この記事をまとめると
■ピニンファリーナからバッティスタEVが登場
理解できなければ凡人? 自動車界のオシャレ番長「ピニンファリーナ」が手がけた意外な日本のクルマ3選
■創設者の夢を現在のスタッフが叶えた
■試乗インプレッションをお届けする
創設者の夢をEVで実現!
カーデザインの老舗として知られるイタリアのピニンファリーナ社。イタリアン・カロッツェリアとしてもっとも有名なカーデザイン会社だが、その創設者であるバッティスタ・ファリーナは、いつの日かコンプリートカーを世に送り出すことを夢見ていたという。そのためには、世代の革新的な変化、あるいは技術革新が行われるであろうタイミングを好機と考え、そんな時代の到来を求めていたという。
今回試乗リポートするのは、バッティスタ氏が夢見たクルマを、1966年にこの世を去ったバッティスタに代わり、現在のピニンファリーナ社スタッフが総力を上げて開発をしたという「バッティスタEV」である。
バッティスタEVは、2020年にその開発の存在が明らかになり、その行方に世界中の自動車メーカーも注目していた次世代型ハイパーカーである。バッティスタ氏が求めていた時代の変革と技術の革新は、ICEから EVに切り替わるといういま、このタイミングをおいてほかにないという判断のもと開発が進められたという。
ピニンファリーナ社は、すでに世界的にも知ら知られる最新鋭の風洞実験装置を備えていて、自動車メーカーとのかかわりがデザインだけでなく技術開発にも及び始めているという。こうしたバックグラウンドの経営状況も多分に影響していると思われる。
今回のEVハイパーカー・ピニンファリーナ・バッティスタは、ピニンファリーナ社が2015年にインドのマヒンドラ社傘下となり、潤沢な開発資金を獲得できたことも好機といえた。プラットフォームおよびサスペンション、パワートレインなどは独の自動車メーカーが開発コンポーネントを共有し、車体外装のボディデザイン、空力特性、そして内装などをおもにピニンファリーナ社が手がけたという。ただ、走り味に関しては、ピニンファリーナ社に所属するテストドライバーがテイストを授けているという。
ピニンファリーナ・バッティスタはEVのスーパーハイパーカーを名乗るだけあり、そのパワースペックは突出している。最高出力は1900馬力! 最大トルク2340Nm! というかつて経験したこともないような強大な出力スペックが授けられており、それを4輪個別のモーターを制御して4輪駆動AWDとして成立させているのだ。
バッテリーはリチウムイオンで120kWhという巨大な容量で搭載。そのマウント方法は、フロントのキックボードからセンタートンネル、そしてリヤバルクヘッド位置にH字型で配置されている。従来のEVに見られるフロア全体に水平マウントしたものとは異なっている。H字型配列とすることによりドライバーとパッセンジャーシートをその窪み部分に設置することが可能となり、ヒップポイントを下げることに成功している。
全長は4912mm、全幅2240mm、ホイールベース2745mmというサイズ感。全高は1214mmと低い。デザイン的には前後オーバーハングが大きくとられ、空力特性に優れたものとしていることがうかがえる。
試乗車の外見はルーフ部が白く塗られ、そして車体は深いディープブルーのツートーンカラーに色わけされているが、これはピニンファリーナ・バッティスタ氏が通勤や日常の足として使用していたというランチア・フロリダのカラーリングをオマージュしている。
実車を目にすると、その迫力に圧倒される。さまざまなハイパーカーやスーパーカーがあるなかで、デザイン的に洗練されており、カーデザイン会社としての実力を存分に見せつけるインパクトが与えられている。
左右ドアは跳ね上げるバタフライタイプで、モノコックのサイドシル奥深くにコクピットがある。車体はすべてオールカーボンで作られていて、現代の衝突安全基準をクリアし、操縦性に寄与する高剛性とデザインの自由度を上手く利用している。
車体テール部分には空力特性を変化させる電動可動式のウイングスポイラーが備わり、ドライブモードによってその角度や可動域が変化するという。最高速度時に最大450kgのダウンフォースを車体重心部分に発生させ、高速での車体リフトを押さえ込む優れた空力デザインがなされているというのである。
ドライブモードによって特性が変わる
試乗は箱根ターンパイクを貸し切り、クローズドコースとしてクルマの性能を自由に引き出せるステージが用意されていた。メーカー公表値で最高速度350km/h、0-100km/h到達加速1.86秒というモンスターマシンなだけに、その性能のいち部分だけを試すだけでもコースクローズは避けられないことだ。サーキットを貸し切ってしまえば話は早いだろうが、そうするとロードカーとしての日常的な使い勝手からかけ離れてしまい、こうした思い切った手段が取られたのだと思われる。
