2009年、Motor Magazine誌は当時大きな注目を集めつつあったBMWの4WDシステム「xDrive」に注目し、その実力をテストする特別企画を組んでいる。FRのイメージが強いBMWだが、実は4WDモデルを数多く揃えていた。なぜ4WDが増えているのか、4WDは本当に雪道に強いのか、BMWのxDriveはほかとどう違うのか。ここではその興味深い企画を振り返ってみよう。(以下の試乗記は、Motor Magazine 2009年3月号より)
4WDはなぜ安心して冬道を走れるのか
日本には四季がある。夏の炎天下では30度を越すが、冬には零下20度以下になり雪に埋もれてしまうところもある。そんな日本の道を1年を通じて安心して走れるクルマを求める人は、4WDの必要性を強く感じている。
●【くるま問答】ガソリンの給油口は、なぜクルマによって右だったり左だったりするのか
BMWといえばフロントエンジン、リアドライブの2WDの「FR」が代名詞のようになっているが、フルタイム4WD(BMWはxDriveと呼ぶ)もラインアップされている。3シリーズセダン、5シリーズツーリング、それに4WD専用のX3、X5、X6にはそれぞれ2種類のエンジンが用意されている。ドイツ本国ではボディとエンジンのバリエーションを合わせると67モデルにもなるが、日本ではディーゼルエンジンが輸入されていないこともあり8モデルに絞られる。
アウディのクワトロもフルタイム4WDで有名だが、意外にも世界の販売台数ではアウディのクワトロよりBMWのxDriveの方が多い。しかし、日本の都道府県別の販売台数(2WDも含む)では、「北海道はアウディの方が多い」とBMWジャパンのヘスス・コルドバ前社長が悔しがっていたのを思い出す。北海道では4WD比率が高く、アウディのクワトロモデルがよく売れているようだ。
では、4WDだとなぜ安心して冬道を走れるのか。それにはタイヤの特性が大きくかかわっている。その特性を理解することにより、ドライビングの正しい操作も見えてくる。
タイヤが発揮するグリップ力(摩擦力)は、縦方向(アクセルとブレーキの前後方向)と横方向(コーナリング)に分けて考えられる。そしてタイヤは、発揮するグリップ力に限界があり、それを縦方向と横方向に分けて使っている。この考え方を摩擦円(フリクションサークル)と呼んでいる。限界点が円になっていて、縦と横の2方向に使った場合には、その合力が円に接するところまでしかグリップ力を発揮できない。そのため、縦方向にたくさんグリップを使ってしまうと横方向は使えなくなる。つまり、アクセルペダルを必要以上に大きく踏んでしまうと、横方向の押さえが利かずにクルマが不安定になってしまうというわけだ。
2WDではエンジンが発生する力を2本のタイヤが負担することになる。アクセルペダルの踏み込みが大き過ぎる場合には、横方向のグリップが不足してしまう。それが4WDになるとアクセルによるタイヤの負担はおおむね半分になる。だから横方向のグリップ力に余裕ができて、クルマが不安定になりにくいのだ。
もうひとつ雪国で4WDが好まれる理由は、滑りやすいアイスバーンでの発進能力だ。登り坂で発進するときに2WDより4WDが楽なのは確かなこと。滑りやすい路面では摩擦円が極端に小さくなってしまう。
タイヤが発揮できる絶対的なグリップ力は乾燥舗装路の10分の1程度だから、2WDではクルマを発進させようとアクセルペダルを軽く踏み込んだだけで摩擦円の限界を超えてしまい、発進できないばかりかタイヤが空転するのをきっかけにして横滑りが起こる。それが4WDになると、1本のタイヤが使う縦方向のグリップが小さくて済むから、グリップ限界内で発進できる可能性が高くなるというわけだ。
BMWは、2WDでもDSC(ダイナミックスタビリティコントロール)の中のトラクションコントロール機能により、空転したタイヤだけにブレーキをかけ空転していないタイヤに駆動力を伝えて発進する機能を持っているから、2WDであっても発進できなくて困ることは少ないのだが、雪国のドライバーはさらに悪条件下での安心感を重視するようだ。もちろん、BMWは4WDでもDSCの機能は作動するが、タイヤが空転しにくい分、2WDより作動する機会は少なくなる。
発進時は60%の駆動力が後輪に発生するBMWのxDrive
