ビッグマイナーチェンジを受けたメルセデスAMG「E63 S 4MATIC +」に今尾直樹が試乗した。Eクラスのハイパフォーマンス・モデルの魅力とは?
ドイツ製ウルトラ高性能セダン
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現行生産車のなかでも神話的な存在の1台、メルセデスAMG E63 S 4マチック+は、発表から4年を経てのマイナーチェンジでどう変わったか? 早速ご紹介しましょう。
基本的には、2016年11月のデビュー時には“史上もっともパワフルなEクラス”と、誇らしげにうたわれたモンスターの後期型である。看板の最高出力612ps、最大トルク850Nmというスーパー・パワーを生み出す4.0リッターV型8気筒ガソリン直噴ツイン・ターボと、それを路面に伝える4WDシステムはそのままに、内外装とインフォテインメント、それに運転支援システムの新型Sクラスに匹敵する、もしくはそれに準ずるアップデートを、本国では新型Sクラスに3カ月先んじて完了している。
まずは外観から申しあげると、ご覧のようにフロント・マスクが、従来型がどっちかというと、来たぞ、我らのウルトラマン的正義の味方風だったのに対し、新型は時代のなせるワザでしょうか、ダーク・ヒーローっぽくなった。フロント・グリルが台形をひっくり返したかたちから、底辺のほうが長い正台形型になったのは新型Eクラスとおなじだけれど、そこに縦のルーバーが12本入っている。1950年代の「300SLプロトタイプ」をオリジナルとするAMG専用グリルだ。メルセデスAMG「GT R」あたりから採用されはじめたこれは、ルーバーがティラノザウルスとかサメとかスパイダーマンの敵キャラのヴェノムとかの鋭い牙を思わせて、噛みつきそうである。
中央グリルの下の冷却用ダクトも大型化され、より多くの空気をエンジンに送ると同時に、フロント・アクスルに働く揚力を軽減しているという。「ジェット・ウィング」と表現されるフロント・エプロンも、エアロダイナミクスという機能の裏づけがある。
フロントのトレッドはもともとノーマルのEクラスより50mm広い。フロントのホイール・アーチはより大きなホイールをおさめるためもあって27mm幅広いから、迫力が違う。20インチのアルミ・ホイールは新デザインだそうだけれど、マット・ブラックに塗られて、その内側に真っ赤なキャリパーがのぞく。これら小さなデザインの違いの積み重ねが、尋常ならざるEクラスというカリスマチックなムードをつくっているのだ。
試乗車はしかも、鮮やかなブルーのマットみたいなボディ色で、21万4000円もするオプションですけれど、本来は地味派手な存在であるはずのドイツ製ウルトラ高性能セダンに、イカすという意味でのファンキーさを加えてもいる。
足まわりの動きがよりスムーズに
走り出して印象的なのは、むおーっという地の底から湧き上がってくるような、高性能車特有の息吹だ。怪物が息を潜めて呼吸しているような、そんな気配。4リッターの空気を毎分800回以上、8本のシリンダーが上下運動するたびに吸ったり吐いたりしている。このV8は燃費を稼ぐために、ときには4気筒になったりもしているわけだけれど、スゴイものに乗っている感がある。
40km/h以下の場合、高性能車っぽい乗り心地の硬さを感じさせる。前265/35、後ろ295/30の、という前後で異なる超極太扁平ZR20サイズのピレリPゼロがその存在を乗員にアピールしている。
ところが40km/hを超えると、つまり街中でもフツーに走り出してしまうと、最初に履いていた革靴がいつの間にかナイキ・エアマックスに変わってしまう。スパッと変わるのではなくて、このまま走っているとショックが伝わってくるだろうな、という予想が裏切られることによって、ドライバーは電子制御のサスペンションの変化を知る。
