鮮烈な印象を与えたヤマハ200ccロードスポーツ
ヤマハ発動機は、斬新なトライや洗練されたデザインといった印象などで、ひとつ頭が抜けているメーカーだと以前から思っていた。
【画像ギャラリー10枚】エンジンは2スト200cc水冷単気筒、乾燥重量105kg!ヤマハSDRを写真で解説
ヤマハ・バイクのデザインといえば、外部のジイケイダイナミックス(GK Dynamics)が多くを担っているのは知る人ぞ知るところで(ただしヤマハ社内にもデザイナーは在籍する)、いわば社内外の協業でデザインを進めているのだが、社内の枠にはまらぬ発想が外部にもあることはヤマハの強みだと思う。
そんなヤマハデザインを具現化した印象的なモデルは多々あるが、バブル期、筆者が若かったころ、リアルタイムで目を奪われた最初のモデルが1987年登場のSDRだった。
ヤマハはこの少し前の1985年にVMAX1200も登場させており、こちらにも脳天直下型の衝撃を受けたものの、当時は中型免許ライダー。雲の上の存在のビッグバイクはさておき、現実的に針が振れたのは200ccの軽二輪、SDRの方だった。
レーサーレプリカブーム真っ只中の80年代後半、ヤマハはTZR250、その上のクラスのRZV500Rでどっぷりとブームに乗っていた。一方で、細身な車体とメッキのかかったドラス形状のフレームのSDRも、やけに眩しく見えた。
エンジンはパワフルでピーキーなイメージのDT200R用エンジンをベースに、クランクケースリードバルブへ変更した水冷2サイクル単気筒を搭載。乾燥重量は105kgで、スリムな車体は当時の50ccロードスポーツ(今は消滅したカテゴリーだ)並み。
そして割り切ったシングルシート仕様なのに加え、特殊なメッキを施されたトラスフレーム、アルミを多用した各パーツの組み合わせは実に洗練されていた。カウルを纏わないことで魅せられる要素が、格好よく発散されていた。
主流のレーサーレプリカに対抗し、原点に帰る!?
コンパクトな中にきらりと光るフォルムをよく表していたSDRのカタログ写真に、懐かしさを覚えつつページを開くと、以下の短文に目が止まった。
「世の中には不必要なものが多すぎる。だから、いちど原点に帰ってみよう。SDRの出発点はここにありました。日本のモーターサイクルは、また新しいシーンへ。」
まだまだレーサーレプリカブームが止まるところを知らず盛り上がっていきそうな中、ヤマハも他社と同じく次の方向性を模索していたわけだが、その具現化のひとつとして、筆者は「いいぞ! これ」と率直に思った記憶がある。
前述の文章を読むと、SDRは不必要なものを廃した原点バイクと思われそうだが、メカニズムの革新性もきっちり詰まっていた。たとえば、新開発の水冷2ストローク単気筒エンジンで、カタログの2見開き目ではこの心臓部を以下のように紹介している。
「YZRの系譜、クランク室リードバルブ採用、新開発水冷2ストローク・シングル
(中略)最高出力34ps/9,000r.p.m.、最大トルク2.8kg-m/8,000r.p.m.のハイパフォーマンスとともに、常用域でのパワフルさをもたらすテクノロジーのひとつが、クランク室リードバルブ。リードバルブを持つ吸気ポートがクランク室側にあるため、クランク室が負圧になると、ピストン位置に拘らず吸入行程が即座に始まり、吸気効率はきわめて高い。しかも、リードバルブは樹脂製。その追随性のよさが、クイックレスポンスをさらに鋭いものとしている。」
加えて、マイコン制御で適切な排気コントロールを促すヤマハお得意のY.P.V.S.(ヤマハ・パワー・バルブ・システム)、吸気効率を高めるY.E.I.S.(ヤマハ・エナジー・インダクション・システム)、フラットバルブキャブレター、大容量化とストレートな吸気経路配置に貢献するフレーム一体型アルミ製エアクリーナーボックス、多段膨張タイプ・チャンバー型マフラーなど、エンジン系統の見所は数多い。
そしてSDRのハイライトと言えるのが、カタログの見出しに「見る者の目を奪い、ライダーの心を奪う。」と称されたトラスフレームで、以下のように紹介される。
「SDRの特長的なフィーチャーの中でも異彩を放つ、TC(Triplex Compositeで、ニッケル、スズ、コバルトの3元素を用いた)メッキ・トラスフレーム。ステアリングヘッド部からリヤスイングアームのピボット部へストレートに伸びるフレーム構成としたうえで、フレーム自体に斬新なトラス構造を採用。高剛性の確保とともに、マシン全体の軽量化(乾燥重量105kg)にも大きく貢献している。しかも、フレーム一体型の堅固なアルミ製エアクリーナーボックス(サイドカバーのように見える部分)などの採用によって、トラスフレームならではの高剛性をさらに強化。シャープで安定したハンドリング感覚を支えている。」
