2021年7/23~9/5に開催された東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会。東京都中央区晴海に設置された「選手村」ではトヨタ自動車が提供した次世代モビリティ「e-Palette」が巡回運行し、選手や関係者の移動を担っていた。
このe-Paletteは(管理者としてスタッフが乗り込んでいるものの)原則として自動運転で運行しており、関係者やスタッフ、選手たちから好評を博していたものの、8/26に選手との接触事故が発生。トヨタ自動車の豊田章男社長が謝罪コメントを発表することになった。
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このe-Paletteの運行と事故は、自動運転技術の未来にどのような影響を及ぼすのか。自動運転技術に詳しい西村直人氏に伺った。
文/西村直人
写真/西村直人、トヨタ自動車
【画像ギャラリー】自動運転技術は今後どうなる⁉ 画像でチェック
■自動化レベル3以上の自動運転技術の教訓とは?
2021年8月26日(木)14:00頃、「オリンピック・パラリンピック選手村」内において、村内巡回モビリティである「e-Palette」(自動化レベル4相当の自動走行を行なう小型の電気バス)が、横断歩道を横断しようとした視覚障がいのある歩行者(選手)と接触する事故が発生した。
トヨタ自動車が提供した次世代モビリティ「e-Palette」(自動化レベル4相当の自動走行を行なう小型の電気バス)
怪我を負われた選手の全治は2週間との報道がなされたが、この先の選手生活に影響が出ないことを切に願っています。
トヨタは現時点で判明している事実を整理しプレスリリースとして発表しているので、状況をお知りになりたい読者はそちらを確認いただきたい。
トヨタプレスリリースはこちら
すでに事故の原因特定に向け警察が捜査を行なっており、当事者であるトヨタも、豊田章男社長みずから捜査には全面的に協力するという姿勢を示している。
そのことから、本稿では事故の解説は行なわない。いや、行えないとするのが正しい。情報はいずれも伝聞や筆者の推論に過ぎず、正確性に欠けるからだ。
それよりも、交通コメンテーターである西村直人の立場からして真っ先に行なうべきは、今回の事故を受け、この先、自動化レベル3以上の自動運転技術を利用する我々は何を教訓として捉えるべきなのか、この熟慮にあると考えた。
今回の事故を受け、自動化レベル3以上の自動運転技術を利用する我々は何を教訓として捉えるべきなのか
(本稿の執筆にあたり)編集部から、『自動運転バスの「事故」は自動運転の未来を閉ざしたのか開いたのか』というタイトルをいただいたが、筆者は決して「閉ざされた」とは思わない。
では逆に「開かれた」のかと尋ねられれば、被害者がおられる人身事故なので不謹慎だが、事故をきっかけに自動化レベル4の自動走行技術を混合交通下で活用する際の課題が明確になっていく。これはかけがえのない教訓だ。
さらに、議論の方向性が明確になり、これまで意識されなかった領域にまで開発の手が伸びるとすれば、事故から遠ざかる交通社会への一助になると筆者は考えている。
なぜなら、高度な自動化技術を備えた車両との事故は、人とクルマの協調がなければ防げない。発生が予見される事故の抑制には、道路利用者すべての想像力が不可欠だ。フランスの作家ジュール・ヴェルヌの言葉を借りれば、「人が想像できることは、必ず人が実現できる」そうだが、何事もやはり想像から始まっている。
■自動運転技術には自動化レベル(0~5の6段階)がある
ところで、自動運転技術には自動化レベル(0~5の6段階)があり、各レベルに応じた機能の定義や、責任の所在が明確化されている。ご存知の読者も多いと思う。自動化レベルは国連WP29のもと世界的に統一され、国や地域をまたいだ技術開発も盛んだ。
ただ、自動運転技術の解釈は難しい。日々、調査や取材を行なっている筆者であっても理解が追いつかないこともしばしば。とくにレベル3以上の法的に認められた「自動運転」領域に関しては情報の量が桁違いに多く、新たな解釈や定義も加わる。
レベル3以上の法的に認められた「自動運転」領域に関しては情報の量が桁違いに多く、新たな解釈や定義も加わる
さらに、自車周囲の交通環境によって、自動運転システムの制御が大きく変わってくるからややこしい。ここはレベル3を備えるHonda SENSING Eliteを装着した「レジェンド」からたくさん学んだ。
新しく、より高度な自動化技術が世に出ると、その素晴らしさや机上で語られた将来性に目を奪われてしまう。機械ものが大好きな筆者もその一人……。
