2008年9月、2代目TTシリーズにTTとして初めてのSモデル「TTSクーぺ」が登場した。TTシリーズには「3.2クワトロ」があったが、シリーズのトップグレードとなるTTSクーぺはあえて2.0TFSIエンジンを搭載していた。アウディが考える特別なスポーティモデルとはどういうものだったのか。Motor Magazine誌では上陸間もないTTSクーぺを早速テスト、Sモデルの魅力に迫っている。今回はその時の模様を振り返ってみよう。(以下の試乗記は、Motor Magazine 2008年11月号より)
品質感からくる洗練度がライバルをリードするTTS
アウディTTSとの初対面は今年の春。ミュンヘン空港の敷地内にあるアウディフォーラムだった。ここからアウディ本社があるインゴルシュタットに向けて試乗するクルマたちが出迎えてくれたのだ。TTクーペ、TTロードスターに混じって、TTSクーペとTTSロードスターが並んでいたが、なぜかTTSがキラリと光るように輝いて見えたのを覚えている。
●【くるま問答】ガソリンの給油口は、なぜクルマによって右だったり左だったりするのか
もちろんTTSもTTというモデルの派生車種だからシルエットは同じなのだが、ディテールを見ると多くのパーツがTTとは異なり、スポーツ度を高める演出がなされ、見た目の品質感も高かった。
たとえばヘッドライトユニットはノーマルのTTとは別物で、TTSはLEDのポジショニングライトが付くタイプになる。バンパー左右の空気取り入れ口が左右独立だったものが、シングルフレームグリルの下でつながるデザインになり、その下端は左右に広がるリップスポイラーの役目をしそうだ。
テールパイプも4本になり後姿は迫力が増している。よく見るとドア下のサイドシルも変わり、レーシングカーのような横に広がる形状になっている。ドアミラーはボディ同色からTTSはボディ色にかかわらずシルバーになった。グリルの中のSの字が赤いTTSのバッジを見るまでもなく、TTとは別のクルマだということをあちこちでアピールしている。
日本に上陸したTTSと対面したときにも、やはりスポーツ度と品質感の高さから洗練されたクルマという印象を持った。単なるスポーツカーではないのだ。ボディのペイントは滑らかで美しく、インテリアも細かいところまできれいに仕上げてある。ここはTTSがライバルたちを確実に一歩リードしているところだ。
日本で試乗したTTSのシートは、野球のグローブと同じようなデザインとなっている。太めの皮紐でエッジ部分を編んであるのがおもしろかった。この編んである部分がセミバケットシートの土手にあたるところで、この土手によってコーナリング時のホールド感が確保される。
シートは大きめで、フィット感が良く座り心地がいい。バックレストは胴が長いボクの肩の位置を楽に上回る高さがあり、背中全体で押さえてくれるので長距離ドライブでも疲れが少ない。乗り降りのしやすさと横Gに耐えられる能力のバランスが良いと思った。
ドイツでの試乗の際には、もっと本格的なレーシングシートに近いバケットシートをオプションで装着したTTSもあった。シートは薄くなり大きく包み込む形状になっていて、フルハーネスのシートベルトが通るように肩のところは左右に穴が開いている。サーキット走行を主体にTTSを買うなら、このバケットシートはいい選択だ。
ドイツのアウトバーンで乗ったときも速いと感じたが、走り慣れた日本の道でも速いと感じるのは当然だろう。エンジンはシリンダーブロック、シリンダーヘッドを補強してまでタービン径を大きくしてトルクアップ、パワーアップを図り、TTの最強モデルに仕立て上げている。TTSのSは単なるスポーツバージョンという意味でなく、アウディのSモデルの一員だという証明になっている。
TTSを日本の道で乗ったとき、ドイツで乗ったときより低回転域でのアクセルペダルのつきがよく、乗りやすいと感じた。そういえばドイツで乗ったTTSは、2.0TFSIの280Nm/1800-5000rpmに対して350Nm/2500-5000rpmというカタログデータを証明するかのように、3000rpmに近づいたところからモリモリとターボのブースト圧が上昇するような雰囲気があった。ターボラグという大げさな遅れではないが、あとから引っ張られるような加速感だった。それが日本で乗ったTTSはほとんど感じられなかった。
