離れ、自らの五感をさざめき立たせるような快楽装置を手元に飼っておくことは、ラグジュアリーという名の、「ある種の必要」から来ているのかもしれない。外連味を外連味と気どられずに乗りこなすとは、そういうことだ。

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