かつて、メルセデス・ベンツといえば大きな高級車、というイメージが強かったが、現在ではAクラスやBクラスをはじめ、小型車のバリエーションも増えた。そんなメルセデス・ベンツの小型車の歴史を何回かに分けて振り返ってみたい。
前衛的なスタイルと前輪駆動で注目されたAクラス
前回に紹介したスマートとほぼ同じ時期だが1年前の1997年に、Aクラスが発売された。Aクラスは本丸のメルセデス・ブランドの小型車であり、長らく続いていたメルセデスの小型進出計画の、真打ちともいってよいクルマだった。
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鳴り物入りで登場したAクラスは、前衛的というイメージに満ちていた。まずとにかく、「あの大型高級車のメルセデス」が、ついに小型車をつくったということがある。1980年代に190シリーズ(のちのCクラス)を出していたが、Aクラスはそれよりもはるかに小型で、全長はわずか3.6m弱しかなかった。
そしてメルセデスとしては初のFF(フロントエンジン フロントドライブ:前輪駆動)を採用していた。今さらのFFというのは「後衛的」で、この時点でFFをつくってない主要メーカーは、あとはBMWだけという感じだったが、AクラスのそのFF方式は独創的だった。天下のメルセデスが小型FF車をつくるなら、今さら平凡なものではメンツが立たないという自負もどこかにあったのだろう。エンジンを前側に59度傾けて搭載し、衝突時に床下にエンジンを落とし込むという独自の設計を採用し、短い全長で衝突安全性と室内長を確保した。そのためにシャシを二重構造にしてフロアを高くしているのもポイントだった。
さらに、真に前衛的なのは、次世代動力を考慮した設計となっていたことだ。その二層式フロアの床下に、燃料電池ユニットやEVのバッテリーを搭載することが想定されていたのである。とくに当時、燃料電池は期待の新動力として注目されていた。
世に現れたAクラスは、見た目もいかにも新しく、保守的な3ボックスセダンだった従来のメルセデスのイメージを打ち破るものだった。それでいて伝統のグリルとスリーポインテッドスターがフロントにデザインされ、間違いなくメルセデスに見えた。
老舗のメルセデスがつくる革命児Aクラスは当然、注目された。ところがある種のスキャンダル的なことで、出鼻をくじかれた。同じ二重構造フロアを持つスマートと同じく、横転が問題になったのだった。北欧で行われるエルク・テストという、ヘラジカを避けるために急ハンドルを切るテスト走行で、Aクラスが横転。待ってましたとばかりに、これが世界的に話題をさらってしまった。
とはいえ、結果的にはメルセデスはこの事態に適切に対処した。設計変更や手厚いユーザー対応を行い、むしろメルセデスの自動車づくりの姿勢が再評価されるくらいになったほどだ。かくしてAクラスは、無事に成功への道を歩むことになる。
メルセデスは戦前の1930年代に、革新的なRR小型車の130/170Hを市販したが、失敗作に終わり、定着しなかった。21世紀目前に誕生したAクラスは、その再来というべき斬新な設計の小型車だったが、今回は見事にメルセデスの一員として定着。その後ファミリーを増やして、Cクラスとともにメーカーの主力車種にまでになる。ただし「斬新な設計」は2代目モデルまでだった。その理由については次回に述べることにしよう。(文:武田 隆/写真:メルセデス・ベンツ)
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