しかし、それらには見落としやすい別の側面がある。高度な自動化技術には、
(1)物理的な機能限界があり、それは状況により変動すること。
(2)システム構築段階から定められた運行設計領域(ODD/Operational Design Domain)のもと成り立っていること。
この2点をしっかり把握することは、社会が自動運転技術をどれだけ受け入れているかを計る「社会的受容性」を高める上でも重要だ。
高度な自動化技術には物理的な機能限界などがあり、悪天候下では限界が早めに訪れるなど、現時点では危険が伴う
(1)と(2)は人やクルマの混合交通となる実際の交通環境ではなおのこと大切で、例えば悪天候下では(1)の機能限界が早めに訪れるし、システムの設計条件にない一般道路における60km/hでのレベル4走行(例/現時点のレベル4が20km/h以下)は、人の手による緊急回避が行える実証実験車を除き現時点では危険が伴う。
これは視界が遮られた状態での運転や、技量を伴わない高速走行が危険であると容易に想像できることと同じだ。
■レベル4相当の小型電気バスは自動運転技術の未来を切り拓いている
本稿のテーマでもあるレベル4相当で走行する小型の電気バスは、すでに自動運転技術の未来を切り拓いている。筆者がそう確信したのは今から5年前だ。
レベル4を実装する小型の電気バス「ARMA」
2016年7月初旬、交通コメンテーターを宣言し15年の歳月が過ぎたことを区切りに、北欧フィンランドと永世中立国であるスイスへ出向き、公共交通機関に対する単独取材を行なった。
スイスでの目的は、2016年6月23日にシオン城で有名な都市シオンでスタートした、レベル4を実装する小型の電気バス「ARMA」の営業運行車両に乗客として乗車するためだ。営業運行とは乗客から運賃を徴収する走行で、ARMAは世界初の営業運行車両と位置づけられた。
「ARMA」は乗客から運賃を徴収する走行で、世界初の営業運行車両と位置づけられた
今回乗車したARMAは一般的な公共交通機関におけるバスの運行スタイルと違い、複数の会社による協業で成り立つ。
車両の製造を受け持つ会社「NAVYA」社、運行を担当する会社「PostBus」社、そして運行管理システムを設計し運営する会社「BestMile」社の三位一体により安全な運行が担保されている。
今回乗車したARMAは複数の会社による協業で成り立っている
このうち、運行管理のシステム設計を行なったBestMile社の創設メンバーの一人であるアンヌ・メラーノ氏に話を伺った。BestMile社はローザンヌ連邦工科大学から発足した民間企業であり、今回のARMAでは運行管理システム「マネージングプラットフォーム」を担当している。
BestMile社の創設メンバーの一人であるアンヌ・メラーノ氏
ARMAが運行できるのは「歩行者エリア」と呼ばれる、歩行者と許可された車両のみが走行できるエリア内に限定されており、営業運行時の最高速度は20km/hに制限される。
場所や速度など制約が多いが、欧州における小型バスの役割は重要で年々需要も高まりつつあるため、これでもここ数年で規制は大きく緩和されたという。
背景にあるのは我が国と同じく、欧州における人口の高齢化問題であり、さらには公共交通機関における労働力不足に悩まされている現状を打破する意味でも、世界中からこのプロジェクト(ARMAの営業運行)は注目されていた。
欧州における人口の高齢化問題と公共交通機関における労働力不足に悩まされている現状により、世界中からARMAの営業運行は注目されていた
営業運転を行なうARMAでは、過去にローザンヌ連邦工科大学の構内路で行なっていた自律自動運転型シャトルバスの実証実験で得られたデータが非常に役に立っており、「それが今日における我々のノウハウであり財産」であるとアンヌ氏は語る。
続けて氏は、「構内路なので学生の飛び出しや急な道路横断者が多く、安全に走らせるだけでも難易度が高かったのですが、そもそも自動運転車両はどんな場面でも人や他車を認識し、必ず止まってくれる、そして進路を譲ってくれるものだ、そういった認識が学生だけでなく教師の間でも高かったことに驚きました」。
■人の協力がなければ自動運転は普及しない
自動運転技術が人に移動の自由をもたらすように、人が自動運転技術に対して歩み寄る姿勢も必要だ。
わかりやすくクルマの前に飛び出さない、右左右と安全を確認してから道路を横断するといった、これまでの自動車社会で守るべきルールとされてきたことを、自動化レベル4を備えるクルマに対しても当てはめるべきだと考える。
