フランス人にとって大統領の乗るクルマは政権の象徴でもある
今年4月末から5月初旬にかけ、5年に一度のフランス大統領選挙が行われる。第五共和制以来、フランスは国家元首を国民の直接選挙で選ぶことになっていて、任期中の大統領はしばしば「エリゼ宮(大統領府)の賃借人」という恩着せがましいあだ名で言い換えられ、その役目にまつわる待遇は逐一、注目の的となる。
「重さ5トンのベンツ」「手榴弾攻撃にも耐えるビーエム」世界のVIPが乗る「防弾仕様車」が安全すぎた
大統領府で催される海外首脳や賓客との晩餐会やランチのメニューと同じぐらい重要なのが、就任直後のパレードで乗る大統領専用車両だ。古くは7年ごと、2002年以降は5年周期で、ちょうど市販車のモデルチェンジに近いため、大統領専用車はフランス人にとって歴史と進化の記憶でもある。
再選濃厚なマクロンは「プジョー5008」を愛用
今年の注目は、現職のエマニュエル・マクロン大統領が再選を果たせるかどうか。極右やポピュリスト候補が力を蓄えたとはいえ、3月頭にようやく立候補を表明し、ロシアのプーチン大統領とのパイプ役を買って出ているマクロン大統領は、とくに選挙キャンペーンらしいことをせずとも支持率が上向いており、故ジャック・シラク氏以来の2期目を務める公算が高い。
そのマクロン大統領が初当選後の2017年5月14日、大統領叙任式で乗った最新世代の大統領専用車は「DS 7クロスバック」。
でも華美に見られることを嫌ったか、その後の公務でマクロン大統領はむしろ「プジョー5008」の後席に収まっていることが多く、革命記念日のパレードはわざわざ「ACMAT TPK 420 VCT(アクマット・テーペーカー・キャトルサンヴァン・ヴェーセーテー)」という陸軍の将校用車両に乗り込んでいる。最新のフレンチ・ハイエンド・サルーンである「DS 9」が、新たな大統領専用車として採用されるかどうかは、かなり微妙だ。
影が薄かったオランド前大統領は「DS 5」
前任者、2012~17年の1期を務めたフランソワ・オランド前大統領は、「DS 5」のルーフからシャンゼリゼ通り両脇の観衆に手を振った。マクロン大統領と「DS 7クロスバック」のときもそうだが、叙任式パレードは大雨に見舞われた。DSの担当者は、大統領府の車両係からビショ濡れになった内装をどうしたらいいか、相談の電話を受けたという。「まんべんなく濡れているのなら、良質のアニリンレザーを使っていますから、タオルで拭き取って自然乾燥するだけで十分です」。そう答え、その後は大統領府からクレームが来ることはなかったという。
リヤだけオープンになったサルコジ元大統領の「607」
さらにその前の大統領、2007年の就任式で「プジョー607パラディーヌ」という、ド派手なリヤシート・コンバーチブルで現れ、注目と同じぐらい顰蹙を集めたのは、派手好きで知られたニコラ・サルコジ元大統領だ。今は無きコーチビルダー「ユリエーズ」社がボディのストレッチとランドーレ・リムジン化、そして電動格納式のリヤルーフを手がけていたが、じつは前任のジャック・シラク元大統領がオーダーしていたらしい。サルコジ元大統領に見送られて大統領府を「シトロエンC6」で去る彼の映像に、誰もが時代の節目を感じたものだ。
ひのき舞台ではシトロエンにこだわったシラク元大統領
というのもシラク元大統領といえば、大のシトロエン党で、最後までシトロエンだったからだ。シラク元大統領のイケイケ・オヤジぶりとシトロエンの蜜月で有名なエピソードは、1995年の初当選の夜。当時パリ市長だったシラク元大統領は市庁舎から「CXプレスティージュ」の後席に乗って現れた。折しもパパラッチ全盛期、瞬く間にタンデムシートにカメラマンを乗せた各テレビ局のバイクに囲まれ、白バイに先導されながら市内でカーチェイスとなった。叙任式前の、ほとんど「非公式パレード」映像は、今でもネット上で伝説となっている。