リヤサスは、ヤマハ独自のリンク式モノクロスサスペンション採用で、リヤアームは「高剛性で軽い」と謳うトラス構造。前後17インチは中空スポークアルミキャストホイールを装着。さらには、ハンドルからステップ、チェーンケース、タンクキャップなど各部にアルミパーツを奢り、原点回帰のモデルと言いながら、随所に造り手のこだわりが詰まっている点も魅力だった。
比類なきパッケージに感じる造り手の試行錯誤
ソリッドでいかにも軽量、なおかつ随所にこだわりを感じるパッケージデザイン。まだまだバイクの本質もわからぬ二十歳そこそこの筆者だったが、SDRの魅せるこだわりは、乗って感じるはずの期待をも膨らませ、大いに興味をかき立てられた。
SDRは乾燥重量105kgと軽量な車体に、最高出力34ps。この7年前にデビューし、鮮烈な印象を与えたRZ250(レーサーレプリカブームの始祖と言える存在)が139kg、35ps/8000rpm、最大トルク3.0kgm/8000rpm。RZはヤマハ伝統の並列ツインだが、単気筒のSDRはそれにさほど劣らない性能値で、それよりはるかに軽量コンパクト。キビキビとしたピックアップのエンジンと軽量な車体で、ワインディングをヒュンヒュンとクリアしていくのだろうと想像を逞しくした。
ただし、当時二十歳そこそこの自分が、SDRオーナーになることはなかった。さほど車歴も積んでいなかった当時、SDRは割り切りすぎていた。ピュアスポーツに回転計が非装備なのが疑問でもあり、さらには自動二輪を1台しか持てない身としては自動二輪並みの車格が欲しいし、旅にも使いたい。そしてできれば好きなコを後ろに乗せて……。雑念の多い若造にSDRは早すぎたのだ。
それから10年ほどが経過し、バイク雑誌編集部スタッフとなった私は、とある特集企画で大事に乗り続けられたオーナー車のSDRへ試乗できることとなった。
想像していたものの、跨った実車はすごくスリムで小さい。ニーグリップで挟むタンクは通常よりも内側にヒザを向ける感覚だったし、両足はべったり接地し、本当に車格は50ccスポーツ並みだった。
DT200R系ベースという水冷2スト単気筒は、さぞピーキーな特性でパワーバンドに入れば元気に飛び出すだろうと想像してクラッチを繋ぐと、気難しくなくモワーっと発進してスーッと加速。乗り手を刺す驚きはない。
そしてスリムな車体のホールド感に慣れないせいもあるが、ワインディングに入ってもどこかしっくり来ない。細身の前後タイヤ(前90/80-17、後110/80-17)で、ヒラヒラ切り返せる感じはあるものの、サス設定なのかそもそもフレーム剛性面の要因なのか、どんな速度域でもスパッとした切れの印象が薄め。
2スト単気筒の単純に弾ける感じや、軽量な車体での切り返し感といった想像がどこかぼやけ、割り切ったイメージのSDRが、意外と割り切れない感覚を残したのだった。
その後1987年当時の『別冊モーターサイクリスト』誌に掲載のSDR開発者のインタビューを見て、得心する部分があった。SDRの社内データでの性能は、最高速が150km/h、0→400m加速が14.2秒。意外と控え目な数値となっていることを踏まえて開発者は以下のように語る。
「最高速を伸ばすと、どうしても途中の速度域が犠牲にならざるを得ない。それよりも常用域を扱いやすくして、上を抑えたほうが、という狙いで中低速のピックアップをよくしています」
そして排気量選定の段階では175、200、250と、3つのエンジンで最終的なフィーリングをテストしたと語り、その中で200となったのは、乗りやすさと必要にして十分なパワーという判断からだという。250にすればパンチは出るが、逆に抑え切れない特性になってしまい、またその分車体系の負担も増えてSDR本来の意図から外れてしまう、とも語っている。
■DT200R(前期型)をベースにクランクケースリードバルブ方式へと改められた、水冷2サイクル単気筒エンジン。従来からのピストンリードバルブ方式のようにピストンと吸気ポートの位置関係に拘束されず、クランク室が負圧になると吸気行程となって高い吸気効率が得られるため、DT200R後期型でもこの方式を採用していく。
