その歩みを止めることなく、絶えず進化を続けるモータースポーツ。レーシングカーの自動車としての進歩も去ることながら、近年ではカーボンニュートラルを目指した技術開発も盛んになっており、持続可能な社会に貢献している。そしてその他にも、モータースポーツ業界においてこの10年で大きく変化した点がある。それが女性レーシングドライバーを取り巻く環境だ。
これまでにも女性のレーシングドライバーは国内外を問わず一定数存在したが、その数は男性と比べるとごくわずか。彼女たちは男性社会に身を置き、ある意味肩身の狭い思いをしながら戦っていくしかなかった。しかし近年は、『Wシリーズ』や『F1アカデミー』、日本の『KYOJO CUP』など、女性だけで争われるレースシリーズが開催されるようになり、女性ドライバーの母数は増えてきているように感じられる。
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ただし、「女性が男性の中に交じってレースをする」という形が失われたわけではない。例えば日本に目を向けると、KYOJO CUPが開催されている一方、スーパーフォーミュラではJujuが、スーパーGTではかつてのKYOJOチャンピオンでもある小山美姫が、国内トップレベルの男性ドライバーに戦いを挑んでいる。F1アカデミーもその名の通り、F1に女性ドライバーを送り込むために作られたカテゴリーという色が強い。
このように女性レーシングドライバーを取り巻く現在の環境は、ある意味“どっちつかず”だが、ポジティブに言い換えれば女性ドライバーにとってはより選択肢の広い環境になっていると言える。これについて、当事者たちはどう考えているのか? その見解を聞く機会がいくつかあった。
■女性レース界を女子プロゴルフのような世界に
今年で8シーズン目を迎えるKYOJO CUPの発起人は、元レーシングドライバーの関谷正徳氏。関谷氏が女性だけのレースカテゴリーを形作ったのは、女性F1ドライバーを輩出したいからではない。根底にあるのは、女性モータースポーツ界をゴルフやサッカーのように男女分けた形で発展させたいという思いだ。
自民党モータースポーツ振興議連総会に出席した関谷氏は、motorsport.comの取材に対して次のように語った。
「私のやりたいことは、簡単に言えばモータースポーツ界の中に女子プロゴルフのような世界を作るということです」
「ゴルフだけではなく、あらゆるスポーツが男女別になっています。そうやって分かれている中で女性が男性の中に入っていく……そういった例はよくありますが、その逆はありません。それはやはり(性差による)ハンディキャップがあるからです。Juju選手もスーパーフォーミュラで頑張ってくれていますが、女性がトップに立つことは簡単ではありません」
そう語る関谷氏が懸念しているのが、モータースポーツは世間から“スポーツ”として市民権を得ていないがゆえに、「女性でも容易に男性を倒せる競技」だと思われがちなのではないかという点だ。よくレース中の心拍数はマラソンランナー並だと表現されるが、モータースポーツはそれほど身体的な負荷が大きい競技。性差がパフォーマンスに表れることも当然とも言える。だからこそ、女性参画を通してモータースポーツ界をさらに発展させるには「女子プロゴルフのような世界が必要」と考えているのだ。
「私はモータースポーツが、スポーツとしてのレベル……つまりスポーツ性が非常に高いということを言いたいんです」
「今のメディアや社会は『女性でも(男性に対して簡単に)勝てる』と思っている節があるのではないかと感じています。確かに可能性はゼロではありませんが、現実的には簡単ではありませんし、その状況ではたくさんの女性が入ってきてくれません」
「ああいった(女子プロゴルフのような)世界を作れば、子供達の目標になります。F1ドライバーの中に女性がひとりいても、なかなか目標にはしづらいと思います。(KYOJOで戦う)彼女たちに目標になってもらえば、業界を活性化できると思っています」
■女性限定カテゴリーは女性の可能性を広げる
では、実際にKYOJOを戦う女性ドライバーたちの意見はどうか? 3月にシティサーキット東京ベイで実施された『FIA ガールズ・オン・トラック』のトークショーに参加した翁⻑実希、バートンハナ、織戸茉彩に聞いた。
2022年のKYOJO CUPチャンピオンでもある翁長は、幼少期から男性に交じってレースを戦ってきた立場。男女の性差を考えれば男女別で分けるべきだという考えもありつつも、男女一緒に戦えるからこその魅力も肌で感じているため、一概にどちらの方が良いとは断言できないと話した。ただ少なくとも、「女性の中で一番」を目指せる環境があることは個人的にありがたく感じているという。