ド・ゴールイズムの継承者を自認していたシラク元大統領は、普段の公用車は「ルノー・サフラン」や「ルノー・ヴェル・サティス」、「プジョー607」などにも乗っていたが、公務でここぞの場面では必ずシトロエンを選んできた。というのも、長年のライバルで左派のミッテラン元大統領は1981年の就任以来、戦後直後は創業者が戦犯指定されたせいで国家としては体裁の悪かった公団ルノーから、「ルノー30」に始まり、「ルノー25」、「サフラン」を乗り継いでいた。その間、首相~パリ市長だったシラク元大統領の代名詞は、当時最新の「シトロエンCX」、次いで「シトロエンXM」だったのだ。
そのシラク元大統領が1995年、念願の大統領として初の叙任式パレードに選んだのは、「2-PR-75」のナンバーをもつ「シトロエンSMプレジデンシャル」。シラク元大統領のフィギュア付きでミニカー化されたほど人気だった。余談ながら、サルコジ元大統領の「パラディーヌ」もミニカー化されたが、フィギュアの背が必要以上に小さいところが、逆の意味でフランスらしかった。
SMプレジデンシャルはコーチビルダー「アンリ・シャプロン」の手で4ドア&フルオープン化され、ド・ゴールの側近から第五共和政の2代目大統領となったジョルジュ・ポンピドゥ元大統領が、1972年に英国のエリザベス2世女王の訪仏を機にオーダーした、大統領専用車両のなかでも全盛期テイストの1台だ。2004年にふたたびフランスに女王を迎えたシラク元大統領は、このSMを差し回したのだが、警備上の理由か女王が気乗りしなかったか、ソフトトップが開け放たれることはなかった。
第五共和制で最初の大統領車は意外な「シムカ」
お気づきの通り、大統領専用車は当代につき1台ではなく、大統領府では同時に数台が管理されている。ミッテラン元大統領以前ポンピドゥ元大統領以後の大統領、ヴァレリー・ジスカール・デスタン元大統領は「DS21」、「プジョー604」、「DS23」さらに「シトロエンCX」へと乗り換えた。
いずれ、大統領と専用車のイメージを決定づけたのは、軍服姿のあのシャルル・ド・ゴール元大統領とシトロエンの「トラクシオン・アヴァン」だが、第五共和制で第1号の大統領専用車として制式採用されたのは、意外や「シムカ・プレジデンス」だったりする。そういう意味でも、シトロエンもクライスラーも飲み込んだ「ステランティス」グループは、必然だったかもしれない。
テロリストからド・ゴール元大統領を救った「DS19」
大統領専用車がフランスで重大な意味をもつ事件が起きたのは、1962年8月22日。パリ南西郊外のプチ・クラマールで、帰宅中のド・ゴール大統領を乗せた「DS19」が、当時のアルジェリア独立反対派に機関銃で襲撃されたのだ。約150発の発砲弾のうち20発ほどがクルマに命中し、頭の高さで貫通した弾すらあったが、ド・ゴール元大統領本人と夫人、同乗の大佐と運転手は奇跡的に無傷だった。しかもDS19は両後輪がパンクし、ウインドウ1枚が割れながらも走り続け、襲撃から逃げおおせたという。かくしてフランスのクルマ好きはしばしば、「FFだから事なきを得られた」と解釈しがちだったりする。
心地がついてからド・ゴール元大統領は、「トランクの鶏(丸鶏で未調理)は大丈夫かな」と言ったとか言わなかったとか。おそらく後世の脚色で、実際には「かすっただけで済んだな」と述べたらしい。現在もこのDS19はコロンベイ・レ・ドゥ・エグリーズのド・ゴール記念館に展示されている。
重厚長大ゴテゴテな「DS21プレジデンシャル」
もう1台、ド・ゴール元大統領の専用車として名を馳せたのは、1968年に大統領府に納められた「シトロエンDS21プレジデンシャル」ことナンバー「1-PR-75」の車両だろう。全長6.53m×全幅2.13×全高1.60mの特装ボディで、重量は2066kgに達した。これも都市伝説では、ド・ゴール元大統領がアメリカ大統領専用車より大きく立派であることを条件にオーダーしたといわれるが、どうやら周囲の忖度だったらしい。本人は運転手との仕切りガラスが嵌め殺し固定のため、直接に話しかけられない点が、ひどく気に召さなかったそうだ。
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