「マイ・ナンバーワン・ポルシェは?」と、訊ねられて「素の911かケイマン、ギアボックスはマニュアル!」と、即答していたのは、数年前までの私。
「では、いまは?」と、問われたら「やっぱり911 GT3かな?」と、アタマのひとつも掻きながら答えそうな気がする。
メンテナンス費用に泣いた964型911 カレラ4 ── ベスト・ポルシェはコレだ! 第1回 河村康彦編
なぜ、私の答えは極端に変化したのか? それを説明しようとすると、この数年間に私自身に起きた変化と、「スポーツカーの銀河系」ともたとえられるポルシェの多様性について説明しないわけにはいかなくなる。
先に、自分のことを話そう。
ほんの10年前まで、スーパースポーツカーの能力を引き出すような走りなど私にはできなかった。たまに路上を走らせても、“おっかなビックリ”で、タイヤの限界に迫るなんて到底できなかった。
それがこの10年間で、さまざまなスーパースポーツカーに、さまざまな場所で試乗する機会を得て、まがりなりにも限界に近い世界を体験できるようになった。
正直、プロのレーシングドライバーに比べれば、私のスキルなど赤子も同然である。それでも、限られた環境下であれば、いくつかの方法でタイヤを滑らせたりカウンターステアを当てられたりするようになった。これが、数年前の私といまの私との、決定的な違いである。
いっぽうのポルシェを「スポーツカーの銀河系」と、私はたとえた。マカンやカイエンなどSUVまであるポルシェの現行ラインナップで、スポーツカーといえば、やはり911、718ケイマン、718ボクスターの3モデルにトドメを刺す。
しかし、ひとくちに911といっても、その世界観は恐ろしく幅広い。たとえばフェラーリ 488もしくはランボルギーニ ウラカンと聞けば、その走りの方向性からオーナーのライフスタイルまでなんとなく想像出来るが、911の場合、あまりに漠然としすぎていて、具体的なものがなにも見えてこない。なぜなら、同じ911でも911カレラと911 GT3では世界観が大きく異なるからだ。
たとえば、もっともベーシックな911 カレラは、エンジンの性能が相対的に低い分、足まわりもソフト。このためタイヤの限界に到達するはるか手前から、前後左右にかかるGの大きさがローリングやピッチングなどボディの動きによって把握出来る。このとき、前後左右のGとボディの動きが驚くほど正比例の関係になっているのがポルシェ最大の美点でもある。だから、ドライバーは「自分がいま、限界の何割くらいで走っているか?」を、厳密に把握しながら911を操れる。
これに対し、911 GT3は、911 カレラよりもはるかに足まわりを硬めているので、ちょっとしたコーナリングではほとんどロールしない。そこからさらに攻めていけば明確なロールを看取出来るようになるけれど、そのときはコーナリング限界の4割とか6割くらいに近づいていると思ったほうがいい。
しかも911 GT3であれば、タイヤが滑り始める直前の感触も漏れなくドライバーに伝達される。さらに言えば、実際にタイヤが滑り始めてからもさまざまなインフォメーションが届けられるので、ドライバーに余裕とスキルがあれば対処の仕方はいくつも見つかるはず。
つまり、911 カレラがタイヤの滑り始める限界の“はるか手前の状況”を、ボディの動きで伝える対し、911 GT3はタイヤが滑り始める“前後の状況”を、ステアリングインフォメーションなどで知らせるのが得意なスポーツカーである。
しかも911 GT3であれば、ドライバーの操作を、間髪入れずにクルマの動きへ変換する。さらにいえば、反応が素早いのはドライバーからクルマへの一方通行だけでなく、クルマからドライバーに情報を流すスピードも舌を巻くほど速い。つまり、ドライバーとクルマが高速通信網で接続されているようなもので、このためドライバーはいつでも的確なタイミングで、的確な操作をおこなえる。
「そんな素早い反射神経を、ボクは持ち合わせていない」と、アナタは言うかもしれないが、人間の頭脳や神経はよくできたもので、きちんとした訓練さえ受ければかなり速い刺激に対しても的確に反応出来るようになるはずだ。不惑の歳を大きく越えてから、本格的に“スーパースポーツカー”と向き合うようになった私がいうのだから、これは信じていただいてもいいだろう。
なお911カレラも、クルマとドライバーの感覚が深く交わり合うという意味では、911 GT3と目指すところは同じである。ただ、その手法や速度域にいくぶんかの違いがあるだけだ。そしてクルマとの深い一体感を味わうのがスポーツカーの醍醐味だとすれば、ポルシェほどこのテーマに長い期間、真剣に取り組んできたスポーツカーメーカーはほかにないといっても過言ではない。
やはりポルシェは「スポーツカーの銀河系」であり、その中心でさんぜんと輝いているのが911であり、かつ911 GT3かもしれないと思うのであった。
<著者プロフィール>
大谷 達也(おおたに たつや):1961年生まれ。大学卒業後、電機メーカーの研究所にエンジニアとして勤務。1990年、(株)二玄社に入社し、『CAR GRAPHIC編集部』に配属される。2002年、副編集長に就任。2010年よりフリーランスのライターとして活動を開始した。
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