TTSがドイツでの印象と異なったその理由
その理由をふたつ考えついた。ひとつは短い時間にエンジンの熟成が進んで、日本仕様は新しいコンピュータプログラムが組み込まれたのではないかということ。でも4カ月しかたっていないから、これは難しいかもしれない。
もうひとつはガソリンの違いだ。日本のハイオクガソリンのオクタン価は、どこのサービスステーションでも100を入れられる。しかしドイツではスーパープラスという一番オクタン価が高いガソリンでも98だ。最近100も増えてきたが、ドイツではまだ98が標準的である。TTSの指定ガソリンは、オクタン価が95(スーパー)または98(スーパープラス)だ。つまり一番低い91(ベンゼン)でなければ走れるエンジンなのだ。
日本ではハイオクガソリンを入れればオクタン価が100となり、ノッキングしにくいから低い回転数からターボのブースト圧を上げることができ、充填効率が上がりトルクを引き出すことができているのかもしれないと考えたのだ。
さらにこのエンジンは直噴だから、充填効率が上がった分だけダイレクトに、そしてリアルタイムで燃料噴射量をコントロールすることができるから、最適な燃焼状態を作ることができるというメリットもあるだろう。
もしそうだとしたらターボチャージャー+直噴という組み合わせの、さらなる奥の深さをみせられたという感じだ。アウディの「技術による先進」は、TTSでより深く感じられる。
カタログデータでは2500-5000rpmが最大トルクの発生回転数になっているから、2500rpmに達しないとトルクが弱いように予想する人もいるが、TTSのエンジンの性能曲線を見ていると2000rpmでも2.0TFSIの最大トルクである280Nmは発揮され、6000rpmオーバーまで280Nmはキープされる。だから実際に力強く走れる範囲は2000-6000rpmなのだ。
日本ではこの性能曲線通りに、低いエンジン回転数でも太いトルクを感じることができるのだろう。思い切りアクセルペダルを踏み込んで急加速したときにもホイールスピンせずにエンジンの力がそのまま加速力になるのはフルタイム4WDだからだ。TTSにクワトロの名前はつかないが、ハルデックスタイプの電子制御4WDなのだ。
TTSをドライブするとき、このエンジンは大きな魅力だし、アドバンテージになる。クランクシャフトが短い4気筒は良好なアクセルレスポンスを得られ、エンジンそのものの軽量化もできている。そしてアクセルペダルを深く踏み込むほどシートバックに押し付けられる長い加速を味わえるからだ。
単にパワーがあるということではなく、TTSのエンジンはアクセルペダルに従順だから品がいい。スポーツカーに大切な、ドライバーがコントロールできるトルクとパワーを持っているといえよう。
アウディは、フォルクスワーゲンとは別のエンジンをちゃんと仕立て、自分のブランドを築き上げようとしている気がする。Sモデルの名に恥じない洗練されたフィールを感じさせてくれる優れたエンジンだ。
同じことがサスペンションにも言える。TTSに標準装備されるアウディマグネティックライドの出来がいい。ノーマルモードで乗っているときには、ボディの揺れが大きくならない程度に軽く締まった感じの乗り心地で、路面の凹凸やアンジュレーションを吸収してくれる。そしてハイスピードになり大きなGを感じるようになると自動的に減衰力を高めて、ハンドリング性能が落ちないようにしてくれる。
だから一般道を飛ばす程度ならノーマルモードで十分対応できている。天気の良い日に箱根のワインディングロードを気持ちよく駆け抜けたが、大きくなりすぎないロール角やロール速度を守り、ピッチングもよく抑えられ、乗り心地とハンドリング性能は絶妙なバランスだった。
