2022年までのFIA F2参戦を経て、2023年はヨーロピアン・ル・マン・シリーズ(ELMS)のLMP2クラスに挑戦し、ランキング2位となった佐藤万璃音。2024年もELMSのLMP2クラスへ継続参戦しつつ、新たにWEC世界耐久選手権に参戦するマクラーレンのLMGT3プログラムのドライバーとして、ユナイテッド・オートスポーツから世界選手権デビューを果たす。スポーツカーレース参戦初年度を終えた万璃音に2023年シーズンの戦い、そして2024年シーズンのレース活動について聞いた。
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GTスペシャリストを探すユナイテッドAS。佐藤万璃音は“プロ”枠でマクラーレン720S GT3をドライブへ
──2023年はプロトタイプカーに初めて乗りました。また、3人で1台を走らせるという形態のレースも初めてだったと思います。ELMSのクルマ、LMP2というクルマの走らせ方へのアダプトは問題ありませんでしたか?
「特別、難しいクルマではありませんでした。それまで乗っていたFIA F2のクルマに比べると多少重さの違いはありますが、LMP2もそれほど極端に重いクルマではないし、あまり難しくは感じませんでした。当初、僕が慣れなかったのは、セットアップを進めるのは自分だけではないし、常に自分が乗っているわけでもないので、たとえば僕が最初に乗るのが10時で、次に乗るのが13時だとしたら、もうぜんぜん違うクルマになっているという状況です。“あれ? こんなクルマだったっけ?”と感じるときはありました」
──それはほかのドライバーが乗ってセットアップを変えたからという意味ですよね?
「はい、そうです。もちろん、セットアップを進めているチームやドライバーの方向性を否定しているわけではなく、いろいろなテストをしているうちにあれを変えてこれを変えてとどんどん進めて行って、自分が乗ったときに“あれ? ぜんぜん違うクルマだな”と感じたりする状況はよくありました」
──それはドライバーによって、決勝でどのあたりを重視しているからとか、予選に向けて一発のタイムを出すからだからとか、そういう事情も含んでいるのでしょうか?
「いや、僕らの場合はひとつのセッションで常にどちらかに集中していました。レースウィークでもテストでも、予選用と決勝用をしっかりと分けてセットアップを進めていました。もちろん、ドライバーそれぞれの好みは絶対にあるとは思いますけれど、22号車においては予選用も決勝用も、ドライバーによるセットアップの方向性の差はほとんどないと感じました」
──2023年のELMSを簡単に振り返ります。まず、開幕戦のバルセロナではいきなりスタートドライバーに起用されました。
「はい。複数のクラスが混走する耐久レースの展開としては、スタートドライバーが最もLMP3やLMGTEといった遅いクルマのトラフィックに引っ掛かりにくいわけです。つまり耐久レース、ELMSの経験がいちばん少ないドライバーがスタートを担当するというのがこの手のイベントでは基本的なセオリーです。僕がスタートドライバーを務めたのも単にそれだけの理由です」
──そして決勝の序盤にいきなりタイヤトラブルに見舞われました。
「1周目の第3コーナーで後方集団にクラッシュがあって、そのデブリをセーフティカー(SC)導入中に踏んでしまったのではないかと思います。ピットへ戻ったときにはほぼタイヤが残っていなかったので、実際に何が原因だったのかは判明しませんでした」
──第2戦のポール・リカールは予選でノータイムでした。
「燃圧のトラブルで予選は走れませんでした。それでLMGTEの後ろからのスタートになってしまいました。そもそも第2戦はクルマのパフォーマンスも足りなくて、LMP2クラスの集団までは追いつけたけれど、そこで競り合い順位を上げられるような状態ではありませんでした。また、僕が担当したスティントで後ろから当てられたというのもあって、開幕の2戦は踏んだり蹴ったりでした」
──第3戦のアラゴンでようやく勝てました。本来、狙っていた位置ですよね?