BMWの4WDシステムであるxDriveは、トランスミッションの後端に組み込まれたトランスファーによって引き出された回転力が、トランスミッションの左側を通るシャフトにより前方に伝えられる。フロントのディファレンシャルギアボックスはクランクシャフト左側にレイアウトされ、ドライブシャフトはクランクケースの内部を貫通して右のタイヤに回転を伝えている。このトランスファー部分は、X3はサイレントチェーンにより駆動されるが、325iは省スペースのためにギア方式が採用されている。
後輪への駆動力のルートはFRとまったく同じで、エンジンからストレートな伝達経路をとる。前輪への駆動力は湿式多板クラッチの接触度合いによって決まる。もちろんこの制御はコンピュータによるものだ。
xDriveの前後トルク配分はイニシャルでは40対60になっている。前後重量配分は50対50であるが、発進するときは後ろに荷重移動するから、最初から後輪へのトルク配分を増やしておくのは理に適っている。また前輪の駆動力を小さくすることにより、横方向のグリップ力、つまりハンドルの利きを良くすることができ、BMWらしい後輪駆動のような走り味にすることができるのだ。
今回の試乗では、雪の山道でコーナリングを何回も体験したが、xDriveのコーナリング性能はFRのBMWと変わることなくアクセルペダルを踏み込んでいってもアンダーステアが弱く、とても曲がりやすい。重量バランスが前後50対50ということと前輪への駆動力配分が40%から0%になり、またすぐに40%に戻ることによって、アンダーステアを出さず不安定にもならないというレベルの高い走りが可能だ。
後輪の空転を感知すると前輪にトルクを100%伝達
この安定性と走りは、325i xDriveもX3 xDrive30iも基本的には同じであるが、雪道では325i xDrive のしっかりした走り味が印象的だった。コーナリング中にアクセルペダルをラフに扱っても危ないことにはならないところが、失敗しても大丈夫という安心感をもたらすのだろう。低いギアにして急にアクセルペダルを踏んだ場合でも、フロントが逃げるのではなく、最初はリアが滑りそうになることが運転を楽しくしている。
X3は、直進時にハンドルのニュートラル付近の手応えが軽めで反応がやや鈍く感じられたが、切り始めてしまえば何の問題もなかった。これは車高が高く、重心が高いX3にあわせて、安定性を確保するためのチューニングなのかもしれない。
走行中カーブに差しかかったときには、アクセルペダルを戻しブレーキングしてハンドルを切るが、このとき前輪へのトルク配分がゼロになるのもBMWの4WDシステムの大きな特徴である。クルマが曲がり始めたところでアクセルペダルを踏み込むとすぐに前輪にもトルクが配分され、高い安定性を保ちつつ駆動力を高め加速していくことになる。
滑りやすい雪やアイスバーンで発進するとき、トルク配分が大きい後輪が先にグリップ限界を越えて空転を始めると、湿式多板クラッチが素早く圧着し前輪にトルク配分する。このように後輪がまったくグリップしない状態でも前輪にはエンジンが発生する100%のトルクが伝わるからトラクションを確保できるのだ。極端な言い方をすると、BMWのxDriveは前輪は0%~100%まで、後輪も同様のトルク配分ができるということだ。
今回も、スキー場の上段にある駐車場に向かうスロープで一度止まってから発進するというような場面に遭遇したが、普通のアクセルペダルの踏み方ではタイヤが空転する気配もなく発進することができた。いきなりアクセル全開にすると少し空転する気配を感じるが、そう思ったと同時にDSCが作動し、すばやく空転を止めトラクションを確保し、安定性を保ったまま発進していった。
実はこのスロープはとても滑りやすかった。反対向きに下ってきて途中で止まろうとしたら、スピードが落ちてABSが作動を終わる4km/h以下になったときに、タイヤは4輪がロックしたままズルズルと滑っていった。
道がカーブしていたのでこのままではカーブの外側の雪壁にぶつかる。すぐにブレーキペダルを緩めてハンドルを利かせるようにしてカーブをうまく曲がっていったが、それほどの滑りやすい路面でもフルタイム4WDとDSCの作動によって、ただアクセルペダルを踏むだけで坂道を発進できるのである。
以前のBMWの4WDはプラネタリーギアを使った前後38対62というトルク配分だった。しかしこれは前後の回転数を同じにするためにセンターデフをロックするところまでしかコントロールできなかった。しかし、湿式多板クラッチをコンピュータ制御することにより、より幅広いコントロールが可能になったのだ。