ノーマルモードで満足しつつも、セレクトレバーの左下にあるダンパーマークの付いたスイッチを押すと、初めから減衰力が硬めになるスポーツモードに瞬時に切り替わるのを試したくなる。走行中に切り替えるとステアリングフィールの変化とシートから伝わる振動の変化で体感できる。ハンドルを切る前からよりダイレクトな感触が掌に伝わってきている。そして実際に微小舵でのクイック感が増す。減衰力が高められロールが押さえられているから、バンプステアが働かずハンドル角とタイヤの向きがダイレクトになるからだろう。
特に直進状態から握り拳ひとつ分までのクイック感が増すから、走りの印象はまるで異なる。ワインディングロードでは軽快感が増し、TTSはよりスポーティになる。それでも乗り心地が大きくスポイルされていないところがアウディマグネティックライドの素晴らしさだろう。
日産GT-RやレクサスIS Fのように、走りに徹すると乗り心地が犠牲になってしまうのではなく、乗り心地とハンドリングの両方を引き上げるようにセッティングができている。
その秘訣はサスペンションのフリクションの小ささだろう。ボディに対して上下に動くサスペンションがまずしなやかに動くことができなければ、路面の凹凸やアンジュレーションを吸収できずに揺れや振動が多くなる。そしてしなやかに動くことは、ハイスピードになったときにも路面の凹凸やアンジュレーションに追従して動くことができるからロードホールディングも良くなるという簡単な理屈である。TTSをドライブしていると、サスペンションがしなやかに動くことを感じることができるのだ。
このしなやかに動くサスペンションがあるからアウディマグネティックライドも生きると言えよう。
ASF(アウディスペースフレーム)も進化している。アルミニウムとスチールを組み合わせた軽量化により、TTSを1500kgを切る重量で仕上げている。
フォルクスワーゲンとは違った道を歩むアウディ
フォルクスワーゲンも陰日向なくコストを惜しまず良いクルマにしようとしているが、アウディはそれを上回る技術の投入とコストの掛け方をしていると思う。そして、アウディの方がアイデンティティを強くすることを意識しているようにも見える。
そのひとつがヘッドライトだ。最近のアウディモデルはLEDを多く採用して新しいライトの見せ方をしているが、TTSではヘッドライトの中にLEDのポジショニングライトを横一直線に組み込んだ。
しかし日本仕様で惜しいのは、DRL(デイタイムランニングライト)モードにならないことだ。ドイツで乗ったときにはライトスイッチを左にひねりオートを選ぶと、明るいときにはLEDのポジショニングライトが点灯し、夜になるとかトンネルに入って周囲が暗くなると自動的にヘッドライトが点灯してくれる。しかし日本仕様では、明るいときにはこのLEDも消えてしまうのだ。恐らくこれは日本の国土交通省のホモロゲーションのときに、何らかの規制に引っ掛かってしまうためだろう。
TTSはエンジンの魅力、サスペンションの魅力、アイデンティティの心地よい主張が魅力のスポーツカーだ。フォルクスワーゲンと違ってとんがった所を目指して作られたと思われるが、その洗練された技術によってとんがったところが乗り味に悪影響を与えていないところが凄いと思った。だから普段にも乗れて、週末は郊外でスポーツドライビングを愉しめるのだ。(文:こもだきよし/写真:永元秀和)
アウディ TTSクーペ 主要諸元
●全長×全幅×全高:4200×1840×1380mm
●ホイールベース:2465mm
●車両重量:1470kg
●エンジン:直4DOHCターボ
●排気量:1984cc
●最高出力:200kW(272ps)/6000rpm
●最大トルク:350Nm/2500-5000rpm
●トランスミッション:6速DCT
●駆動方式:4WD
●燃料・タンク容量:プレミアム・60L
●10・15モード燃費:10.8km/L
●タイヤサイズ:245/40R18
●車両価格(税込):675万円(2008年当時)
[ アルバム : アウディ TTSクーペ はオリジナルサイトでご覧ください ]
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みんなのコメント
だけど、このTTは凄く好き