まずは安岡秀徒プロドライバーの助手席に乗り、コクピットドリルを受けながら助手席走行を体験させてもらう。こうした車両を使いこなすためにはコクピットドリルは不可欠であり、ドライブモードやモニターの操作など、走行に必要な方法のいくつかを共有してもらう。助手席に乗っていても動力性能の力強さと、またエンジンのないなかで5秒以下で一気に200km/hまで加速する圧倒的な動力性能にただただ驚かされるばかりである。
乗り替えポイントでドライバーチェンジし、今度は自らがコクピットにつく。ステアリングやシートはすべて電動で、コクピット画面左側のモニターでシートアジャスターを呼び起こし操作する。また、ステアリングのチルトおよびテレスコピピックも同様に画面を通しての操作となっている。
ドライバー正面にある小さな四角形のモニターにはドライブモードの表示と車速などが表示され、右側にある大型のモニターにはタイヤ温度やブレーキ温度、走行状況なども映し出すことができるようになっている。すでにシステムはREADY状態となっている。コクピット運転席右側、センターコンソール左横にあるダイヤルスイッチがドライブセレクト設定スイッチとなっていて、「P、リバース、ニュートラル、ドライブ」と右にダイヤル操作する。ブレーキを踏み込んでいなければDレンジにシフトすることはできない。
ドライブモードは、「エコ、コンフォート、スポーツ、トラック、インディビジュアル」と用意されていて、それぞれイタリア語で表記されている。エコモードでは最大476kmの航続距離が可能となり、最高速度は200km/hと制限されていて、このとき駆動するモーターは前輪用のふたつのみとなる。いわゆるFFドライブとなっているわけで、普段日常的に市街地を低速で走行する場合は、エコモードを使うと実用的に感じられる。このモードではサスペンションも柔らかくステアリングも軽い。
走行上の使い勝手としては、ハイパーカーである気難しさなども一切感じることなく、AT限定免許のオーナーでも普通に運転できる扱いやすさを備えているのもガソリンエンジンのハイパーカーとは大きく異なる点だ。
走り出すと室内は非常に静かで、タイヤが跳ね上げる飛び石が車体フロアにバチバチと当たる打音がやけに大きく聞こえる。ホイールハウスには樹脂性のインナーフェンダーが備わり、このバチバチ音はフェンダーではなくモノコックそのものに当たっているのだ。ガソリンエンジン車であればミッドシップにマウントされるであろう大排気量ハイパワーエンジンのサウンドにより、こうしたノイズは掻き消されてしまうが、EVであるが故に細かな音が聞こえてくることはある程度やむを得ない部分だろう。
逆にガソリンエンジンやハイブリッドのハイパーカーは室内の騒音が大きく、パッセンジャーシートの乗員と会話することも難しい。こうしたモデルにはヘッドフォンが純正で用意され、インターカムを通じて会話をしたり、またノイズキャンセラーのヘッドフォンをするなどの耳を保護するような仕組みが取られている。
一般的なエコモードからコンフォートモードに切り替えると、最高速度は280km/hに引き上げられ、最大トルクは1200Nmが発せられるようになる。これでも必要にして十分以上のハイパワーといえるのだが、ダイヤルをほんの1ノッチ動かすだけでこれだけ性能を切り替えられるということが電動車の面白いところである。
このモードからは4輪駆動車となり、前後のモーターが出力/トルクを発生し加速時の車両安定性や安定感なども高まってくる。ステアリングはやや重めになり、より安定した操舵フィーリングになるが、じつはこのステアリングシステムは学習機能が備わっていて、オーナーが変わるたびにそのオーナーのステアリング操舵を学習し、よりマッチした特性に切り替わっていくのだという。普段、ハンドル操作をいかに少なくするか、操舵量を小さく抑えることを自己流の操舵感覚で操作していると操舵角が小さくても旋回できるような特性に数秒で切り替わっていった。
次にスポーツモードへと切り替える。スポーツモードにすると、最大出力は1400馬力、最大トルクは2000Nmにまで発揮できるようになる。また、エンジンサウンドのような音がスピーカーを通して車外へ発させられるようになる。
さらにその上のトラックモードを選択すれば、最高出力の1900馬力と2340Nmの最大トルクが発揮できる。最高速度も350km/hが可能になるというわけだ。
ある意味レーシングカーを超えている
せっかくクローズドコースを走っているのだから、このトラックモードを試さない手はない。日常的にはトラックモードはサーキットに制限されるべきモードといえ、一般道での使用は控えるべきで、今回こうしたクローズのコースを準備してもらえたことで、それを試すことができたことは幸運である。
