近年、業界全体を盛り上げようという動きが活発となっている日本のモータースポーツ界。より多くのファンを獲得し、より多くのスポンサーから関心を集めることで、よりサステナブル(持続可能)な業界としていく必要があると言える。これは“ニワトリが先か、卵が先か”という領域になるのだが、若く優秀な人材が多く入ることもまた、業界発展には重要なことだろう。
ただ、モータースポーツ業界は様々な分野で人材不足と言われる。その理由は数多く存在するだろうが、そのひとつに「業界で働く姿をイメージしにくい」という点があるのではないだろうか。
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例えばレースチームやレース事業を中心に据える企業に就職できれば、自動車メーカーに就職するよりも自分のやりたいレース関連の仕事ができる可能性が高い。しかし裏腹にそういった企業は不定期採用が多く、一般企業のようにインターンや説明会を通して業界研究できる機会も限られている。兎にも角にも情報が少ないという感は否めない。
本企画では、レース業界の様々な業種で働く人たちにフォーカスを当てたインタビューを実施。業務内容にとどまらず、業界への入り方や働き方など様々な側面を紹介し、サーキットで働く人たちの“解像度”が上がることへの一助になれば幸いだ。
第1回は、TEAM MUGEN(株式会社M-TEC)でレースエンジニアを務める小池智彦氏を紹介。スーパーフォーミュラでは15号車のトラックエンジニアを務めており、2022年には笹原右京と2勝を記録し、2023年はリアム・ローソンと組んでタイトル争いを展開した。今季はヨーロッパ帰りの岩佐歩夢を担当している。また小池エンジニアは様々な媒体を活用して、モータースポーツの魅力やエンジニアの仕事などについて積極的に発信していることでも知られる。
F1に憧れ、単身イギリスへ
実は小池エンジニアの父は、ホンダのエンジンエンジニアとしてF1第2期、第3期で活躍した小池明彦氏。父に連れられてF1の現場に触れる……ということはなかったが、物心ついた頃からF1のレースエンジニアになりたいという夢ができていたという。小学校時代の文集にも、その夢はしっかりと綴られていた。
まだ30代前半と若い小池エンジニアだが、10代の頃は今ほどインターネットやSNSが発達していなかった時代。その中でもエンジニアになるための情報収集を行なった結果、大学で機械工学を学んだ後にイギリスに渡ることを決断した。
そして東海大学卒業後の2014年、単身イギリスへ。父親の伝手もあり、鈴木亜久里氏率いるフォーミュラEチーム、『アムリン・アグリ』の立ち上げにインターン生として関わり、記念すべきシーズン1の開幕までの数ヵ月間チームを手伝ったという。
その中でF1の経験もあるエンジニアから、オックスフォード・ブルックス大学という、モータースポーツエンジニアリングに特化したコースがある大学の存在を教わる。そして翌年秋から同大学の大学院で1年間学んだ。結局イギリスでの就職は叶わなかったが、先述のエンジニアから、日本のレース界で働いているオックスフォード・ブルックス大学の卒業生を紹介される。それが、現在はトヨタWEC(世界耐久選手権)でも活躍するライアン・ディングルだった。
「ライアンはF4、F3と叩き上げでトップカテゴリーまで登り詰めた人でしたが、彼に『F4やF3から始めた方がいいのか』と相談したところ、『チャンスがあるならトップカテゴリーに入った方がいい』と言われました」
国内レースには疎かった小池エンジニアは、元F1ドライバーの中嶋悟氏が興した中嶋企画に応募し、入社。NAKAJIMA RACINGにメカニック・エンジニアとして3シーズン所属した後、M-TECに移籍し現在に至る。
裁量の大きさは「楽でもあり、大変でもある」
レースエンジニアと言えば、レースウィーク中はドライバーやチームメンバーとコミュニケーションをとり、PCやタブレットとにらめっこしながら、マシンセットアップや走行計画などに頭を巡らせているイメージだが、レースとレースの間のインターバル期間も、直近のレースの分析や次のレースに向けた準備など慌ただしい日々が続く。
レース業界のお仕事というと、「大変」「休めない」といった漠然としたイメージが先行しがちで、具体的にどういった大変さがあるのかなど、イメージがつきにくい部分もあるだろう。M-TECでは年間118日の休日を確保するよう徹底されており、そのほか有給・特別休暇の取得も可能となっているとのことで、リフレッシュする機会は十分にありそうだ。ただ小池エンジニアは、仕事量が自分の裁量次第という側面が強いのは楽な点でもあり、大変な点でもあるだろうと語る。
