ポルシェ911がデビュー60周年を迎え、記念した特別仕様も登場
2023年9月のIAAモビリティ(ミュンヘン・ショー)で、デビュー60周年のポルシェ「911」は軽量モデルの特別仕様「911 S/Tヘリテージデザインパッケージ」を披露。再びその主役の座を獲得した。ポルシェのチーフデザイナーであるミヒャエル・マウアー氏は、これまで約20年間にわたってポルシェというスポーツカー・ブランドのデザインを担当してきた人物である。911の偉大なるレガシーを受け継ぐという、氏にとっての最大の挑戦について語ったインタビューをお伝えしよう。
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ポルシェをひと言で表現するなら「デザインされた精密さ」
──現代の911を初代の911と比較した時、あなたはまずどのような感情を抱くでしょうか。
「素晴らしい一貫性があると感じます。911はそのアイデンティティを維持しながら、つねに時代を先取りしてきました。進化していく美学に対応しながらも、つねにコンセプトに忠実であり続ける。現在に至るまでの進化は、デザイナーがブランドの守護神であることを証明していますね」
──初代911についてどう考えていますか?
「それはスポーツカーを未来的に解釈したもので、ほかに改良の余地がないデザインです。たとえば異なるシルエットを試みても、結局は元のルーフラインに戻ってしまう。それはとても印象的です。そうでありながら911はコンパクトで攻撃的でもありませんでした。しかもつねに最速の1台であったにもかかわらず。それが大きな魅力なのです」
──60年前にフェルディナンド・アレクサンダー・ポルシェによってデザインされた911のサクセスストーリーは、8世代目となる現在も続いています。その現行モデルの特徴を教えてください。
「直接の先代モデルとの比較で説明するのがベストでしょう。アスリートとして、より筋肉質にはなりましたが、同じパフォーマンス・クラスのライバルと比較すると、まだ控えめなデザインです。自信には満ちあふれているけれど、傲慢ではないといったところでしょうか」
──911のデザインの特徴をひと言で教えていただけますか。
「ポルシェをひと言で表す表現をいつも探していますが、デザインされた精密さ、という素晴らしい言葉を思いつきました」
──もし911が人間だとしたら、その性格はどのようなものだと思いますか。
「スポットライトを浴びることを避ける人。しかし誰もが知っているような、とても多くのことができる人でしょうか。スポーツの世界でいえばトライアスロン選手で、引き締まっていて体力があり、いくつもの種目で卓越している。彼らは私をサポートし前進する手助けをしてくれるのです。最初の911をスケッチしたフェルディナンド・アレクサンダー・ポルシェは、自由な精神の持ち主だった。彼は911に自信を与え、その個性を確立させた人物です」
911はポルシェというブランド全体の北極星
──911のことを考えない日はありますか。
「ええ、それはあります。けれども悩むことはありません。むしろ経験を重ねるにつれて、解はすぐそこにあると感じられるようになりました。ただそれが今は見えていない」
──デザイナーとしての最大のチャレンジは。
「つねに魅力的なデザインを生み出すことです。デザインの世界ではそれが全てであり終着点なのです。それはほとんど芸術と言ってもよいでしょう。しかし私にとっては、それだけではプロダクトとして十分とは言えません。ブランド・バリューを強化し、それをうまく位置づけるようなデザインを生み出すこと。ブランドのすべての価値を視覚化するデザイン。それを実現することができて初めて、デザインは頂点に君臨することができるのです」
──ポルシェは力強いブランドであり、また911は力強いモデルといえます。両者は競合関係にあるのですか。
「プロダクト・ラインナップにアイコン的な存在のモデルがあることは有益だと考えます。長期間にわたって業界を形成するだけではなく、ユニークで認知度を高めてくれるモデルです。アイコンはブランドの哲学により良いインスピレーションを与えてくれますから、私にとって911はブランド全体の北極星ともいえる存在ですね」
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ポルシェの元型はヒーロー、クリエイター、反逆者
──あなたは「クリエイティブ・マッスル」について語ることが好きなようですが、同時にポルシェのデザイン・プロセスにも明確な基準を設けています。このふたつはお互いに譲り合えないもののようにも感じられますが、どのように両立させているのでしょうか。
