この記事は2019年11月に有料配信したものを無料公開したものです。
従来の自動車に関する用語は、自動車工学、クルマの構造や部品、機能、さらにはメンテナンスなどに関する専門用語であったが、近年は聞き慣れない用語、略語が続出してきており、従来の自動車用語を知っているマニア層の常識は崩れ、わからない言葉だらけになってきた。
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アルファベットの略語
例えば、エンジンの「DOHC(ダブル・オーバーヘッド・カムシャフ)」などはかつて高性能・高出力エンジンの象徴であり、特別な動弁・カム・メカニズムを意味し、この形式のエンジンは一目置かれる存在であったが、現在は90%以上のエンジンがこのメカニズムを採用しており、もはや高性能、高出力を意味する言葉ではなくなった。したがって特記する必然性もなく、日常的に使われる頻度が激減し、ほぼ死語となっている。
一方で、現在のメディアに登場する自動車業界に関連する用語は、かつては存在しなかった言葉であり、しかもその多くは頭文字の寄せ集めや略語であるため、とてもわかりにくくなっている。そこで、今回は、そうした用語について考えてみることにした。まず今回は「MaaS」という言葉について考えてみよう。
MaaS(マース)
現在、世界中のクルマ関連業界で飛び交っている「MaaS」という言葉も、なかなか概念がわかりにくい。この「MaaS」という言葉は「Mobility as a Service(モビリティ・アズ・ア・サービス)」の略語だ。文字通りに解釈すれば、移動のためのサービスといった意味になる。
このMaaSという言葉は、2016年にフィンランドのベンチャー企業「MaaSグローバル」のMaaSがこの言葉の起源となっている。フィンランドにおける「MaaSグローバル」の事業は、フィンランドの官民学が連携したプロジェクトで、人々の移動に関するサービスを統合スマホアプリ「Whim(ウィム)」ですべて完結させるというコンセプトだ。このアプリ「Whim(ウィム)」は官民学が連携したオープンデータとオープン・ソフトウエア・インターフェースから成り立っている。
Whimウイムが起源
そしてWhimアプリを使用すれば、カーシェア、タクシー、鉄道、バス、シェア自転車など、あらゆるモビリティ・サービス(移動手段)が統合され、使用者にとって最も効率的で快適、割安な移動サービスが実現するのだ。
この運用にあたって、交通と情報通信を所管する「フィンランド交通通信省」、首都ヘルシンキ周辺で営業する公共交通の路線計画や切符の販売を行なう「ヘルシンキ地方交通局」、各種交通機関の情報通信ネットワークの高度化を官民学で検討する「ITSフィンランド」なども全面的にバックアップしている点も注目すべきだろう。
つまりMaaSは、交通行政を担当する政府や地方機関が抱えている交通問題や環境対策などに関する課題を大幅に低減でき、都市部の住民には多様な移動手段がネットワーク化され、Whimアプリで移動・旅行などの計画を立て、移動手段を予約し、料金の支払いもスマホ・アプリで行なうことができるオールイン・ワンの機能・サービスなのだ。
MaaSを拡大解釈へ
例えば、自宅からある都市まで旅行する場合、自宅→シェア自転車→都市バス→鉄道と乗り継ぐのが最も便利で早く、目的の都市の駅に到着したら、タクシー(またはレンタカーやカーシェア)でホテルに到着する・・・という一連の移動を、すべてスマートフォン・アプリで選択でき、予約できる。そしてそれぞれの交通手段の料金も一括で支払いが可能という利便性がある。
しかも、できるだけ公共交通機関を使用し、内燃エンジン車を使用しないなどの設定により、環境負荷のより低い移動が実現し、交通渋滞なども抑制する可能性を持っている。
注目すべきは、単に便利なアプリ機能というだけではなく、官民の一体化により交通問題や環境負荷を低減することが目的となっていることだ。そのため、スマートフォン・アプリの存在以前に、官民が一体化したプロジェクトを作り上げたことが最も重要と言える。
ただし、このフィンランドの官民による総合的な取組は、他国ではまだ本格的に実現しておらず、「MaaS」コンセプトの一部を取り上げて、「MaaS」と呼ばれることが多くなっているのが実情だ。さらに、カーシェアリングや多様なモビリティ・サービス、企業のフリート管理などについてもMaaSという言葉が使用されるようになっているので、現在ではかなり意味が拡散していることにも注目しておきたい。
Uberウーバー
MaaS関連のグローバル・ビジネスとして注目されているのが、アメリカ発の「Uber(ウーバー)」、「Lyft(リフト)」、中国発の「滴滴出行(ディディ)」だ。最先発のウーバーは2009年にアメリカで設立された新しい企業で、中国の「滴滴出行」は2012年に設立されている。
