「伝説の名車」と呼ばれるクルマがある。時の流れとともに、その真の姿は徐々に曖昧になり、靄(もや)がかかって実像が見えにくくなる。ゆえに伝説は、より伝説と化していく。
そんな伝説の名車の真実と、現在のありようを明らかにしていくのが、この連載の目的だ。ベテラン自動車評論家の清水草一が、往時の体験を振り返りながら、その魅力を語る。
トヨタの“本気革命”はここから始まっていた! レクサスIS Fの魅力と知られざる真実
文/清水草一
写真/トヨタ
■大人気モデルのオリジナルとは?
5.0L V8エンジンを搭載したレクサスのスポーツセダン、IS500 Fスポーツパフォーマンスが、”おっさん殺し“として話題だ。500台限定のファーストエディションには6000件の応募が殺到し、10倍以上の競争率の抽選となった。かく言う私も、次の抽選販売に参加するつもりでいる。なにしろおっさんですから!
「IS500」は2022年8月に新規追加された、現行型ISのパフォーマンスモデル。大排気量NAスポーツという点でも「IS F」に通じるものがある
ところでこのIS500は、「レクサスIS Fの再来」と言われている。正確には、IS500の肩書(?)は「Fスポーツパフォーマンス」だが、IS Fのそれはズバリ「F」。もちろん富士スピードウェイのFである。レクサス、いやトヨタとしては、IS FのほうがサーキットもOKの本気マシンであり、IS500は公道用。IS Fのほうが格上なのだ。
IS500に乗ると、「これが格下!?」と思うしかない素晴らしいパフォーマンスだが、それより格上だったIS Fとはいったいどんなマシンだったのか。私に言わせれば、IS Fは、トヨタの革命児だった。
この4月に会長に退く豊田章男氏が社長に就任したのが2009年。そこからトヨタの「もっといいクルマを!」革命が始まったが、実はその2年前に革命は起きていた。それほどまでにIS Fの走りは衝撃的で、それまでのトヨタの堅実イメージを粉微塵にしてくれた。
最初の試乗会は、2007年秋、富士スピードウェイで行われた。その時点で、堅実なトヨタらしくない冒険だったが、中身は「F」の名に恥じないものだった。当時の私は、以下のようなインプレッションを記し、その衝撃を読者に伝えようとした。
■デビュー当時に記された”過激さ”
2007年、当時の2代目ISに追加される形で登場した「IS F」。エンジンだけでなく、トランスミッションやサスペンション、アルミホイール、タイヤまで専用開発された
レクサスIS F。レクサスで一番小さい ISに、なんと5.0L V8エンジン(423ps!)を搭載した、メルセデスベンツ C55AMGばりのスーパーセダンだ。ちなみに末尾の「F」は、富士スピードウェイのF。先日のF1は大失敗だったが、試乗コースはその富士だ。血がたぎるぜ。
とは言っても石橋を叩いて渡るトヨタ。乗ったら「やっぱりか」みたいなクルマじゃないかと思ってたんだけど、発進した瞬間にブッ飛んだ。「なんじゃこりゃあああああぁぁぁぁぁ~~~~!」
まさにAMGそのものの迫力ある乾いた低音が、カッコよくナナメに配置されたデュアルマフラーから「ブオオオオオ」と吐き出され、3600rpmからは管楽器のような「コオォォォォ~~~」という吸気音に変化。回すにつれてトルクはドカンと盛り上がり、AMG以上の迫力だ。そのまま6800rpmからのレッドゾーンまで、BMW M3並みに超絶ナメラカに突き抜ける!
ミッションはスーパーダイレクト&スポーティな8速AT。変速油圧をウルトラ高めて電子制御しまくり、変速スピードはフェラーリのセミAT「F1スーパーファスト」をも上回る。信じられん! トヨタがこんな過激なクルマ作るなんて!!
VSCスイッチをオフにして富士の濡れた路面を攻めれば、V8の大パワーによりコーナー立ち上がりでいともたやすくドリフトモードに。フツーのオヤジが運転したてら即死だろ! スバラシイ! もちろんオフにしなきゃ大丈夫です。
このクルマ、日本国内の販売台数はたったの月40台。アメリカでは400台だそうで、10分の1やんけ。まったく最近の日本人はフヌケよのう。
■気合いの入ったサーキット仕様の装備群
当時のレクサスのデザインフィロソフィ「L-finesse(エル・フィネス)」をベースに、ダイナミックさとシンプルさを併せ持つデザインを実現
IS Fは、ルックスも最高だった。ボディサイズは、全長×全幅×全高=4660(+85)×1815(+20)×1415(-15)mm。カッコ内はスタンダードなIS比である。エアインテークを広くとって大型化したフロントバンパー、大排気量エンジンを示唆する盛り上がったボンネット。フロントフェンダー後部にはエアアウトレットが設けられ、サイドスカートが付き、リアにはこれまた専用にデザインされたリアパンパー。極めつけは、八の字型になった4本出しのマフラーエンドだった。
IS Fに搭載された5.0L V8「2UR-GSE」エンジンは、423ps/6600rpmの最高出力、51.5kgm/5200rpmの最大トルクを発生する。4カム4バルブのヘッドはヤマハが開発を手がけた。カムを下から支えるハウジングとシリンダーヘッドが一体化構造となり、剛性が増しているのである。吸気側には可変バルブタイミング機構が搭載され、通常のプライマリーポートに加え、3600rpm以上で開くセカンダリーポートが加えられている。
IS Fで特徴的なのは、ガチでサーキット走行を想定していることだ。コーナリング時の横Gに対応するため、オイルの潤滑はスカベンジングポンプを使って強制的に行われ、燃料タンクは、片寄を抑えるためサブタンク構造。水冷式のオイルクーラーも装備されている。
トランスミッションは、LS460用の8段ATを、IS F用にモディファイしたもの。トルコンが働くのは1速だけで、2速より上は常にロックアップ機構により直結される。こちらもスポーツ走行時の対策として、空冷式のATFクーラーが備わっている。
ブレーキも気合が入っていた。トヨタ初採用のブレンボ製ブレーキシステムは、大径ドリルドローター、フロントに対向6ポット・リアに対向2ポットのアルミモノブロックキャリパーを採用していた。強力なエンジン出力に対応し、ストッピングパワーもしっかり強化されていたのである。
ただ、それでもレーシングドライバーからは「トラクションが足りない」との不満が出た。そこでトヨタは、2010年モデルからトルセンLSDを採用。解決を図った。実際にIS Fでサーキットを攻める人なんてほとんどいなかったのでは? と思われるが、そんなことは問題ではない。すべては、トヨタが本気ブランドへ脱皮するために必要な措置だったのだ。
これだけ気合の入ったクルマにもかかわらず、当時の日本ではまったく熱狂は巻き起こらず、販売は低調だった。現在はIS500がこれほどの大人気になっているというのに。IS Fは、中古車相場も決して高くない。現在の平均相場が約270万円。発売時の新車価格766万円を考えると、ごく普通のモデルに近い下落ぶりだ。つまり、ものすごくお買い得ということでもある。
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所詮二番煎じで並んだ並んだと大騒ぎしても喜んでるのはトヨタ信者だけ