止まらない進化、アールズフォークで高性能化に対応
現在ではホンダの「ベンリイ」と言えば、配達などに使われるビジネススクーターの車名ですが、1953年に最初に登場した当時は小排気量帯の主力モデルで、ホンダ初の本格的自動二輪車として登場した「ドリーム号」を兄貴とすると、弟分の「ベンリイ号」は安価で手軽に乗れるモデルという設定でした。
【画像】ホンダ「ベンリイJC56型」(1955年型)の詳細を画像で見る(12枚)
1955年に発売された「ベンリイJC56型」は、「ベンリイ」シリーズ4年目のモデルです。実際には3年目の「JB型」と同じ1955年に発売されていますが、名称からして「ベンリイJC型」の1956年モデルという意味でしょう。
この時期、自動二輪の免許制度の影響で排気量125ccを境に区分され、「ベンリイ」シリーズは125ccまで、それ以上は「ドリーム」シリーズとされました。
「ベンリイJC56型」は、「J型」シリーズ初期からの特徴だったシーソー式の特殊なフレーム構造をやめて、エンジンをメインフレームに搭載します。後部は現代的なスイングアームとなっていますが、注目すべきはフロントフォークです。
フロントクッションにはアールズフォークが採用されています。アールズフォークはサイドカーでよく見られる前輪懸架装置のことで、ステアリングヘッドから下りるパイプの下端が支点(前輪側のスイングアームピボット)となり、そこから伸びる上下するスイングアームの端がフロントアクスルです。
さらにリアショックのような減衰装置でその間を繋ぎ、構成部品が三角形に見えます。三角形は左右にそれぞれあって頑丈に繋がれています。
また、「ベンリイJC56型」の場合は上記のパイプ部品もメインフレーム同様に鋼板プレス製法で作られています。
エンジンはOHVで吸気バルブと排気バルブが左右に並ぶ独特な構造です。一見すると「JB型」に似た雰囲気ですが、キャブレターの取り付けやマフラーの取り出しが左右逆となり、シリンダーにはフレームハンガーが追加されています。さらにクランクケース上部のハンガーは無くなり、形状も少し変わっています。
初期型の排気量89cc版で3.9psだった最高出力は、「ベンリイJC56型」の125cc版では6.9psまで向上し、わずか数年で性能向上が進みました。走行性能が上がるにつれて車体へ要求される性能も厳しくなり、フレーム構造やフロントフォークも新しいアイディアや技術が投入されていく時代でした。
フルモデルチェンジと言えるような変更でしたが、車両のイメージはほぼそのまま、スタイルよりもとにかく性能向上を優先に考えていたのでしょう。
ちなみに、翌年の「58型」でも同じ車体デザインのままですが、前輪懸架装置にアールズフォークの性能を越えようと、ホンダ独自の構造となるリンク式ピボット型クッションを採用します。
「ベンリイ」のフロントフォークは1953年デビューの初期型で使われたテレスコピック型から、1956年型でアールズフォーク、1958年型でリンク式ピボット型クッションへと変わって行きます。そしてリンク式ピボット型クッションも短命で、その後はボトムリンク式が定番となり、1960年代の「ベンリイ」シリーズにも採用されています。
横道に逸れますが、1954年にサンパウロ国際レースに出場したホンダ「R125」はガーターフォーク式のフロントクッションでした。1959年にマン島TTに出場した「R142」はボトムリンク式フロントフォークです。ボトムリンク式は同年の「CB92スーパースポーツ」などにも採用されました。
1960年からの世界GP参戦車は、テレスコピック式に落ち着いています。同時期のレーシングマシンと「ベンリイ」のフロントクッションの変遷が興味深いです。
また、お馴染みの「スーパーカブ」は長年ボトムリンク式フロントクッションで、2015年に発売された限定車のリトルカブにも使用しています。
そして現在では「ベンリイ」の仲間、「ジャイロキャノピー」でボトムリンク式フロントクッションが健在です。
他のバイクメーカーは、当時でもフロントフォークはテレスコピック式が定番でした。
エンジンも車体も進歩が著しい1950年代、こんな部分にも独自性を求めるホンダのチャレンジ精神が現れていると言えるのではないでしょうか。
ホンダ「ベンリイJC56型」(1955年型)の当時の販売価格は11万5000円です。
■ホンダ「ベンリイJC56型」(1955年型)主要諸元エンジン種類:空冷4ストローク単気筒OHV総排気量:125cc最高出力:6.9PS/6500rpm車両重量:110kgフレーム形式:プレスバックボーン
【取材協力】ホンダコレクションホール(栃木県/モビリティリゾートもてぎ内)※2023年12月以前に撮影
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