ショーファードリブンの超高級車メーカーで知られるイギリスのロールス・ロイスは、フラッグシップのファントムやSUVのカリナンなど、4ドア(5ドア)モデルに前後ドアを観音開きとしたコーチドアを採用している。世界的に見ても珍しい機構を採用するのはなぜなのだろうか。
乗員みずからドアを開閉することが少ないからこそできる機構
ロールス・ロイスは超高級車ブランドで、世界のセレブによって愛用される名車を多く輩出してきた。現在クルマ部門は独立してBMWの傘下として「ロールス・ロイス・モーター・カーズ」となっている。ジェットエンジンを製造するのは、別会社のロールス・ロイス・ホールディングだ。
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昔のロールス・ロイスを知る人はベントレーとの関係も気になるだろう。かつてロールス・ロイスは、同じイギリスのスポーツカーメーカーのベントレーを買収し、一時期は姉妹車をラインアップさせていた。
しかし、経営状態の悪化によりベントレーはフォルクスワーゲンの傘下に入り、ロールス・ロイスは前述のとおりとなった。そのため、パワーユニットを含めて現在のロールス・ロイスとベントレーに共通点はない。当然だが、ボディも同様でロールス・ロイスはラインアップのすべてにコーチドアを採用しているが、ベントレーは通常のドアを使っている。
コーチドアは観音開きと訳されることが多く、前席のドアは一般的な前側ヒンジだが、後席のドアは後側にヒンジを設けて通常とは逆に開くようになっている。そのため前後ドアの両方を開くと観音トビラのように見えるため、観音開きと呼ばれる。
また後側ヒンジのドアは「スーサイドドア」と呼ばれることもある。スーサイドドアを直訳すれば、「自殺ドア」となんとも気味の悪い言葉になってしまうが、こう呼ばれる理由には諸説ある。クルマから降りてすぐにクルマが動き出すとドアが当たるからという説と、走行中にドアが開くと風圧で壊れてしまうという説などがある。筆者としては後者が理由になったと思うが、コーチドアは広い意味でスーサイドドアを含んでいて、現在は観音開きでなくてもコーチドアと呼ぶことが多い。
前ヒンジのドアから降りるとき、足を車外に出そうとするとドアが近くにあり、空間がどうしても狭くなってしまう。そこでロールス・ロイスは逆ヒンジのコーチドアを後席に使うことにより、乗り降りのしやすさを優先しているのだ。
こうしたショーファーカーは前席よりも当然、ご主人様が座る後席優先で設計され、とくに丈の長いドレスやフレアの大きいスカートを着用しての乗降性を高め、かつ着崩れの心配を小さくするためだと言われている。フラッグシップモデルのファントムは後席ドアを約90度まで開くようになっており、足元を広く取れるから女性が履くヒールでも乗り降りしやすくしている。さらに、ロールス・ロイスのシートはドレスをはじめとする乗員の洋服を傷めないよう、丁寧で滑らかな縫製も行われている。
乗降性に優れるコーチドアだが、必然的に着座位置からドアハンドルまでの距離が長く、そしてヒンジ(支点)からドアハンドルまでの距離も近くなり、開閉のための操作感が重くなってしまう。その点ロールス・ロイスはパワーアシストを使っているため、スイッチで開閉できるし操作感も軽い。もちろんオートクローサーも付いているため静かに閉めることができる。
もっともこのクラスになると後席乗員みずからドアを開け閉めすることは少なく、執事や運転手によって操作されることが多い。とくにファントムに乗るような人物は、こうした生活環境が整っているということもある。スポーティな2ドアクーペの「レイス」やオープンモデルの「ドーン」は自分で開閉してもさまになるが、ファントムは別格なのだ。
もうひとつロールス・ロイスの仕掛けで有名なのは、ドアもしくはフェンダーに傘(アンブレラ)が隠されているという点。雨のときなどに執事や運転手がここからサッとアンブレラを取り出してご主人様が濡れるのを防ぐというわけだ。もっともこうしたショーファーカーで乗り着ける場所は、エントランス(ポーチ)にひさしがあるところがほとんどだから使うことは少ないはずだ。
ちなみに国産車でもロールス・ロイスと同様に傘を収納していたのが日産パルサー。1986年に登場した3代目(N13系)と1990年の4代目(N14系)の3ドアハッチバックのリアフェンダー内部に装備されていて、当時筆者が乗っていたWRCマシンのベースモデルにもなったGTI-Rにも採用され、柄の先端にNISSANと小さく印字されていた。
国産車でコーチドアを採用した有名な例はスバル360や、20年前の2000年11月にトヨタが自動車生産累計1億台達成記念車として製作されたオリジンもそのひとつ。オリジンは、当時市販されていたパーソナル高級車プログレをベースに、観音開きだった初代トヨペット・クラウン(RS)をオマージュしたデザインだった。
のちに変則的なコーチドアで登場したのがマツダ RX-8だった。後席用の小さなドアを後ろヒンジで付けたが、単独では開閉できず、フロントドアを開けてからリアドアを開けるタイプだった。そのほかにも、BMW i3やトヨタ FJクルーザーなども同様で、近く発売されるマツダ MX-30もコーチドアを備えている。ちなみにマツダはこのタイプのドアをRX-8のころから「フリースタイルドア」と呼び、今回のMX-30でも同様の呼称を使っている。
海外では2019年にフォードのラグジュアリーブランドであるリンカーンが、ブランドの80周年を記念してコンチネンタルを復活させた。限定車の80thアニバーサリー・コーチドア・エディションは、その名のとおりコーチドアを採用している。今後の高級車のエクステリアとして、コーチドアを採用するモデルが増えていくのかもしれない。(文:丸山 誠)
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