「モータースポーツと“スポーツ”という名が付いている以上、やはり身体の作りが違う男女ではパフォーマンスにも必ず差が出てくると思います」と翁長は言う。
「ですから、スポーツとしてその差を平等にして競技をするのであれば、男女で分ける必要があると思っていますが、今まで男性の中に交じってモータースポーツをさせていただいてきた中で、それがひとつの魅力でもあると感じているので、私は今の段階では一概にハッキリとしたことは言えません」
「ただ、KYOJOやF1アカデミーといったカテゴリーがあるからこそ、女性で一番を目指す子たちが増えてくると思います。こうやって女性と男性で分けてくれて、女性の中で一番を目指せる環境になったのは、私自身すごく嬉しく思っています」
女性限定のカテゴリーが生まれたことは、翁長のような男性と共に戦ってきたドライバーに「女性で一番になる」という新たなマイルストーンを提供しただけでなく、バートンや織戸のような最近までレース活動をしていなかった女性に「レーシングドライバーになる」という新たな選択肢を提供することに繋がった。これは業界にとって非常に重要なことだとバートンは言う。
「今、女性だけのシリーズが非常に重要だと思っているのは、これまで女性が『モータースポーツは参加するものだ』ということを知る機会がなかったからです」
「だから若い女の子たちはレーシングドライバーになろうとしなかったのです。しかし今はF1アカデミーやKYOJOのドライバーになることを彼女たちは夢見るようになりました。だからそういうシリーズがあれば女性の可能性はもっと広がると思います」
またバートンは、男性と女性の競技人口がイコールに近付けば、パフォーマンス面でも差は縮まるのではないかと述べた。
「多くの女性がドライバーを目指すようになれば、トップレベルに行く女性も増えるでしょう。今は男性よりも女性の方が少ないので、男性の方がトップに行く……でもそれがイコールになれば、大きな差はないと思うし、パフォーマンスの面でもそれほど差はなくなると思っています」
■女性レーサーの活躍で、新たな企業タイアップの形も見えてくる?
また、それに続けてバートンは興味深いコメントを残した。女性モータースポーツ界が盛り上がれば、女性向けのファッションや美容に関わる企業の参画も期待できるため、それも業界全体にとっては重要なことだろうと指摘したのだ。
「モータースポーツは、スポンサーが極めて重要な競技と言えます。ですから、女性向けのメイクアップブランドや洋服のブランドなど、より多くのブランドが注目するようになるという点も、モータースポーツ業界にとって本当に重要なことだと思います」
そう語ったバートン。これには美容学校出身で、車やレースに興味を持つ前から美容やファッションに関心があったという織戸も同意し、「女性ならではのネイルやメイクアップなどは、これまで(モータースポーツと)結び付いていなかった部分だと思いますが、女性ドライバーが活躍することで、そこに目を向けられるようになるのは素晴らしいことだと思います」とコメントした。
さらにそれに紐付けて翁長からは、より具体的な提言が飛び出した。曰く、モータースポーツを通して女性を助けるような商品の開発を進めることができれば、まさにwin-winな関係を築けるだろうと言うのだ。
「例えば(レースを通して)『汗をかいても絶対に取れないアイプチ(まぶたを二重にする化粧品)を作りましょう』とか、『ホルモンバランスを整えてくれるお薬を開発しましょう』とか、女性ドライバーのレベルを上げていくものと紐付けたメイクアップや体づくりなどの情報を、企業も選手も得られるといいですよね」と翁長は言う。
「今は選手個人が情報収集しないといけませんが、この(女性ドライバーの)活動が広がって企業と繋がることで、企業と一緒になってパフォーマンスを上げていけるのがベストだと思います」
女性ドライバーにとって、「女性であること」を利用されるというのは、当事者含めて様々な感じ方があるかもしれない。翁長も「そこの考えはかなり人ぞれぞれだと思う」としたが、その一方で「私は業界を盛り上げることでモータースポーツへ恩返しができるなら、新しい風もどんどん受け入れたい」と語る。
このように女性ならではの形で、これまで接点がなかったような企業を巻き込むという流れが生まれると、女性ドライバーにとって、そしてモータースポーツ業界にとって新たな扉を開くきっかけになるかもしれない。
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