ナッシュビルはテネシー州の州都で音楽の都。ミュージックシティの異名も持つ。そのダウンタウンで2021年インディカー・シリーズが初開催された。
街の東側30分ちょっとのところには、全長1.33マイルのナッシュビル・スーパースピードウェイがあり、コンクリート舗装でコーナー部のバンクが14度のコースでは2001年から2008年までインディカーのレースが行われていた。
24番手から追い上げを見せた琢磨。アクシデントで今季初リタイアに「今日は最後まで走りたかった」
しかし、南部ではストックカーへの支持の方が断然強く、インディカーのナッシュビルでのレースが満員のファンを前に華々しく行われることはとうとう一度もなかった。
捲土重来を期して、ストリートレースが企画された。インディカーシリーズのカレンダーに新ストリートイベントが加わるのは2011年のボルティモア以来になる。都市部でのレースイベントを立ち上げるのは本当に大変なのだ。
2016年にはマサチューセッツ州のボストンでストリートレースが開催されるはずだったが、カレンダーに組み入れられ、チケットも販売した後にコケて大変な騒ぎになった。
ボルティモアはポテンシャルの高いレースと見られていた。アメリカの首都ワシントンDCとペンシルベニア州フィラデルフィアという大都市が近く、集客が見込めたからだ。しかし、ボルティモアでのレースは3回開催しただけで終わった。新市長がレースへのサポートが打ち切ったからだった。
ナッシュビルも将来的にそうした目に遭う可能性はある。しかし、ボルティモアよりも地元の盛り上がり具合は初イベントから断然高いことが感じられた。“COVID-19など存在しない”ぐらいの人出で、おおいに盛り上がった。“音楽だけが目玉ではダメ”と考える地元の企業が、ストリートレースでナッシュビルの名を全米に再発信しようと協力している。
アメリカの南部では昔からストックカーが幅を利かせている。東西に細長く、面積も小さいテネシー州は、東の端っこにブリストル・モータースピードウェイという30度バンクの0.5マイルという大人気の名物ショートオーバルがあるからか、大都市といえばナッシュビルなのだが、最高峰カテゴリーのレースはもう長いこと開催されて来なかった。
2001年にナッシュビルスーパースピードウェイが完成したが、トラックやエクスフィニティという下位カテゴリーのレースしか呼べなかった。NASCARがゴーサインを出さなかったからだ。
それが一転、今年からその短いスーパースピードウェイでトップカテゴリーであるカップシリーズのレースが初めて行われることになった。ダウンタウンでのインディカーレースに対抗してのことだろう。インディカーの8月より先の6月にスケジュールするあたりも実にNASCARらしい。
シャーロットのオーバルとインフィールドを使った“ローバル”やウィスコンシン州ロードアメリカでのカップ戦初開催など、ロードレースへの進出に近頃ご執心のNASCARだが、あのマシンが最も輝くのは、やっぱりオーバルでのレース。重いマシンはブレーキングが苦しく、タイヤも細いのでコーナリングスピードが低い。
ロードコースでの走りは、のたうち回っているよう。そんな彼らはストリートでのレースをまだ開催したことがない。対するインディカーは、近頃ではテクノロジーがかなり制限されているものの、スチールボディに自然吸気5.8リッターV8エンジン搭載のストックカーより、カーボンシャシーに2.2リッターV6ツインターボエンジンを載せたインディカーの方がずっとイメージは先進的で、高層ビルが立ち並ぶ市街地に似合っている。
そのレースのタイトルスポンサーにはビッグマシンという、何年か前までテイラー・スウィフトと契約していたレコードレーベルがついて、レースの名前はビッグマシン・ミュージックシティグランプリとされた。
音楽とレースをコラボレートさせて、相乗効果でナッシュビルを売り出す戦略で、レースウィークエンドにはサーキット内でたくさんのミュージシャンたちがミニコンサートを行っていた。
ナッシュビルの街には、カンバーランドリバーという大きな川が蛇行しながら流れている。その南岸がダウンタウンで、レーシングコースは川の北岸のニッサンスタジアム周辺をメインにレイアウトされた。
