メルセデス・ベンツが新しい2ドアクーペ「CLE」を発表した。欧州車には同形状のモデルが未だ数多くあるが、なぜか? 今尾直樹が考えた!
クーペと馬車
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さる7月6日、メルセデス・ベンツがミディアム・クラスの新しい2ドアクーペ、CLEクーペを世界初公開した。「欲望によって形づくられた(Shaped by desire)」というキャッチコピーが示すように、シャークノーズとふたつのパワードームをボンネットに備えた、最近のメルセデス共通の精悍なルックスを特徴とする。
でもって、興味深いことに、これまでのCクラスのクーペとEクラスのクーペのマーケットを、これ1台に統合して引き継ぐ。
全長4850×全幅1860×全高1428mmというサイズは、現行Eクラスのクーペに近い。より正確には15mmだけ長い。Cクラスのクーペとの比較だと、164mm長くて、50mm幅広く、23mm高い。2865mmのホイールベースは、Cクーペ比+25mm、Eクーペ比だと−8mmになる。
ということは、大雑把に申し上げると、大は小を兼ねる、ということで、車種整理の一環ととらえることもできる。あるいは、さほど違わない寸法のところに2台もクーペがあった、ということが奇跡だったのかもしれない。
そして、それでもクーペを残した。というところにメルセデス・ベンツの老舗としての意地と矜持、粋がある。
そこで、編集部から「CLEクーペの登場をきっかけにして、欧州車にはなぜクーペが多いのか?」というお題をいただいたこともあって、私なりにお答えしたい。
そもそもクーペというのは馬車のタイプを指したもので、語源はフランス語のcoupéだとされる。鹿島茂著『馬車が買いたい!』(白水社)によると、馬車のクーペは次のようなものだった。
「まずクーペはわれわれが馬車という言葉で連想するイメージにもっとも近い『定番』的な馬車である。基本は四輪・有蓋の箱馬車ということだが、座面が前方だけを向き、向かい合わせになっていないという点がもう一つの四輪有蓋の高級箱馬車(ベルリーヌ)とは異なっている。語源的には、ベルリーヌを真ん中から切った(クーペした)馬車ということで、二頭立て二人乗りが原則である」
同書によると、19世紀のフランスでリッチな生活を送るには二人乗り二輪馬車(チルビュリー)と箱型四輪馬車(クーペ)が必要だった。当時のハイソサエティでは昼間の散歩や訪問には無蓋の馬車、夜の訪問には有蓋の箱馬車という不文律があったからだそうで、馬車のないダンディなんてのはあり得なかった。
老舗は文化・伝統を守り続ける鹿島茂はほかにもこう記している。
「小説の中で午後から夜の時間にかけて、たとえば劇場へ出かけるときに登場する高級馬車なら、まずクーペと考えて差し支えない」
「また、何台かの馬車を使い分けていた裕福な家でも、主人の乗る『正』馬車はクーペと決まっていたようだ」
ニッポン人は平安時代の牛車とか江戸時代のカゴとかを見て、あれに乗りたい……という憧れを抱くことはないけれど、ヨーロッパのひとたちにとって、自動車を「馬なし馬車」と呼んでいたくらいだから、馬車と自動車は乗り物として歴史的につながっている、という想像が成り立つ。
自動車界の名門であるメルセデス・ベンツがクーペにこだわるのは、歴史と伝統を重んじる老舗であることの意地と矜持、粋なのである。だから、たとえ儲からなくても、クーペを出し続ける。老舗には文化・伝統を守り続ける義務がある。
自動車界のもう一方の名門はアルファ・ロメオにも、フィアット傘下に入るまではセダン、クーペ、そのオープンが必ず用意されていたし、いまもクーペの登場が熱望されている(と思う)。
あ。イギリスの名門、ロールス・ロイス、ベントレーの場合はもっとわかりやすい。どちらもハイエンドのスーパーラグジュアリーである。フォルクスワーゲングループになったベントレーのが最初に発売したのは「コンチネンタルGT」は2ドアクーペだったし、BMWロールスが最近発売した同社初の電気自動車、「スペクター」は2ドアクーペである。
これは、「何台かの馬車を使い分けていた裕福な家でも、主人の乗る『正』馬車はクーペと決まって」いるから、ではあるまいか。
文・今尾直樹 編集・稲垣邦康(GQ)
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