1980年代に登場した日本車のなかでも、ユニークなコンセプトを持つ5台を小川フミオがセレクト。当時を振り返る。
1980年代の日本車には、おもろいクルマがいろいろあった。1990年代になると「ひとつのモデルがコケると会社が傾く」なんていわれるように、製造コストと生産体制がひとつのパッケージになっていくものの、1980年代まではもうすこしゆるやかだった。
新しいEクラスの楽しみ方~メルセデス・ベンツE350de試乗記
とはいっても、会社の上層部から、売れそうもないけれど、ま、出してみよか、なんてことは言われなかっただろう。どのモデルも開発者たちが真剣に取り組んだ結果である。数が売れて会社に利益をもたらすのが、すべてのモデルに共通した目的だ。
それでもなかには“たくさん売れそうもないけれど出してくれて嬉しい!”と、思えるモデルもあったし、なんの冗談? と、言いたくなるぐらいハズしたモデルがあったのも事実。
でも、クルマが楽しいのは、多様性があるからだ。コンフォートモデルがあればスポーツモデルもあり、トルク重視型エンジンに対して高回転型のエンジンもある。2シータースポーツもSUVも。ここでは1980年代、いわば日本車の黄金時代をいろどってくれた、個性的なクルマをいくつか紹介しよう。本来、クルマが成功したかどうかの基準は、ひとつは売れ行き、もうひとつは、後継モデルへの道を開拓できたか、にある。どっちもよくわかんないっていうモデルも、でもまた、存在を許されてきた。だからクルマは楽しいのだ。
(1)日産「エクサ」(2代目)
1986年に発売された「エクサ」の特徴は、2つのボディバリエーションを持つ点だった。ひとつはノッチがついた「クーペ」、もうひとつはリアセクションが荷室になった「キャノピー」だ。
ルーフが2分割で取り外せるいわゆる「Tバー」と呼ばれるリアピラーと、そこにくっついた三角のリアクオーターウィンドウまでは、クーペとキャノピーともに共通。その後ろの部分は、自分でも交換できる方式で販売された。といっても、それは北米での話だ。
似たような使い分けとしては、メルセデス・ベンツ「SLクラス」(R129)を思い出す。ソフトトップでフルオープン走行を楽しむいっぽう、天候の思わしくないときはハードトップを装着して……という楽しみかたにも似ている。とはいえ、日本のユーザーはたいていハードトップをつけっぱなしだった。ほとんどの人の場合、外したハードトップの保管場所がなかったのだ。
話をエクサに戻すと、日本の法規では、最初からクーペあるいはキャノピーを選択する必要があった。デザインとしてみたらキャノピーも魅力的であるものの、自分で乗るなら軽快感をもつクーペが好ましい。というのは、当時の私の感想である。
エンジンは1.6リッター直列4気筒DOHCで、駆動方式は前輪駆動。バリエーションとしては、変速機が、5段マニュアルか4段オートマチックか選べた。走りの記憶は強く残らないクルマで、遅くはない。ただし、ハンドリングが飛び抜けて印象的でもない。そんな、やる気があるんだかないんだか、わからないところも不思議だったのをおぼえている。
1982年登場の初代エクサは、小さなキャビンと格納式ヘッドランプを特徴としていたが、後付けデザインの感が強く、全体のかたちがまとまっていなかった。それに対して米国のデザインスタジオが仕事をした2代目エクサは、完成度が高い。
ただし、インダストリアルデザインの作品としてみたら、よく出来ていても、クルマの魅力はそれだけではない。多少ぶかっこうでも、なんだか乗ってみたくなる、と、思わせるモデルが存在するのは事実だ。1990年代の日産はそれに気づいたのか、もうすこし泥くさい印象を復活させる。デザインってむずかしいもんだ。
(2)ホンダ「シビックシャトル」(初代)
1983年登場の3代目、通称「ワンダーシビック」は車種構成がおもしろかった。看板車種のハッチは2ドアのみ。4ドアが欲しいひとはセダン。荷物も積める4ドアを、というひと向けに「シビックシャトル」が用意されたのだ。
シビックシャトル(以下シャトル)は、大きな縦長のウィンドウによってカーゴスペースを強調したモデルだ。ハッチバックに1カ月遅れて、セダンとともに発売された。機能主義というのか、デザイナー頑張りすぎだから、と言いたくなる個性的な造型のキャビンが印象に残るモデルだ。
車高はハッチバック車が1340mmであるのに対して1480mm。4WDの設定もあり、いまならSUVに分類されるだろう。シャトルが出たとき、スタイリッシュではないものの、機能を優先させた大胆なデザインに、私を含めた自動車好きは喝采を送ったものだ。
ただし、1.5リッターエンジンはパワフルでなかったし、無理に(と、当時は思われた)ボンネット高を下げたためサスペンションはストロークを十分にとれなかったのか、乗り心地もいまひとつだった。
このあと1987年のフルモデルチェンジでシャトルも一新される。コンセプトはおなじであるもののスタイリングはより洗練されていた。いまでもSUVとして充分通用すると思う。
ただそれでも、初代のインパクトは忘れられない。このちょっとしたカッコ悪さも計算だったのかもしれない。
(3)三菱「スタリオン」
驚くのは、どこからみてもスポーツカーのルックスをもった「スタリオン」が、ラグジュアリークーペだった「ラムダ」の後継だった点だ。