広大な駐車場がパドックとピットで、その周りの道路をぐるりと一周し、橋を渡ってダウンタウン側にも行く。大きな川を渡るところが実にユニーク。しかも、その橋は往復とも長い直線で、インディカーのトップスピードは185mphにもなる。
大きな船が通れるように真ん中がかなり高くされている橋では、レースの最初のスタートがスタジアム側の下り部分で切られた。27台が綺麗に2列に並んで一気に加速しながら橋を下って来るシーンはとてもエキサイティングだった。
コーナーの数は11。多くが直角コーナーで、ピット付近にはタイトなシケインも設けられた。橋以外は低速のコースで、高速コーナーのひとつぐらいはレイアウトして欲しかった。オーバーテイクポイントは長い直線である橋の両端=ターン4とターン9だ。
橋の袂はどちらも道が曲がっていて、ターン4側はブレーキングゾーンが湾曲している。それでも、かなりの減速を強いられるタイトコーナーなので、ここでのブレーキングでのパスが初開催のレースでは最も多かったようだった。
ターン9は直角コーナーなのだけれど、そこへとアプローチする直線のコース幅がやたらと広いので、コーナリングスピードはコース内で一番高い。ハードブレーキングをする場所は直線なのだけれど、路面がスムーズなのはアウト側のみ。
コースの真ん中から内側はバンピーで、優勝間違いなしの速さだったコルトン・ハータ(アンドレッティ・オートスポート)がクラッシュしたのは、その部分を果敢に走ってライバルをオーバーテイクしようとトライしていたからだった。
ダウンタウン側のターン4~8には結構なアップダウンがある。しかし、コースは橋以外の部分がタイトに過ぎて、一度何かが起こると後続はスタック……という事態になる。
チーム・ペンスキーのウィル・パワーとシモン・パジェノーがリスタートで接触……というか、パワーがチームメイトにヒットし、パジェノーが外側の壁にクラッシュ。すぐ後ろのアウト側走っていたリナス・ヴィーケイ(エド・カーペンター・レーシング)が巻き込まれ、その後ろに佐藤琢磨(レイホール・レターマン・ラニガン・レーシング)が突っ込む……というアクシデントが発生した。
最終コーナーでクラッシュしたマシンを避けながらのペースカーランが非常に遅くなり、その最終コーナーの内側のピットロードを走ったドライバーたちが、タイヤ交換と給油作業を終えてもコース上に残っていた面々の前にピットアウト……なんていう椿事も起きた。
そんな初レースを制したのは、レース5周目のリスタート直前にセバスチャン・ブルデー(デイル・コイン・レーシング・ウィズ・ヴァッサー・サリヴァン)のリヤに突っ込み、彼を飛び越えるクラッシュを演じたマーカス・エリクソン(チップ・ガナッシ・レーシング)だった。
ペナルティも受けて最後尾まで下がったが、壊れたマシンを修理するために何度も行った序盤のピットストップで燃料を注ぎ足し、他のドライバーたちと異なるピットタイミングになったことが勝利に繋がった。
もちろん、スピードのあるマシンに仕上げていたこと、ダメージを受けたマシンでもコンスタントに速かったこと、さらには燃費セーブでも高い納涼を発揮したことで実現した勝利でもあった。
2回のプラクティスで最速ラップを記録し、予選でキャリア6個目のポールポジションを獲得したハータがナッシュビル最速ドライバーだったが、エリクソンを追う2番手走行中に自らのブレーキングミスでクラッシュした。フルシーズンは3年目、まだ21歳だというのに4勝を挙げていることが示す通り、彼にはスピードがある。しかし、勝てなかったレースでのパフォーマンスが低く、優勝以外で表彰台というレースがほとんどない。今回も彼はオールオアナッシングのレースをしてしまった。
ちょっとアクシデントが多過ぎたレースだった。しかし、ミュージックシティでのグランプリ第一回目は、猛暑の中でも大盛況だった。
タイトで直角コーナーばかりのレイアウトでもオーバーテイクは多く、順位の入れ替わりは激しかった。そんなレース展開も影響してか、ナッシュビルのダウンタウンでの初レースは、ケーブル局のNBCスポーツが2009年以来放映して来たインディカー・レースの中で最も高い視聴率をアメリカで記録している。その勢いで今後のインディカーカレンダーに定着していくのだろうか?
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