「デザイナーにとって、自分の仕事を合理的に説明するのはつねに難しいことと考えられます。その多くは直感、純粋な直感なのです。しかしそれこそが、何十億もの投資の基礎を形成しているのです。たとえばエンジン開発者は、測定可能なベンチテストの数字を持っています。だから私は直感というものを構造化し、何らかの方法で測定可能にするものを探しました」
──その結果といえるのが、ポルシェの際立ったデザイン・スタイルですね。それはどのようなものですか。
「伝統的な心理学の12の元型の中から、私たちにあてはまるものを3つ選びました。ヒーロー、クリエイター、反逆者の3つです。そしてこれらの原型に顔を与えます。ジェームス・ディーン、フェルディナンド・ポルシェ、スティーブ・マックイーン。この擬人化はマインド・ムービーへとつながります。これらの主人公に対応するために、デザインが進むべき方向が想像できる。そしてこの後が、このプロセスの最も難しい部分。緊張、目的、焦点というキーワードを3つの顔に当てはめ、アイデアを具体的なデザインに落とし込みます。“焦点”はヒーロー、“目的”はクリエイター、“緊張”は反逆者を意味しています」
──この哲学はデザインに影響を与えていますか。
「3つの言葉は私たちの価値観を反映しているので、社内のプロセスのインスピレーションにもなっています。その結果、誰もが突然ひとつの方向性を表すイメージを心に抱くようになりました。私にとってデザインとは、単に形をデザインするだけではなく、ブランドをデザインすることでもあるのです。そこに一貫性が生まれ、その結果最終的にアイデンティティが生まれます」
──あなたの好きなデザイン用語には、カレントフローというものもありますが、それは具体的にはどのような意味を持つものなのでしょうか。
「パワーや興奮を生み出すものであるのならば何でもそうです。たとえばインテリアは触覚、デジタル、アナログの要素で構成され、スリリングなコントラストを形成しています。一方エクステリアの表面は興奮を生み出します。私はそれを非常に電気的な表面と呼んでいます。911の表面に指を走らせて、それを感じてみてください」
──タイムレスという言葉をどう解釈していますか。
「この言葉は、ポルシェというブランドが長年にわたって表現してきたもの、そして私たちがこれから目指していくものに対する指針を与えてくれます。魅力的であるためには、審美的な美しさと感情的な魅力が必要です。説明の多い世界では、デザインは自明であるべきなのです」
フューチャー・ラボラトリーでは「911-2050年」プロジェクトが進行中
──あなたにとって初めての911をデザインするのは難しかったですか。
「最初のプロジェクトが新世代の911でなくてよかったと思います。ポルシェの特徴を理解するのに十分な時間がありましたから。911に関して言えば、それに発言権を持つのは通常の会社の10人ほどではありません。100人以上です。クルマが魅力的かどうかだけではなく、それが911であるかどうかも重要ですから。911には大きな責任があります。ポルシェ・ファミリーの長として」
──この責任の重さにどう対処しているのでしょうか。
「まず新型911のプロジェクトを、ほかのプロジェクトと同じように進めます。デザイナーとして最初から制約を感じるべきではありません。前進するためには時に挑発も必要です。そして実際のデザインになるとこう自問自答するのです。どこまでやるべきなのか。もっと先に進む必要はないのかと」
──911のプランはどの程度先まで考えているのですか。
「私たちのフューチャー・ラボラトリー(未来研究所)では、“911-2050年”プロジェクトが進行中です。私たちは遠い将来を見据えて、3世代先のクルマを意識するようにしています。その時911がどのような駆動技術を持っているのか。今の私たちには知る術はありません。しかしこれは単なる思考実験ではなく、現在のプロセスに具体的なインスピレーションを与えてくれます。私たちは未来に思いを馳せ、研究者のように逆算する。その結果まるで純粋に進化していくかの如く、さまざまなイメージ、視点、社会的な枠組みが生まれていくのだと思います」
──次の911はどのような車になるでしょうか。
「911のような車です。デザイン・スタイルのいくつかが変わったとしても、ひと目で911とわかるでしょう。しかしながらそれは、新しい911でもあります」
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