8月第1週の週末に開催されたWRC(世界ラリー選手権)第9戦のラリー・フィンランドは、2017年からWRCへの参戦を開始したTOYOTA GAZOO Racing WRT (World Rally Team) にとって、非常に重要なイベントとなった。そのひとつ目の理由が、参戦初年度から続く連勝記録を3年連続へと伸ばすチャンスであること。そしてもうひとつが、ここフィンランドのユバスキュラこそがチームの本拠地であることだ。
ラリーはデイ2で、トヨタ・ヤリスWRCを駆る地元フィンランド出身のヤリ-マティ・ラトバラ選手が首位に。続くデイ3にはアクシデントで後退するも、代わって同じくトヨタのオイット・タナック選手が首位に立ち、デイ4も逃げ切って見事、優勝を飾った。ラトバラ選手も3位に入り、1-3フィニッシュで地元を制した。
2位に入ったのはシトロエンC3 WRCを駆るエサペッカ・ラッピ選手。ラッピ選手も昨年までトヨタに所属していたということもあり、激励に駆けつけていたトヨタ自動車GAZOO Racing Companyの友山茂樹プレジデントも彼らに招き入れられ、ともにシャンパンファイトに参加することとなったのだった。
現在、WRCにはトヨタのほかにヒュンダイ、シトロエン、そしてフォードの支援を受けるMスポーツの計4メイクスが参戦している。いずれも、いわゆるプレミアムブランドではないが、それだけにWRCはF1やWEC(世界耐久選手権)のようなレースに較べて、ヨーロッパを中心に広く一般的な人気を獲得しているモータースポーツと言われる。
WRカーは、ベース車として年間2万5千台以上が生産されるBセグメントカーを使うことが定められている。エンジンは1.6ℓターボで最高出力は380ps以上。駆動方式は4WDである。実際、今回の戦いの舞台となったユバスキュラのトヨタ販売店で訊いたところでは、ラリーでの活躍は新車販売にも間違いなく影響しているということだった。日本で言えばプロ野球あるいは大相撲のようにTVでラリー中継をしているお国柄であり、しかも地元に根ざしたチームはフィンランドの、ユバスキュラの英雄である元WRCチャンピオンのトミ・マキネンが率いているとなれば、それも十分頷けるところだ。
GAZOO Racing Companyに与えられた経営課題トヨタのWRC参戦は、そんなマーケティング的な観点でも大いに役立っているわけだが、ここに居る理由はそれだけではないという。かけられたシャンパンの匂いを漂わせながら表彰台から戻ってきた友山プレジデントは話してくれた。
「狙いは働き方、仕事の進め方の改革です。たとえばWRCではメカニカルトラブルが起きると、それを次戦までの数週間の間に直して、テストして、また出てくる。そこでまたすぐ結果が出て、必要ならまた直すという具合に、トヨタが2年かけてやるような車両開発を、数週間というサイクルで今年なら年間14戦繰り返すんです。スピード感がまったく異なるし、結果がすぐに、明確に出る。言い訳はできません。それをするには組織に壁があってはいけない。普通、車両や電気などのエンジニア、マーケティング、品質保証といった人たちが居るわけですが、彼らが皆、一体になる必要があります。おそらく昔のクルマの作り方っていうのはそうだと思うんですよね。もう一回そういう原点に立ち返ると、気付かされることも多いんです」
GAZOO Racing Companyは、モータースポーツで培ったノウハウや技術を直接的に量産車に投下していくのがミッションだという。それはスポーツカーだったり、モータースポーツ参加のためのベース車両を開発、供給したりというだけの意味ではなく、そうしたことを通して人づくり、クルマづくりの変革を促していくという意味も含んでいるのだ。
「人を鍛え、技術を鍛えて、それを市販車にフィードバックするというのは、GAZOO Racing Companyにとっては『経営課題』なんです」
2020年はモータースポーツにとっても重要な年になる2017年の参戦初年度にはラリー・フィンランドでのそれを含む2勝を挙げたトヨタは、昨年には勝ち星を5勝へと伸ばして見事、マニュファクチャラーズチャンピオンを獲得した。そして3年目となる2019年シーズンは、このラリー・フィンランドまでの段階で9戦中4勝を挙げ、ランキング首位を走る。しかもドライバーズ・チャンピオンシップでもオイット・タナックが独走している状況だ。この順調に右肩上がりの成績は、まさにその『経営課題』が順調にクリアされていることを示していると言えそうだ。
「WRCで勝つのは経営上の重要課題です。それは、ここまでお話ししたようなTOYOTA GAZOO Racingが掲げるモータースポーツの理想を証明する手段でもありますし、ライバル達と競い合いモータースポーツを盛り上げることによって、日本のクルマ作りやクルマ社会そのものを盛り上げることになれば嬉しいなと思います。」
沿道でエストニア国旗を掲げるのは、ヤリスWRCを駆る地元の英雄、オイット・タナックのファンたち。フィンランドはエストニアからもっとも近いWRC開催地ということで、大勢の応援団が訪れていた。まだ正式発表には至っていないが、ほぼ99%の確率で2020年にはWRCが日本に再上陸する。それに合わせてGAZOO Racing Companyからは、WRCで培ったノウハウを注ぎ込み高い走行性能を実現したロードゴーイングカーの登場も噂されている。
表彰セレモニーで歓声に応えるのは自身も4度のWRCチャンピオンであるTOYOTA GAZOO Racing WRTチーム代表のトミ・マキネン。ドライバー/コドライバーの間に立つのは激励に訪れていたトヨタ自動車の友山茂樹副社長だ。オリンピック・パラリンピックに注目が集まるが、2020年のラリー、トヨタ、日本の組み合わせは、スポーツ観戦者にとってもドライビング愛好者にとっても、それに匹敵するほど注目すべきものになりそう。熱く盛り上がったフィンランドの地で、そんな思いに大いに打ち震えたのである。
優勝は今シーズン4勝目となるオイット・タナック/マルティン・ヤルヴェオヤ組。TOYOTA GAZOO Racing WRTは3位にもヤリ-マティ・ラトバラ/ミーカ・アンティラ組が入る1-3フィニッシュを達成した。文・島下泰久 写真・トヨタ自動車 編集・iconic
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