実際にシャシーはラムダのものをベースにしていた。ただし、ホイールベースを2530mmから2435mmに切り詰めるなど、コンセプトはスポーティなものへ変わった。
スタイリングはカッコいいんだか悪いんだか……。スポーツカーとして評価しようとしたら、分厚いノーズや2プラス2のパッケージをあきらかに重視したような、ぼてっとしたキャビンなど、ネガがいろいろ目につく。
いっぽう、おもしろがろうと思えば、いろいろな要素を組み合わせた統一感のちょっとした欠如が、ユニークなスタイルを作り上げているのが見どころだ。デビュー当初は、北米的なテイストで、それはそれで納得できるスタイリングだった。
ところが、というべきか、1987年2月には大型のブリスターフェンダーを前後に備えたターボ2000GSR-VRが登場。明るいシルバーメタリックのボディは、極端なほどの抑揚感があって、ほかにない個性である。
洗練という表現とは無縁。インタークーラー付きターボチャージャーによる加速感といい、硬めの足まわりといい、豪快なスポーツカーが好きな層をまっすぐに見据えて開発されていた。
当時、スタリオンに乗るというのは、日本の自動車メーカーが高性能化と同時に欧州的な洗練性を目指していた流れに背を向けるようなものだった(私の印象)。べつの言い方をするなら、自己表現の道具としてはまたとない存在感である。
手持ちの札を可能なかぎり組み合わせて市場のニーズに応えようとした当時の三菱自動車の開発者たち。みなさんは、スタリオンに手を入れていくことを、楽しんでいたのだろうか。そこ、いま知りたい。
(4)マツダ「ファミリアアスティナ」/ユーノス「100」
1989年に登場した7代目ファミリアは3つの車型で登場した。ハッチとセダンは従来からの継続。くわえて5ドアハッチの「アスティナ」が加えられて話題を呼んだ。
アスティナは格納式ヘッドランプを備え、ぐっとスラントした低いノーズを強調していた。よくない角度がフロント7対リア3で見たとき。いっぽう、特徴がよく出るのはプロファイル(真横)だ。
くさび型のシルエットで、かつ太いリアクオーターピラーが、フォルクスワーゲン「ゴルフ」のように力強さを感じさせる。ピラーは後輪の真上にくるように配置されていて、きれいなプロポーションだ。
もうひとつ、このクルマの特徴は、当時、多チャネル化戦略をとっていたマツダの方策にのっとり、ユーノスブランドでユーノス100として販売された点だ。
エンジンは、1.5リッター、1.6リッター、それに1.8リッター。全長4030mmのコンパクトなボディは、1.5リッターでも充分に速いと思わせてくれた。
7代目ファミリアはしっかりした足まわりをもったいいクルマだった。パワーもある1.8リッターはとりわけ走りがよかったが、下の排気量のエンジンでも、ハンドリングがいいので、ワインディングロードではよく走った。
インテリアの質感もドイツ車をめざして大きく向上。このときからマツダ車のクオリティは、ぐんと向上した。ドイツ車をライバルとすることを公言していただけに、日本では人気がなかったものの、欧州ではスマッシュヒットを記録。ほとんどのクルマが輸出にまわされたとか。マツダって往々にして、米国を中心にウケるとか、欧州ではウケてる、とか、そんなクルマを作る。おもしろいではないか。
(5)スズキ「マイティボーイ」
パーソナルなイメージが強いスズキの軽自動車が「セルボ」だ。そのセルボのプラットフォームと、シルエットをそのまま流用して、しかし斬新なピックアップスタイルを与えられたのが「マイティボーイ」だ。
ふたり乗りのキャビン背後を荷台にして、そこにソフトトップをかけたスタイルだ。プロファイル(真横)で見ると、ソフトトップが立体的なので、ボディの輪郭は2代目セルボのまんま。そこもユニークな点といえよう。
2代目セルボの大きな特徴は、初代の2ストロークエンジンを捨て、543cc直列3気筒4ストロークに変えたことだ。トルクでは2ストロークに勝てず、期待を裏切られたファンも多かった。でも燃費や排ガス規制や騒音問題で、2ストロークがなくなるのは時代の趨勢だった。
「スズキのマー坊とでも呼んでくれ」というキャッチコピーが話題になったマイティボーイは、全長3195mmとかなりコンパクト。ふたりで乗るには必要最低限のスペースが確保されていたものの、ソフトトップはやや複雑な構造で、開け閉めがやや面倒くさく、結局、荷台を露出させるか、荷物を入れないか、究極の二択を迫られた。
荷台を使うといっても、奥行きは660mmしかなく、容量も少ない。つまり、実用にはやや不向き。デビューのときは「ププッ」と吹き出してしまうような、楽しいコンセプトに思えたものだ。これでスポーティに走れればよかったが。
車重が530kgなので、最高出力29psでも意外に楽しめた。マイティボーイはガラス面積も少なく、いわゆる上屋が軽く低重心化も可能というパッケージだった。そのせいか、それなりに楽しいクルマだったのだ。
粗めのエンジンフィールとか硬めのサスペンションとか、言いたいことはいろいろあったものの、シャレで作ったようなクルマに真面目に意見しても野暮というもの。なんて思ったりもした。私、間違っていたでしょうか。
文・小川フミオ
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「私に譲ってください、新車みたいに蘇らせますって、持ち主に頼んでみよう」と毎日思うんだが、思うだけで通り過ぎてしまう。