「クルマの調子も良かったし、何もトラブル無くスムーズにレースが進みました。それぞれのドライバーが担当したスティントも、事件や事故もなく無事に終えられました」
──ところが第4戦のスパ・フランコルシャンで再び事件でした。
「本当に踏んだり蹴ったりでした。まず、僕が担当したスタートで後ろから当てられました。また、当てられてグラベルベッドに入ったとき、小さな石ころを拾ってしまったのでしょう。僕がスティントを終えてドライバー交代したあと、その小さな石ころがスロットルペダルの隙間に入り開かなくなってしまいました。勝ったレース以外、たとえ勝てなくてもクラッシュやトラブルに見舞われずあと数ポイントでも手にしていれば、タイトルを取れていただけに残念ですね」
──アルガルベの第5戦と第6戦を2連勝で締めくくったとはいえ、やはりランキング2位では満足できない?
「もちろんです」
■ドライバー・カテゴライゼーション昇格に伴う計画変更
──2024年に向けては2023年9月末、米国IMSAのLMP2参戦がチームから発表されました。
「2024年以降のWECはLMP2が無くなりますし、チームとしてはLMP2が残るIMSAへ舞台を移すという事情がまずはありました。僕自身は2024年もELMSを戦う予定でしたが、やはりそれだけではレースの数が少ないわけです。さらに個人的にIMSAのデイトナ24時間にも出たかったし、これまでヨーロッパしか知らなかったのでアメリカのレースにも興味がありました。だから当初、2024年はIMSAのLMP2とELMSのLMP2という“ダブルプログラム”になると聞かされていました」
──ところがIMSAのLMP2は無くなってしまいました。
「そもそも僕は2023年のELMSをドライバー・カテゴライゼーションのシルバーで戦っていました。自分が担当したオフィシャルセッションは、路面的にもタイヤ的にもトラフィック的にも、決して良いコンディションではありませんでした。ラップタイムだけで見れば僕のカテゴライゼーションは2024年もシルバーと確信していましたし、またそうなるようにチームも僕のラップタイムを抑えるような作戦を実行していました」
──それでもFIA(国際自動車連盟)は2023年10月頭に万璃音選手をシルバーからゴールドへ昇格させました。
「正直、公平性があるかと問われれば首を傾げますね。シルバーで僕よりも速いラップタイムを記録していたドライバー、もちろん彼らは良いコンディションのもとでの走行なので速いのはとうぜんですけれど、それでもシルバーを維持したままという例もあります。今回のFIAの判断によって、チームはIMSAのドライバーラインアップからは、ゴールドになった僕を外さざるを得なくなったのだと思います」
──IMSA参戦が無くなったとはいえ嬉しい報告もありました。
「はい。2024年のWECでLMGT3へマクラーレンから参戦するという話が急に舞い込みました。チームとしてELMSだけでなくWECでも僕をしっかりと起用したいという申し出がありました。ELMSだけという話ではなく、またIMSAで別のチームからという話でもなく、2024年はユナイテッド・オートスポーツからWECとELMSへ並行して参戦できる話だったので嬉しい限りでした」
──参戦するシリーズはともかく、GTカーで戦いたいという希望はそもそも持っていましたか?
「レーシングドライバーとして、2024年から新設されるLMGT3でWECに参戦できるなんて、素晴らしいことと思いました。しかも、マクラーレンというブランドを背負う話でしたから、すごく誇らしく思います」
──すでにマクラーレンのLMGT3カーをテストしていますよね?
「はい。ポルトガルのエストリルで走りました。FIAヨーロピアンF3選手権を走る前年(2016年)の12月以来、久しぶりにあのサーキットへ行きました。今回、数年前と同じシーフードレストランを訪れて、いろいろと当時の記憶が蘇り懐かしかったですね」
──初めてのLMGT3カーの印象はいかがでしたか?