「僕はあまり大変と思わないようにしていますが……(笑)」と笑う小池エンジニア。こう続けた。
「立場やチームによっても違うと思いますが、側から見て大変だと思うのは、ドライバーと同じように、エンジニアも自分の裁量で仕事を決められる点です。これは楽な点であり大変な点でもあると思います」
「結果さえ出していれば仕事をしなくていいなどとよく言われますが、それはできません。スポーツ選手と同じで、継続して結果を残すには日頃からトレーニングが必要です」
「休みの時間に自分をアップデートさせる……これも仕事と言えば仕事になるんでしょうけど、それもやる人とやらない人がいます。言い方が難しいですが、自分がどれだけやるかは自分で決められるという部分はありますね」
レースエンジニアもアスリートと同様に、最高のパフォーマンスを追い求め始めると際限がないのだ。小池エンジニアも、レースやテストで収集したデータは、解析しようと思えば際限なくできてしまうと語る。だからこそ、限られた時間でこなしていくためにも効率化が重要となる。
「時間が限られている中でどれだけ効率化するかが重要ですが、効率化のためには(エンジニアリングの)ツールが必要だったりするので、ツールも開発しています。そこに一番時間をかけているかもしれません」
また、そういったデータ解析等のツールを作るには、プログラミングの知識も求められてくるという。
「今までエクセルなどで完結していたものが、今はシミュレーションの時代に入っているので、プログラミングの知識は重要になります。ITエンジニアのような人も各チームで重宝されると思いますね」
「プログラミングはどの業界でも生きると思います。やりたいことがない人は、文系理系を問わずにプログラミングと英語をやっておけば損はないと思います」
個人の裁量が大きい仕事となると、ともすれば手を抜いたり、“そこそこの仕事”で妥協してしまうのが人間の性だろう。その中でストイックに努力を続けられる源は何なのだろうか?
「そこは岩佐選手と全く同じだと思いますが、自分の中ではこのチャンピオンシップで勝つこと、チャンピオンになることは目標ではあるものの、最終目標ではありません」
「その先を常に見ています。それは他のカテゴリーに行きたいとかそういう話ではなく、自分の能力を高めることには際限がなく、ここでおしまいというものはないからです。誰か(ライバル)が止まってくれることはないので、常にやらないといけない。それだけの努力が必要になるんです」
エンジニアに求められる「意志の強さと決断力」
では、レースエンジニアとして求められる人材とは、どのようなものなのか?
「レースエンジニアとして重要なのは、意志の強さと決断力かなと思います」
「“自分”を持っていることは大事だと思います。トラックエンジニアは、あるセットアップが良いと思っていても、(データ分析を担当する)パフォーマンスエンジニアから『そうだね』という同意は必要ありません。『ここは違う』『こうした方がいい』という議論が生まれないと、僕が間違えたら終了なので。それは僕と一瀬(岩佐のチームメイト、野尻智紀を担当する一瀬俊浩エンジニア)の間でも同じです」
「日本人というのは、“同調圧力”という言葉があるように同調しがちだと思いますが、自分の意見があるかどうかは大事ですね。その方が自分のためになるし、そういうものを自分は求めています。そこで議論が白熱してもそれは全然良くて、否定されたからその人のことが嫌いになることもないですから」
また気になるエンジニアの待遇面については「どこまで求めるかにもよりますが、食べていけないことはないと思います。トラックエンジニアになると給料も上がりますし、ドライバーと同じでその人の能力によってはどんどん上を目指せるかなと思います」と語る小池エンジニア。M-TECでは現在レースエンジニアを募集しているが、その募集要項にも、想定年収(20歳~35歳)という形で「350万円~800万円」と開示している。これも、少しでも情報をオープンにしたいという思いからだという。
レース業界のさらなる人材流入に向けて、小池エンジニアはこのようにインタビューを締め括った。
「食べていけない業界でもないですし、最近は休みも取れるようになっています。当然、その休める中で何をするかというプラスアルファの部分はありますが、恥じるものもないので、業界についてSNSなどでどんどん情報を発信していかないといけないと思います」
M-TECの2025年度新卒採用は既に終了しているが、キャリア採用、契約社員採用、パート採用において幅広い職種の人材が募集されている。詳しくは同社のリクルートページを参照いただきたい。
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