4年前にE63S 4マチック+、つまりは前期型に試乗した筆者のおぼろげな記憶をたぐると、新型は足まわりの動きがよりスムーズでリファインされている。3チャンバーのエア・サスペンション・システムとアダプティブ・ダンピング・システムのセッティングを見直した効果であるらしい。
麗しいインテリア
内装で目新しいのはツイン・スポークのステアリング・ホイールで、3時と9時のスポークの下に、丸いボタンが付いている。右は「AMGダイナミックセレクト」という名のドライブ・モードの、左は上下に分割されていて、上は後述する「AMGダイナミクス」の、下はサスペンションのみを切り替えるスイッチになっている。
右のボタンをまわすと、「スリッパリー」「コンフォート」「スポーツ」「スポーツ+」「レース」、それに「ドリフト・モード」と、6つのモードの切り替えができる。電子制御の4WDをピュア後輪駆動にして、ESP(横滑り防止プログラム)もカットする「ドリフト・モード」はフェイスリフト前からあるはずだけれど、筆者は試していない。いつの日か自分で買ったらやってみよう。いつになるのか、筆者にもわからないのですけれど。
「AMGダイナミクス」というのは、4WDのトルク配分やESP、リアの電子制御LSDなどを、「ベーシック」「アドバンスト」「プロ」、そして「マスター」の4段階に切り替えるもので、筆者も切り替えてはみたものの、う~む、どこがどう変わったのか、よくわからなかった。いつの日か自分で買ったら、さらなる研究を……というのが正直なところです。
これら、ふたつの丸いボタンはモードによって青や黄色や赤で発光する。なので、ドライバーとしてはおのずと意識する。機能それ自体は従来と変わっていなくても、表現の仕方が変わったことによって、なにやらうれしい心持ちがする。
ステアリングホールの3時と9時の位置を中心とするグリップの一部には「ダイナミカ(DINAMICA)マクロファイバー」というアルカンターラみたいな人工皮革が用いられている。フェイスリフト前も同じ素材が使われていた。滑らないし、汗も吸ってくれそうだし、なにより肌触りがよい。ポルシェ「911」でも「GT3」などのレーシーなモデルにのみ使われている。ステアリングホイールに張るだけで、シリアスになると同時にハッピーな気分をプラスする魔法のマテリアルだ。
鮮やかな純白のレザーのシート表皮のインテリアに、富士の高嶺に降る雪をイメージするのは、筆者が東京圏に住んでいるからであろう。
ドイツ南部のひとであれば、ネッカーズウルムとシュトゥットガルトの、ちょっとシュトゥットガルト寄りにあるメルセデスAMG社の本拠地、アッファルターバッハから見える、かどうかは知りませんけど、アルプスを思い浮かべるに違いない。
和製スーパーカーを彷彿させた走り
あいにく首都高速3号線は渋谷あたりで渋滞していた。こういうときに運転支援システムは助かる。
ステアリングホイールに設けられたスイッチでオンにしてみると、新型Eクラス・シリーズに採用された自動再発進機能は、前走車が停止すると、こちらも停止し、アイドリング・ストップまでする。停止時間が30秒以内であれば、前走車が動き出すと、自動的にエンジンを再始動し、自動的に走り出す。電気自動車ではなくて、100%内燃機関で、こんなことを坂道でも後ろにズルッと下がったりもせず、ということは自分で自動的にブレーキをかけ、自動的に解除して発進しているのだ。
「メルセデス、すごい……」
と、口に出してつぶやくと、「どうぞ、お話ください」と、「MBUX」なる対話型インフォテインメント・システムが「メルセデス」という単語に反応して筆者に話しかけてくる。
「用はないです」と答えると、「もう一度お話しください」とMBUXがいう。ちょっとイラッとして、「用はないっ!」と怒鳴ると、ぴこっという電子音を発して静かになった。怒鳴って悪かった。