なぜなら物理的に止まれない状況(例/20km/hで走行時、衝突予測時間0.3秒(自車前方約1.7m))以下で歩行者が飛び出す状況)で発生した人身事故の原因が、自動運転のシステム側にあると誤認定されてしまえば、それこそ自動運転どころか、安全な交通環境の実現すら不可能だからだ。
それに、十分な検証なしにシステム側への責任転嫁が続けば、開発を請け負う技術者の足だって遠のく。大切なことは、データに基づく正しい事故の検証とその分析、そして人の交通安全に対する啓発活動を重ね合わせて継続することにある。
現地シオンで乗車したARMAは、乗車定員11名の小さなシャトルバスだ。ただし、画像で確認できる通り全高は高く2m以上あり、そばに立つとそれなりに威圧感がある。
全高は高く2m以上あり、そばに立つとそれなりに威圧感がある
これは歩行者エリアを走行するため、ボディの全長と全幅を小さくしなければならないという制約と、車内における乗客の快適な移動という相克への対策だ。
車内は15名以上乗れる広さがあるものの、乗車定員は11名でシートも11名分のみ。一般的な公共交通機関の路線バスにある立ち席(立ったまま乗車する席)は設定がない。
これは運行時の最高速速度が20km/hに制限されているとはいえ、緊急時には瞬間的な強いブレーキ(最大減速度にして0.7前後)が掛かるため、立ち席の乗客は立っていられないからだと説明を受けた。
乗車定員は11名でシートも11名分のみ。立ち席は設定がない
実際、減速度が0.2を超えると手すりなどにつかまっていないと転びそうになるため、たとえば日本の路線バスではその値を超えないよう周囲の交通環境に合わせた予測運転を、大型第二種免許を取得したプロドライバーが行なっている。
ARMAの運行ルートはシオン市街地のうち歩行者エリアが設けられた範囲で、狭い裏道を中心に約1回15分ほど乗車する。またとない機会なので筆者は5回連続で乗車した。車内には緊急時に回避動作を行なう手動運転者として対応訓練を受けたスタッフが1名乗り込んでいる。
筆者の乗車日は営業運行開始からちょうど2週間が経過した日であったため、歩行者エリアを歩く街の人々なかにはARMAの特性(例/人の近くに寄ってから急ブレーキをかけるなど)を掴んでいる方もいた。自身のパーソナルエリアにARMAが接近してくることを察知すると、歩行者自らが進路をかえてARMAに道を譲っていたのだ。
自動運転車両に対する先入観がないのが良いのか、誰に教わったわけでもなく、自動運転車両かどうかは問わずに、前から小型バスが来たから少し避けて進路を空ける。これこそ人とクルマの道路シェアにおける協調運転だと感心しきり。
歩行者エリアにはお店が多く、道路にはみ出した路上看板が散見された。また、オープンカフェでは周囲の視線を遮るために設けられた植木の枝や葉が風にあおられ、道路側へと大きくなびくシーンも確認できた。
これらはすべてARMA、正確にはARMAが搭載する主センターであるレーザースキャナーや複眼光学式カメラにとっては脅威になる。なぜならそれは、障害物として認識され、その都度、ARMAは停止して安全を確認してから再発進する。
道路にはみ出した路上看板や植木などはすべてARMA、正確にはARMAが搭載する主センターであるレーザースキャナーや複眼光学式カメラにとっては脅威になる
進路が極端に狭められていると、ARMAは停止したまま同乗スタッフへ回避手動運転を求める。するとARMAからの回避要求を受けた同乗スタッフは、家庭用ゲーム機でお馴染みのジョイスティックコントローラーを操作して看板や植木を回避するのだ。
下車後、「上手いもんですね!」と同乗スタッフに話しかけると、「看板や植木は毎日置き場所が変わるので、それらを私たちの手でどかさなければ走行できない状況も多々あります。人(我々同乗スタッフ)の協力がなければ自動運転は普及しないと思います」と冷静な顔で釘を刺した。
なんのことはない、真の意味での混合交通下、しかもそれが歩行者エリアともなれば、最新の自動化レベル4相当を実装するARMAでも「レベル0」まで瞬間的にさかのぼり、人の手による手動運転によって危険な状態から遠ざかるのだ。
レベル4の自動化定義(システムが全ての動的運転タスク及び作動継続が困難な場合への応答を限定領域において実行/自動運転者の安全技術ガイドライン原文まま)と異なるが、これが現実。だからこそ、社会的受容性を向上させる必要がある。
現在、日本におけるレベル4の実証実験では、こうした手動運転をシステムが求める場合に遠隔地にいるスタッフが仮想ドライバーとなって回避運転を行なっているが、植木や看板の例を考えると、やはり当面は同乗スタッフのサポートを受けるほうが現実的のように感じる。
■2015年から高度な自動運転技術が世界で注目され始めた