いずれも、スマートフォンによるタクシーの配車サービスがビジネスの出発点となっているが、やがて料金決済、そして個人が自分の空き時間と自家用車を使って他人を運び料金をもらう仕組みを構築し、これがカーシェアリング的な意味を持つことで従来の常識を破った。
台数が限られているタクシーの配車より、個人の自家用車を呼ぶほうがより早く利用できるといった背景もあり、アメリカや中国では急速に普及した。また社会的な観点からは、通常は止まっている時間が長い自家用車を利用し、移動を望む旅客を乗せるということは合理的で、カーシェアリングと同様の効果を持つとされている。もちろん日本では、個人が自家用車で他人を運ぶ営業運転、つまり白タク行為は禁止されており、このシステムの展開は不可能だ。
滴滴出行(ディディ)
中国の都市部では、タクシー、個人の自家用車の配車のいずれも滴滴のアプリが使用でき、ある地点で乗車希望の客がアプリで配車を希望すると、タクシー、自家用車がより早くその客を乗せようと競争となる。
雨天の金曜の夜といった条件では、タクシーより確実に個人のクルマのほうが早く到着する。さらに地方では人口の割にタクシーの台数が少ないので、個人車のほうがはるか有利になる。こうした事情もあって、滴滴出行は今では世界最大の配車サービスとなり、日本の自動車メーカーも出資している。
現在では、滴滴出行は個人の移動のための配車だけではなく、相乗り(個人の自家用車に同方向に行く客を複数乗せる)、バスの配車、ハイヤーの配車、レンタカー、試乗目的など、およそクルマに乗るシーンすべてをカバーできるスマートフォン・アプリとなり、もちろん決済もすべてスマートフォンで行なえるようになっている。
これらの配車サービス・ビジネスは、個人のガレージで眠っている時間が多い自家用車を活用し、他人を乗せる、複数人を乗せて移動するというコンセプトはカーシェアリング同様に、クルマをより有効に活用するという意味で、合理性がある。
また、ウーバーは個人の自家用車による配車ではなく、自動運転車による配車などを構想し、自動運転車の開発などにも投資を行なっている。一方で、滴滴出行以外のウーバー、リフトともに経営的に赤字が続いているのが懸念点だ。
スマートフォン・アプリで希望の場所にタクシーや個人車を呼んで移動できるという意味と、社会的に環境対策になると言う意味で、こうした配車サービ事業もMaaSの一部ということができ、自動車メーカが出資し、自動車業界とのつながりが強まっている。
なお、ヨーロッパでは日本と同様にこうした個人配車サービスはメジャーにはならず、ダイムラー社が出資するタクシー配車アプリ「mytaxi(マイタクシー)」が普及している。さらにカーシェアリングにおいてもダイムラー社は乗り捨て自由の「car2go」に出資し、ヨーロッパを始め、世界各地でカーシェアリングの普及活動を行なっている。
MaaS車両
MaaSの概念から生み出されたのが通称「MaaS車」だ。東京、ニューヨーク、ロンドン、北京、上海といった世界でも名だたる大都市はもちろん、新興国の大都市でもいずれも激しい交通渋滞や交通事故多発などの問題が大きくなっている。
また、例えば日本の地方の山間部では、高齢化、人口減少が進み、鉄道、路線バスの廃止が相次ぎ、高齢者が自らクルマを運転しなければ、食料品の買い出しや病院への通院を行なうことができなくなっている。
こうした事態の解決のひとつとして乗り合いバスがMaaS車両として登場している。乗り合いバス自体は従来からあるが、最新のコンセプトは自動運転と、スマートフォン・アプリの連携による配車だ。都市部では、多くの人が移動時に使用できる、便利な乗り合いバスとして、地方の過疎地ではユーザーが希望した時に呼び寄せて利用できる利便性を提供し、個人のクルマでの移動を抑制することができるわけだ。
個人が運転するより安全性が高い自動運転で、走行時に排出ガスを出さいない電気自動車で、しかもスマートフォン・アプリで運行状況や、バスの呼び出しができるという手段が一体化したものがMaaS車両と呼ばれている。
主としてヨーロッパのメガサプライヤーや自動車メーカーが、こうしたMaaS車両のプラットフォームやハードウェアを提供し、事業者がサービス、運営を行なうことが想定されている。
日本では、トヨタが東京オリンピック・パラリンピックでこのMaaS車「e-パレット」を提供し、都市部における大規模な実証実験を行ない、過疎地の特区などでは企業と自治体が協力してベンチャー企業の実証実験を行なう予定だった。
このサービス提供+運営の最大手が、ソフトバンクのMONET(モネ)で、トヨタを始め自動車メーカーも出資を行なっているあれだ。
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