以来、渋滞のなか、退屈すると、「ヘイ、メルセデス」とMBUXに話しかけて、箱根の天気予報を聞いたりした。帰りは、品川のメルセデス・ベンツ日本に行きたい、といったら、勝手に自宅に登録して案内してくれた。ほんの10年前までSFだと思っていたことが現実になりにつつある。驚嘆するほかない。
渋滞を抜けて高速道路に入り、100km/h巡航すると、100km/hは1400rpmにすぎない。アクセルをゆるめると、V8は瞬時にV4に切り替わる。それを液晶画面の隅っこにV4というアイコンが出ることで知らせる。そうすると、地底に潜む怪物の息吹が消えてなくなる。
低回転での巡航を可能ならしめるのは9速オートマチックのおかげだ。「AMGスピードシフトMCT(マルチ・クラッチ・テクノロジー)」と名づけられたこれは、E63以外のモデルとは異なり、トルクコンバーターの代わりに湿式多板クラッチを使っている。トルコン式よりスパスパ、歯切れがよく変速し、やや控えめながら、ダウンシフトの際にはブリッピングもしてくれる。
「スポーツ+」モードを選んで山道で全開を試みると、V8ツイン・ターボは2000rpmあたりからデロデロデロッというAMGサウンドを発し、ぐおおおおおんっ! と、日本語の表記では表せない、濁音の入った力強い排気サウンドを轟かせて登り坂を駆け上がる。ストレートがみるみる縮まり、コーナーをガバチョとたぐり寄せる。まるで日産GT-Rだ。E63S 4マチック+の0-100km/h加速は3.4秒。GT-Rは3秒だと主張しているから、こちらのほうがちょっと遅いけれど、このレベルになると関係ない。タイムは別にしても、加速の質としては似ている。ターボ・エンジンをフロントに縦置きする4WDという意味では同じなのだから、かもしれない。
でも、車重2tを超えるV8のセダンがそれよりはるかに軽いV6の和製スーパーカーを彷彿させるのだ。それって、日産GT-Rもスゴイけれど、メルセデスAMGの怪物もスゴイということではあるまいか。
よく曲がり、よく止まる。
山道を走りながら、だけど、エンジンのサウンドが、まろやかで、ちょっと控えめになっているようにも感じる。回り方のフィーリングも、回転を積み上げるにつれ、軽やかで滑らかになる。効率重視の面もあるだろうけれど、スポーツ・ユニットとして洗練度を増していることは間違いない。
フツーに走っているときは、終始、骨太で肉厚な感じがする。たぶん、エア・サスが肉厚感に大きく貢献している。重めでしっかりしたステアリング、がっちりしたシートやペダル類、高いボディ剛性。自分が骨太で肉厚なひとになったような気がしてくる。頼もしい。ジェントルマンたるもの、かくあるべし。というメルセデスAMGのエンジニアの理想的人間像が詰め込まれているように感じる。
エア・サスとアダプティブ・ダンピングのコンビのおかげで、ドライブ・モードが「コンフォート」でも「スポーツ+」でも、西湘バイパスのような目地段差の連続で名高い道路を、たいしたショックを伝えることもなければ、ピッチングを残すこともなく通過する。
よく曲がり、よく止まる。アクセルを踏めば、パワーがどこからでも出てくる。深々と踏み込むには覚悟がいる。モーレツに速いからだ。ハンドリングには繊細さもあって、旋回中にアクセルを緩めるとノーズが入る。
ハリウッド映画なんかだとドイツ人は悪役が多いわけで、このクルマもそういう文脈にあると思ってしまうけれど、運転してみての感覚はそうではない。
繊細で、たとえば、メルケル首相が乗っていてもお茶目であると筆者は思う。
こんなことを申し上げるとドイツの方に怒られるかもしれないけれど、かつてはイギリスとかイタリアでしかつくれなかったセクシィなスポーツ・サルーンを、戦後75年、EU統合からはや30年、ドイツは生み出せるようになっているのだ。
少なくともメルセデスは大変革期のさなかにあってなお、ますます充実期にある。
文・今尾直樹 写真・安井宏充(Weekend.)
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