さらにこの4WD制御と協調するようにDSCの制御も加わり、発進能力を高めるだけでなく、曲がる能力を低下させる恐れがあるフルタイム4WDの弱点を出さない制御ができるようになったのだ。このように進化したフルタイム4WDをBMWはxDriveと呼ぶようになったが、5シリーズだけは530xiツーリングというネーミングのままだ。
推奨スタッドレスタイヤはBMWの要求基準をクリア
冬季にxDriveが有利なのは、滑りやすい雪道、アイスバーンだけではない。スタッドレスタイヤを履いたことによるドライ路面でのグリップのマイナス面をxDriveが補うことができることにある。
日本の冬タイヤであるスタッドレスタイヤは、ドイツ本国のウインタータイヤとは別のものだ。ドイツのウインタータイヤはアウトバーンも安定して走れるドライ路面でのグリップ力を持っている。冬のアウトバーンを、ウインタータイヤを履いた1シリーズで200km/hオーバーで走った経験があるが、何の不安もなく走れたのを覚えている。
日本のスタッドレスタイヤは、日本の滑りやすいアイスバーンでも走れるように、特別なトレッドコンパウンドと特別なトレッドパターンになっているため、ドライ路面の性能ではドイツのウインタータイヤには適わない。
そんなスタッドレスタイヤを履いたときに高速道路を走ることもあるだろう。そのときドライ路面のグリップが落ちたタイヤでも安定性を低下させないためにxDriveは有効に働く。
スタッドレスタイヤとして、X3にはミシュランX-ICE XI2、3シリーズはブリヂストンのブリザックRFTが日本の推奨タイヤになっている。これはBMWジャパンのエンジニアリング部門のテストにパスしたものだ。BMWジャパンが推奨しているスタッドレスタイヤは、ホームページにもコンプリートセットとして掲載されている。
ミシュランX-ICE XI2のスピードレンジはTだから190km/hまで保証される。これまでのX-ICEのQ(160km/h)よりは高くなっているが、BMW指定のM+SタイヤのH(210km/h)やV(240km/h)よりは低い。それでも日本の高速道路をハイペースで走ったときでもグリップのしっかり感が保たれ、安定感をキープしていた。
ブリザックRFTを履いた325i xDriveは、高速道路でスピードが高くなっていくとやや応答遅れのような動きが出てくるが、xDriveはそれが不安定な動きにならないように抑えてくれている。
BMWのxDriveは、単に滑りやすい路面を走破するとか、より高い安定性を保つためだけのシステムではない。FRと同じように駆けぬける歓びを感じられるようプログラムされているから、これもBMWだということを実感できるクルマだ。(文:こもだきよし/写真:原田 淳)
BMW 325i xDrive 主要諸元
●全長×全幅×全高:4540×1815×1440mm
●ホイールベース:2760mm
●車両重量:1620kg
●エンジン:直6DOHC
●排気量:2496cc
●最高出力:160kW(218ps)/6500rpm
●最大トルク:250Nm/2750-4250rpm
●トランスミッション:6速AT
●駆動方式:4WD
●燃料・タンク容量:プレミアム・60L
●10・15モード燃費:9.3km/L
●タイヤサイズ:225/50R16
●車両価格:565万円(2009年当時)
BMW X3 xDrive30i 主要諸元
●全長×全幅×全高:4585×1855×1675mm
●ホイールベース:2795mm
●車両重量:1830kg
●エンジン:直6DOHC
●排気量:2996cc
●最高出力:200kW(272ps)/6550rpm
●最大トルク:315Nm/2750rpm
●トランスミッション:6速AT
●駆動方式:4WD
●燃料・タンク容量:プレミアム・67L
●10・15モード燃費:8.4km/L
●タイヤサイズ:235/50R18
●車両価格:645万円(2009年当時)
[ アルバム : BMW325i xDriveとX3 xDrive30i はオリジナルサイトでご覧ください ]
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