冒頭のe-Paletteによる事故では、視覚に障がいをもった方が被害に遭われた。事故当時、被害者は「安全つえ」と呼ばれる白杖を手にされていたと推察されるが、視覚に障がいをもたれた方にとって自ら移動することは危険が伴う。
筆者は2018年に盲学校の生徒さんたちと自動運転技術について議論する場を得ていた。そこで聴かれた、「クルマが急接近してくると怖いと感じるし、一人で道路を歩くのはむずかしいです」という言葉が未だに残っている。
自律型自動運転リサーチカーであり、自動化レベル4相当の自動走行を行なう「F 015 Luxury in Motion」を発表
2015年、メルセデス・ベンツは自律型自動運転リサーチカーであり、自動化レベル4相当の自動走行を行なう「F 015 Luxury in Motion」を発表した。
F015は自車の前方に道路を横断しようとしている歩行者を発見すると停止して、フロントグリル内からグリーンレーザー光線を路面に照射して疑似的な横断歩道をつくりだし、さらに「Please go ahead!(お進みください!)」と歩行者に向けて会話(正確には発話のみを)行なう。
この時、ボディ後部の赤色LED部には「STOP」と表示し、後続車に対しても意思表示を行ない自車と横断歩行者の安全を確保する。
自車の前方に道路を横断しようとしている歩行者を発見すると停止。この時、後続車に対してボディ後部の赤色LED部には「STOP」と表示する。
思えば2015年を皮切りに、レベル4以上の高度な自動運転技術が世界で注目され始めた。しかし、こうした人とコミュニケーションを行ないつつ、自らの安全な進路確保とともに、歩行者や他車との融合を図るという車両はメルセデス・ベンツのF015以降、目にする機会が非常に少ない。
2019年のIAAでは、積水化学工業がフロントガラスに詳細な文字を反射させる特殊なガラス素材を発表。会場の車両モックアップには画像にあるように「Please go ahead」の文字がくっきり浮かび上がっていた。
2019年のIAAでは、旭化成がフロントガラスに詳細な文字を反射させる特殊なガラス素材を発表。「Please go ahead!」の文字がくっきり浮かび上がっていた
現場スタッフは「聴覚に障がいをもたれる方でも自動運転車両とコミュニケーションが図れるようにした」と開発目的を説明する。すばらしいなと感じたのは、歩行者から見てちょうどドライバーの顔位置と重なる場所に文字を外向けに反射させていたこと。ルールも教科書もない領域での発案は、まさしく想像力のなせる技だ。
現在、日本や欧州、北米での自動運転技術開発は競争領域で盛んだ。同時に実装に向けた法整備も進むが、メルセデス・ベンツや積水化学工業で紹介したような、人と自動運転車両とのコミュニケーション手段については歩みが遅い。しかし、止まってはいないようだ。
■「安全は人とクルマでつくるもの」
自動化レベル4相当の自動走行を行なう「F 015 Luxury in Motion」
学生の頃にまとめたスクラップ(1990年4月の東京新聞)に興味深い記事が残っていた。
「将来、白杖に小型通信機器が埋め込まれ、周辺を走るクルマなどにその情報が発信され、視覚障がい者の存在を知らせドライバーに注意喚起を行ないます。
また、歩道からはずれそうになると音や振動でそれらを知らせてくれたり、横断歩道での押しボタン式信号機に近づいた場合は、自動的にボタンが押された状態になったりします。このように技術は人に寄り添い進化していくのです」。
小型通信機はさしずめBluetooth LEにあたる。1990年といえばインターネットなど情報共有ツールが一般的ではなかった時代だが、それだけに道路利用者の想像力が旺盛だったのか……。2019年には、通信機器を内蔵した白杖「WeWALK Smart cane」が開発され、サイトでは$599で販売されている。
「安全は人とクルマでつくるもの」。これは1970年代後半に日産自動車のCMで使われていた安全標語だ。
1970年の交通事故死者数は過去最多の16,765人を記録。これを受け事故減少に向けた安全技術の開発が本格化する。1970年代後半は、急速に普及してきたLSIなどの集積回路が一般化し、クルマには次々に新しい安全技術が実装される。と同時に、ドライバーには「機械に任せれば安心で安全だ」という風潮も見られた。
日産の標語は、安全技術に対する誤った理解を正した。それから40年以上の時を経たが、この標語はまるで今を生きる我々に向けたメッセージのようで感慨深い。
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