■特長的な鋼管ダブルクレードルフレームは「タンクレールとテンションパイプの間をトラス(桁組)形状にパイプで結ぶことで縦剛性を、またヘッドパイプからリヤアームのピボット軸に向けて直線的に短い距離で結ぶことでねじれ剛性を高めた」とリリースに紹介され、リヤアームもトラス構造として強い印象を残した。だが「アルミデルタボックスのように、幅のある左右のメインセクションだけで曲げ、ねじれ剛性を確保することができず、幅の狭いSDRはフレーム上面を補強プレートで左右を結び、エアクリーナーボックスを補強メンバーにする」など、相応の苦心があったと開発陣は語っている。
あくまで素人レベルの想像に過ぎないが、SDRの特長である幅のスリムなスチールパイプのトラス構造のメインフレーム、スイングアームともに、剛性面での最適解ではなく、当時レプリカ系で採用し始めたアルミデルタボックスのような高い剛性とは違う、しなやかな方向にならざるを得なかったのかも知れない。
当時の開発陣の中には、YZ250系のエンジンを積んでみたかったという声もあったようだが、SDRのコンパクトかつスリムな車体構成では、相当剛性不足だったかも。個人的には、メインフレーム&スイングアームはトラス構造を維持しつつ、もうひと周り大きなサイズで対応し、エンジンはより高回転域までパワフルな特性としたものを見てみたかったが……。
短命ながら息長く残る孤高の印象
かくして、SDRはマイナーチェンジを経ることもなくラインアップから消滅するのだが、筆者のように当時のSDRに衝撃を受け、オーナーとして長く愛用する趣味人も少なからず存在し、開発者の話から垣間見えたウイークポイントを踏まえ、自分流にモディファイしつつ今なお走らせている。また、希少な趣味人を支える味方として補修部品、カスタム部品を供給するネット上のSDR専門店「SDR200.COM」が存在することも、同車の非常に根強い支持を象徴しているだろう。
3年と経たず、市場から消えたSDR。販売面からは成功したとは決して言えないが、当時の煌めきを記憶しているベテランライダーは、筆者に限らず案外と多いのではないかと想像する。
そしてカタログの最終ページには、サイドスタンドをかけ斜め前から撮られたSDRの写真の白地部分に、以下の文章が入っていた。好き者が試行錯誤し、好き者のために市場に放ったことを象徴して興味深い。
「できあいの基準は通用しないかも知れない。SDR。
いつの時代にも主流がある。多くの人が憧れるコト、多くの人が欲しがるモノ、多くの人が認める常識。それが、その時代の主流になる。自分を安心させる材料になる。いいわけの理由になる。でも、できあいの基準だけを頼りにしているなんて、つまらない。流行に振りまわされず、飾りに目を奪われることなく、自分らしさを貫いていくことのほうを大切にしたい。そんな人々のために、モーターサイクルは何をすべきか。ヤマハから、まったく新しい2ストローク・ピュアスポーツSDR、デビュー。腕があるほど楽しめる200cc2ストローク・シングル。常用域の太いトルクと鋭いレスポンス。従来の常識にはなかったTCメッキ・トラスフレーム。走りの実質機能を追求した、ライト&スリム&コンパクトな車体。そして、タンデム・ライディングを拒否するシングルシート。それは、少数の「知る人」のために存在する、新しいマシンの姿。SDRに、できあいの基準は多分通用しない。多くの人の共感も得られないかも知れない。それでいい。それがSDR。」
ヤマハSDR主要諸元
エンジン:水冷2サイクル単気筒クランクケースリードバルブ ボア・ストローク66.0×57.0mm 総排気量195cc 圧縮比5.9 燃料供給装置キャブレター(ミクニTM28SS) 点火方式CDI 始動方式キック
性能:最高出力34ps/9000rpm 最大トルク2.8kgm/8000rpm
変速機:6段リターン
変速比:1速2.833 2速1.812 3速1.368 4速1.142 5速1.000 6速0.916 一次減速比2.833 二次減速比2.687
寸法・重量:全長1945 全幅680 全高1005 軸距1335 シート高770(各mm) キャスター25度30分 トレール91mm 乾燥重量105kg
タイヤ:F90/80-17 R110/80-17
容量:燃料タンク9.5L オイル0.9L
価格:37万9000円(1987年当時)
文●阪本一史 写真&資料●ヤマハ発動機
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みんなのコメント
が、歳をとった今は、むしょうに欲しい一台。かなりスリムだった記憶がある。
ただ当時はその割り切ったデザインの所為で、あまり人気が出なかったと思います。