日産創業の地にて90年近く操業する日産横浜工場
2023年6月をもって、日産の横浜工場がエンジンの生産累計4000万基を突破した。日産横浜工場は、ちょうど川崎と横浜の中間、横浜港の北側の臨海部にある総面積約54万平方メートルの工場だ。ここは日産創業の地であり、1933年の日産創業の2年後となる1935年よりエンジン生産をスタートさせている。
【画像】最新「VCターボ」エンジン その技術の核心部にせまる 全20枚
グローバル企業に成長した日産だが、ルーツとなる横浜工場は、今も日産の最先端の技術を持つパイロットプラントとしての役割を担っている。日産GT-Rのエンジンを熟練工が組み立てているのも、この横浜工場であるし、日産が世界で初めて量産化した可変圧縮機構採用の「VCターボ」も、この工場から生産から始まった。
また、EVであるリーフやハイブリッドのe-POWERに搭載するモーターの国内生産の4割も、この横浜工場の仕事だ。さらには、次世代バッテリーと期待される全個体電池のパイロットラインも、ここに設置される予定だという。
そんな日産の誇る横浜工場を見学する機会を得た。見学できたのは可変圧縮機構を採用する日産自慢の「VCターボ」だ。
圧縮比を変えるだけでないVCターボのメリット
「VCターボ」は、追加された複数のリンクによって、ピストンのストローク量を変化させる。同じシリンダーを使いながら、ストローク量が変わることで、圧縮比を変化させることができるのだ。また、ひとつのコントロールシャフトの動きで、すべてのシリンダーの圧縮比を変更する。
さらに、従来のエンジンではピストンが上下するときに、シリンダー内横方向に生じる力が抵抗となっていた。それがVCターボでは、ピストンにかかる横方向の力が小さくなっているため、トータルでのフリクションが低下する。
つまり、走行状況にあわせてベストな圧縮比に変更できるだけでなく、もともとエンジン単体でのフリクションも低下しているのだ。そのため、パワフルなだけでなく、燃費的にも優れる。その結果、より小さな排気量で必要なパワーを生みだすことができる。
そうした特徴があるため、2LクラスのミッドサイズSUVであるエクストレイルに、e-POWERとはいえ、より小さな排気量の1.5LのVCターボ・エンジンが採用されているのだ。
VCターボのデメリットは生産の難しさ
走らせば利点の多いVCターボではあるけれど、当然、デメリットもある。それが生産の難しさだ。
まず、部品点数が多い。通常エンジンであれば、1シリンダーあたりに必要なリンクは1つで、ベアリングは3つ。それに対してVCターボはリンクが3つで、ベアリングが7つ。さらにコントロールシャフトを動かすために、追加してリンクが1つと、ベアリングが3つ必要となる。部品が多くなれば、当然、それぞれの部品の精度は高いものが求められ、また、バラつきも許されなくなる。
また、途中のリンクにかかる荷重が通常エンジンよりも大きいため、非常に高強度の部品を使わなければならず、その加工技術も高いものが求められるのだ。さらに、ピストンのストローク量が変化するということは、シリンダー内を摺動するピストンの位置も変化する。そのため、従来の鋳鉄ライナーのシリンダーだと、消耗が大きくなりすぎるのだ。
数々の最先端の技術を採用して課題をクリア
生産に数々の難しさを抱えるのがVCターボだ。そのためVCターボの生産に関して、日産では、数々の最先端技術を採用した。
その筆頭が、SUSミラーボアコーティングだ。シリンダーの鋳鉄ライナーを廃し、そのかわりに溶かしたステンレスをシリンダーボア内に吹き付けて、さらに鏡面に磨き上げる。これにより、ピストンの摺動位置変化を許容するだけでなく、フリクションの低減、軽量化(4気筒エンジンでマイナス2kg相当)、熱伝導性能アップによる耐ノック性能アップが実現する。
また、コントロールシャフトに続くCリンクの検査用に、メタルクリアランス自動保証を採用した。これまで熟練工が手で行っていた検査作業をロボットに覚え込ませて、全量を検査するのだ。また、完成後は圧縮空気をシリンダー内に吹き込み、疑似的にエンジンを燃焼させた状態にして動かすリンクテスターも行っている。
さらに通常エンジンの約1.9倍の荷重がかかるLリンクには、HRC60というヤスリよりも硬くなる表面加工を実施。組み立てには、専用器具にて約2tもの力で圧入を行っている。加工が難しいだけでなく、組み立てにも高い精度が求められるLリンクは、可変圧縮機構の要ともいう部品だ。
そのためVCターボの生産は、日本だけでなく中国や北米でも行われているが、Lリンクの製造だけは、日本の横浜工場/いわき工場/日産工機(株)で実施。部品を海外の工場へ供給しているという。
自動化された機械が作業を行う
今回は、SUSミラーボアコーティング、メタルクリアランス自動保証、Lリンクの組み立ての現場を見学した。
最初に赴いたのはSUSミラーボアコーティングの現場だ。天井の高い、広い、いかにも工場といったスペースに、巨大トレーラーヘッドのような箱型の加工機器が並んでいる。横に設置されたロボットアームが、運ばれてきたシリンダーヘッドをひとつずつ加工機器の中に納める。
最初にシリンダーボア内の表面を削る。この下処理があることで、吹き付けたステンレスが強く固着できるというのだ。
削られたシリンダーは、ロボットアームによって隣の加工機器に移動される。そこで溶けたステンレスが吹き付けられる。高温の鉄を吹き付けるため、加工機器の窓からは、シリンダーに飛び散る火花が見える。
吹き付けの終わったシリンダーヘッドは、さらに別の加工機械の元へ。そこでは冷却水をじゃぶじゃぶとかけながら、シリンダーボア内の磨き上げが行われる。ここまでの加工時間は、すべてが自動で、わずか10分ほどであった。
空調の効いた別室で組み立てを行う
続いては、Lリンクの組み立てとメタルクリアランスの自動保証。こちらは、空調の効いた涼しい別室で実施される。温度変化による部品の膨張・収縮を防ぐのが空調の理由だ。7月の酷暑の最中での見学でも、この現場はオフィスビルのような快適な空間となっていた。
Lリンクの組み立ては、部品を作業員が治具にセットするだけ。あとは機械が自動で圧入を行っていた。
また、Cリンクのメタルクリアランス自動保証とは、組み立ての終わった部品のクリアランスをロボットが行うというもの。そこで許されるクリアランスの誤差は、従来エンジンの半分ほどとか。厳密な検査が、ロボットの手によって粛々と進められていたのだ。
建屋は古いけれど、生産設備は最先端であり、広々とした余裕あるレイアウトであった。また、組み立てラインを見ていないこともあってか、作業する人が少なかったのも印象に残った。
創業の地ということで、ゲストホールは旧本社ビルであり、横浜市より歴史的建造物に認定されている。エンジンミュージアムを擁するなど、歴史を感じさせる建屋であった。また、工場も建屋自体は、相応に古びていたが、中に置かれた機器類や作業の内容は、まさに最先端。日産の今を感じさせるものであった。そのアンバランスも今回の見学の醍醐味のひとつだったと言えるだろう。
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