走り始めからアクセルを全開にすると、強烈な加速Gで4輪をやや空転させながら一気に速度を上げる。ただ、その際に感じる加速Gは、ほかのEV車とは異なりドライバーやパッセンジャーに乗る者にとってあまり苦痛を与えない。たとえば、SUVモデルなど重心の高いクルマで4輪駆動のハイパワーEVをフル加速させると、ピッチングモーメントと加速Gが同時に脳に加わりブラックアウトしそうな気もちの悪さを体感するのだが、バッティスタは重心、ヒップポイントが低く、クルマの重心にかかるピッチングモーメントをドライバーが感じないで済むため、速いレーシングカー、フォーミュラカーに乗っているような後方への加速Gしか感じない。それはレーシングドライバーである筆者にとってはとても自然なものに感じられた。
このまま加速していくと、車速は一気に高まり、あっという間に200km/hをオーバーしてしまう。平坦地であれば 0-200km/hは10秒ちょっと。この箱根ターンパイクの上り区間でさえ最高242km/hの車速をメーターで読み取れるほどのスピードを示した。車両重量が2020kgもあるにもかかわらず、これほどの加速動力性能があることは、ある意味レーシングカーを超えているといっても差し支えないといえるだろう。それでいて室内は静かでエアコンディショニングも効いて快適であり、パッセンジャーとの会話も楽しめるのだから申し分ない。
コーナーでは高いグリップ力が車両姿勢を安定させ、オンザレールのライントレース性を示す。タイヤはミシュランのパイロットスポーツ・カップ2を装着し、21インチの大口径タイヤで路面を確実に捉えているが、車速が上がれば上がるほどダウンフォースが高まり、横Gが強烈にかかってくるのがわかる。そのコーナリング限界の高さを見ても、とても2トンもあるクルマとは思えないほどである。
時速200km/h前後でターンパイクを駆け上がっていけば、普段走っているターンパイクとはまるで景色が異なり、フラットに思えていた路面の各所が非常にバンピーで車体を弾ませることがわかる。それでもサスペンションは路面をしっかり捉え、ダウンフォースの作用と荷重の大きさもあってタイヤが空転することはなかった。
また、ドライバーが感じないまでも4輪のモーターは個別に駆動力が細かく制御され、トルクベクタリングを積極的に行ってクルマのライントレース性や安定感を獲得しているのである。
通常であれば30分ほどかかるターンパイクを、その半分以下の時間で下り、そして上ってくることができてしまった。クルマを降りてブレーキの温度を調べてみると、フロントは350度、リヤは270度にまで達していた。通常のEVならば減速はほとんど回生により行うため、ローター温度はほとんど上がらないのだが、クローズドコースでこのような全開に近い走行を繰り返すと、ディスクブレーキも相応に働かせざるを得ないものだと思われる。
ただ2020kgのクルマをこの速さで走らせ、モーター回生がなければ、ブレーキローターの温度はおそらく600度近くに達していただろうと思われる。それを考えれば、残りの300度分はバッテリーに回生されていたと考えられる。一方で、電気エネルギーのデプロイとリジェネレーションを繰り返すバッテリーは温度管理が難しいといわれているが、水冷化とバッテリーレイアウト等により30度前後の低温に保たれていることがバッテリー監視モニターによって見て取ることができていた。
このように、バッテリーをいかに低温に管理するかというところがEVハイパーカーの極めて重要な要素といえ、ピニンファリーナはその部分においても十分な機能を獲得していると言えるのである。当然、空気の流れの制御が重要で、ラジエターにうまく空気を導き、そのクーリングエアがうまく車外に放出されるようなエアフローを導かなければならないわけで、自慢の風洞がそういった面でも役立っているといえるだろう。
今回試乗してみて、このクルマの持つ底知れない走行性能を、たとえば富士スピードウェイやニュルブルクリンクサーキットなどでも試してみたいという気にさせられた。ピニンファリーナとしても、そうしたところに焦点を当てることの重要性は感じているようだが、現状はまだタイムアタックなどはしていないそうだ。
一方で、所有者となるオーナーは、サーキットを走らなければこの走行性能を知ることができないため、ほかのスーパーカー、ハイパーカーなどに見られるような、サーキットを走ったら保証の対象外になるという制限はなく、ブレーキパッドやタイヤなど消耗品を除けば、すべての機能はサーキットを走っても保証されるというのは流石だなと思える部分だ。
ピニンファリーナEVハイパーカーであるピニンファリーナ・バッティスタの価格は3億5000万円といわれている。およそこれを手にするユーザーがどれほどこの日本に居るのかわからないが、もしかしたらいつかどこかのサーキットで見かけることがあるかもしれない。その走り、また叩き出されるであろうラップタイムが大いに気になるところだ。
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