「やはり難しさはありました。常にクルマの重さを感じますし、クルマの動きの時間の掛かり方など。それに電子制御、ABSにはやや苦戦しました。思い切りブレーキを踏んであとはクルマに任せてしまえと言われても、なかなかうまくは行きません。データを見るとすごく綺麗にブレーキを踏んでいるけれど、実際のところクルマは止まっていない(苦笑)。ブレーキングに関する自分のイメージと、実際にブレーキを踏まなくてはいけない量が合っていなかったようです」
──WECのLMGT3カーに関してはまだチームメイトが決まっていませんね?
「はい。兄弟車である59号車のプロは決まっていて、95号車のプロも僕と決まっていますけれど、そのほかのドライバーはまだ決まっていません。とにかくWECに関しては、僕らゴールドのプロがほかのシルバーとブロンズのドライバーを引っ張っていかなくてはなりません。とはいえ、狙っているラップタイムなどは先日のエストリルテストで手応えを得ていますから、そのあたりはかなり自信があります」
──とはいえ、ユナイテッド・オートスポーツがGTカーを走らせるのは久しぶりでしょう?
「クルマが新しいという事情もあって、まずはチームとしてセットアップをどれだけ詰めて行けるかでしょう。また、ほかのマニュファクチャラーは豊富な経験を持つチームやドライバーと長年の付き合いがあるわけで、彼らとのそうした差をどれだけ早く埋められるかに掛かっていると思います」
──さて、ELMSはチームメイトがすでに決まっています。2023年とは違うメンツです。
「ベン・ハンリーはフェリペ・アルバカーキの代役として、2023年WECのLMP2でもユナイテッド・オートスポーツで乗っていて、もちろん速いしLMP2での経験も豊富です。まったく知らない人でもないし、人柄も良さそうですし悪くないですよ。ただ、耐久レースというのはドライバーの組み合わせが非常に大事なので、実際に3人で乗ってみないと分からないという感じです」
──もうひとり、フィリップ・ウグランという若手を加えてのELMSの最初のテストはいつですか?
「まだ聞かされていないというのが正直なところです」
──それにしても、2024年はWECが8大会でELMSが6大会と、2023年に比べると忙しくなりそうですね?
「2023年はELMSだけでレース数が少なかったので、忙しくなるのは嬉しいですね。ただし、WECはすべて“フライオーバー”ですし、ブラジルもアメリカも中東も日本もあります。秋がけっこう厳しいですね」
──初めて走るサーキットも多いでしょう?
「経験の無いサーキットは事前に練習したいので、シミュレーターを最大限に活用できるよういろいろと策を練っています」
──さて、2024年の目標としてELMSは2023年に惜しくも逃したタイトル奪取でしょうけれど、LMGT3カーで初参戦となるWECの目標はどこに据えていますか?
「まず、僕個人ではなく我々マクラーレンのメンバーにとって、約30年ぶりのル・マン24時間参戦と、1995年ル・マン24時間の総合優勝という背景があります。マクレーレンとしてあるいはユナイテッド・オートスポーツとして、2024年のル・マン24時間はLMGT3カーでクラス優勝を狙うというのが最大のテーマです。そのうえでシーズンのタイトル獲得も狙います」
──その夢の実現の可能性はどれくらいでしょう?
「今回のプログラム自体、まだ始まったばかりで自分たちがいまどこに居るのかは開幕戦を見ないとわかりません。でも、ル・マン24時間は勝ちたいですね」
──将来的な話になりますが、マクラーレンにもWECハイパーカーのプログラムがあるとかないとか?
「僕がいちばん知りたいです(笑)。ヨーロッパの自動車レース業界では既定路線のように話されていますけれど、どうでしょうね?」
──いずれにせよ、ハイパーカーでWEC参戦というのが万璃音選手の究極の目標でしょうか?
「究極の目標ではなく、ひとつのチェックポイントとしてハイパーカーに乗りたいですね。加えていろいろなレースへ参戦したいし、再びF1のクルマには乗りたいと思っています。現状、そのF1カーを走らせている、またインディカーを走らせている、マクラーレンと非常に近い関係にある現在は最高の環境ではないかと思います」
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