伝説的マシンデザイナーであるエイドリアン・ニューウェイのアストンマーティン加入が、発表間近だと言われている。アストンマーティンにとっても、まさに大変革の瞬間を迎えることになる。
F1において、“ミダスの手”(触れたものを全て黄金に変える力)を持っている人間がいるとすれば、それはニューウェイだろう。彼はウイリアムズ、マクラーレン、そしてレッドブルという3つのチームで黄金時代を築いた経験を持つ。彼の手がけたマシンは総計でコンストラクターズタイトル12回、ドライバーズタイトル13回を獲得。その実力と影響力を如実に表す数字だ。
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しかし当然、F1での成功は一個人の力だけで成し遂げられるわけでもない。たとえ並外れた天才がひとりチームにいたとしても、その周囲に適切な人材とインフラが揃っていなければいけない。ニューウェイのような天才でも、チームの最新技術と最新設備にアクセスできて、自分のアイデアを具現化してくれるスタッフが周りにいるという状況が必要なのだ。
ニューウェイ自身も、そういった点の重要性をよく理解しているのだろう。そう考えると、スペインGPの前にアストンマーティンのファクトリーを極秘に訪問したのも説明がつく。彼はチームのポテンシャルをその目で確かめたかったのだ。
一方でアストンマーティンは今季、やや苦しい戦いを強いられている。フェルナンド・アロンソがコンスタントに表彰台に乗っていた昨年のような力はなく、今や中団チームの一角といった状態だ。そんな彼らは、ニューウェイが成功するために必要な環境を提供できるのだろうか?
ニューウェイは、勝てるマシンを自分ひとりで設計・製造できるなどという主張をすることは決してないだろう。当然、ナットやボルトのひとつひとつまで彼が設計しているというわけでもない。彼の強みはチームの頭脳として集団をまとめ上げ、大局的な視点からマシンの全体的なビジョンを描くことにある。そして周囲のスタッフが、それらの各要素を具現化していくのだ。
レッドブルのテクニカルディレクターのピエール・ワシェは、ニューウェイのインプットについて次のように語っている。
「彼は日常的なプロセスに関与しているわけではない。彼はむしろ外側から、メカニカルデザイン、空力、車両ダイナミクスなど、チームのさまざまな側面で我々を助けたり、課題を与えたりしてくれるのだ」
ニューウェイがそのような役割で成功するためには、彼のビジョンを具現化できる強力なチームが必要であり、同時に彼を信頼してその意向を遂行できる人材が必要だ。レッドブルではそういったものが揃っていたが、アストンマーティンもまた、それを実現させるための人材を配置しているようだ。
アストンマーティンのテクニカルディレクターであるダン・ファロウズは、レッドブル時代に共に成功を収めたひとり。その他、エンジニアリングディレクターのルカ・フルバット、新加入のエンリコ・カルディレ、エグゼクティブディレクターのボブ・ベル、さらに新CEOのアンディ・コーウェル……レースで成功を収めた経験がある才能あるスタッフが豊富に揃っている。
こういった複雑なチーム構造の中にニューウェイを溶け込ませるのは簡単ではないのではないかという指摘もあるが、アストンマーティンは異なる見方をしている。マイク・クラック代表は次のように語った。
「近年のF1は非常に広範かつ多様化しているため、(ニューウェイの加入に伴って)大きな変更を行なう必要はないと思っている」
「過去には7人のテクニカルディレクターを雇っているチームもあったし、我々はそこまでではない。そういった(ニューウェイのような)人材がいる場合、我々の構造に溶け込ませて最大限の力を引き出すべく努力を惜しんではいけない」
ニューウェイが来年の春からアストンマーティンで仕事を始めるとなれば、タイミングという意味でもこれ以上ないものだと言える。
アストンマーティンは、ジョーダン時代から使用していたファクトリーから、最新鋭のファクトリーに移転したばかり。移転の初期には確かに混乱も生じていたがそれは過去の話であり、今は既に引っ越しが落ち着いたタイミングとでも言うべきか。
さらに重要なのは、ニューウェイが加入する頃にはアストンマーティンの風洞が完全に稼働を始めているということだ。
エンジニアリングディレクターのフルバットは最近、新風洞が既に使用可能な状態であるものの、正確に動作することを確認するために数ヵ月の試運転が必要だと説明していた。
「いわゆる試運転の期間を設ける必要がある。それにより、モデルにあたる気流が我々の求めるものであるかどうかを確かめるのだ」とフルバットは言う。
「それにはおそらく2、3ヵ月かかるだろう。これは2025年1月から開発が可能になる2026年マシンのことを考えると理想的なタイミングだと思う」
ニューウェイ加入のタイミングが絶妙である理由は他にもある。それは現時点でのチームにはまだ決まっていないことも多く、進化の余地を大いに残しているという点だ。
アストンマーティンはまさに発展途上のチーム。既に様々なものが確立されてしまっているレッドブル、メルセデス、フェラーリなどとは異なるサイクルにあるのだ。フルバットはこう説明する。
「我々がチームとして、マシンを開発しながら施設の開発もしているという事実を過小評価してはいけない」
「予算制限がある中で、例えば1000人を雇う余裕があるとしよう。メルセデス、フェラーリ、レッドブル、もしくはマクラーレンなどのチームであれば、既に確立された施設があるので、(やることは)マシンを風洞にかけたりするくらいだ。しかし我々は施設の開発も開発も並行してやっているので、エンジニアの一部を最新鋭の風洞を整備する要員として割いている」
「だから1000人のうち、800人がマシンの開発に取り組んで200人が施設の開発に取り組んでいるとしたら、今後は良くなっていく一方だろう。(ファクトリーの)第2ビルと第3ビルが完成し、ツールも利用可能となっている。2025年にもポジティブなリザルトを残せることを期待しているが、最大限の効果は2026年にあらわれるだろう」
スタッフやツールといった上記の要素が組み合わさることで、ニューウェイも来春には成功のために何が必要なのかを確認することができるだろう。こういった要素はアロンソが、アストンマーティンはたとえ成功に時間がかかろうとも適切な場所だと確信している理由でもある。
「僕たちにはいくつかのアイデアと、正しいことをやってきたという証拠があると思う。これは当初は理解できていなかったものだ」
アロンソはそう語る。
「チームには才能があるという点には自信があるし、モチベーションも高く、今や新しいファクトリーもある。そして新加入の人たちもいる」
「残念なことに、F1では一夜で物事を変えることはできない。競争力のあるポジションにつけるために努力を惜しまないつもりだ」
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