クルマ造りの本質がわかるエンジニア達の語録
これから紹介する内容は、筆者が1970年初頭から1980年代にメルセデス・ベンツのオーソリティから教わった内容で、エンジニアから聞かされてきた、いわばメルセデス・ベンツのエンジニア達の語録。当時のノートにそのつど記録した内容をまとめたものです。
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古臭い話である事は確かですが、メルセデス・ベンツがどのようなクルマ造りをしてきたかを端的に知る事ができ、エピソードとしては興味深いでしょう。
まずは、本題に入る前に知っておきたいのが、ヤングクラシック・メルセデスの存在。2代目Sクラス/W126(1979~1991年)、初代Eクラス/W124(1984~1996年)、新世代コンパクト190シリーズ/W201(1982~1993年)、3代目SL/R107(1971~1989年)であると言えます。現在も根強い人気を誇る名車ばかりですが、どのようなクルマ造りの思想が行われてきたのでしょうか。
シャーシはエンジンよりも速く
「走る」「曲がる」「止まる」を追求し、メルセデス・ベンツの技術陣が到達した独自の設計哲学。つまり、シャーシを構成するサスペンション、ステアリング、ブレーキ、タイヤなどの要素は、エンジン性能をフルに発揮し、最高速度で走る時でも充分な余裕を残さなければならないという発想です。 仮にもパワーを持て余す様なロードカーは好ましくない。常にメルセデス・ベンツは「誰でも安全に運転できるクルマ造り」を心がけているからです。
メルセデス・ベンツの考える理想的なサスペンション
ハンドリングのコンセプトは極めてニュートラルに近い、弱アンダーステアが基本。高速走行やコーナリングから悪天候での走行まで、あらゆる状況下でも常に的確で高い走行安定性を確保することを目的に設計しています。
設計の特徴として心がけていることは、スプリングとダンパーを別々に配置し、各々の性能を存分に発揮させること。最適な値はモデルによって異なるが、方向性としてはスプリングレートは低めに、逆にダンピングレートは硬めに設定。特に乗り心地や安全性が二の次にされがちな小型車にこそ、最優先すべきとも考えているわけです。
あえて細目のタイヤを選択する理由
タイヤの選択はハンドリングと乗り心地を大きく左右するもの。メルセデス・ベンツのタイヤ選択は、常にこの2つを絶妙にバランスさせるポイントを見定める事から始まっています。経験上、そのバランスが良くならなければ、オーナーを満足させる事はできない。だから、たとえライバル車種が太いタイヤをアピールポイントにしても、メルセデス・ベンツはそれに迎合することはないのです。 また、アメリカ市場がスプリングを柔らかくと要求しても、答えは同じ。結論として、常にオーナーが安全にドライブできる様に、路面の情報を正確に伝える事が重要。結果、乗用車からスポーツカーまで常に競合車に比べて細目のタイヤを選択してきたわけなので、メルセデスならではの乗り心地や付き合い易さといった感覚が長年引き継がれているのです。 誰が運転しても安全なハンドリング特性も、各々の時代のオーナーを納得させてきた重要な要素といえるでしょう。
メルセデス・ベンツのシートが硬めなのはなぜか
確かに硬めだが、硬すぎることはない。座面や背もたれが柔らかすぎると、身体が沈み込んで動けないため血行に良くない。そして、いったん姿勢が崩れると修正に力が必要なので、それが積もり積もって神経も疲れさせてしまう。 一方、硬めのシートはクルマの動きに合わせて自然に少しずつ体が移動するので、血液循環にも良い。さらに解剖学的見地からは、ドライバーの背中がシートに密着していることが重要。着座状態でドライバーの膝の曲がる角度が約120度になるように設計されている理由は「ペダルを踏みやすい角度」だから。 座面は膝裏に達するほど長いと、血液の循環を損ねて好ましくないわけです。
ステアリングホイールが大きいのはなぜ?
メルセデス・ベンツのステアリングホイール径は、ドライバーが自然に手を伸ばして握れる様に平均的な肩幅の広さに合わせています。 これは握り部分が細ければ「手の血行に影響を及ぼすので避けるべき」とという発想。ある程度の太さを確保したのは、握る力も小さくて済むと同時に疲労も軽減できると考えた結果なのです。
なぜコクピット・スタイルの運転席を好まないのか
メルセデス・ベンツは運転席を「コクピット風」にはしない。研究を積み重ねた結果、スポーツムードよりも「実用ムード」を大切だと決めているから。レーシングカーのようなコクピット・スタイルを考えていないのは、運転席は適度な余裕を持ち、落ち着いた座り心地も良くなければ、長時間の運転で疲れてしまうからです。 一般の人がレーシングカー的なコクピットに座わらされたら、一体どの位の時間、その閉塞感に耐えられるのでしょうか。実用車はどんな条件下でも気持ち良く運転できることが最も重要。これも欠かせない「安全性」なのです。
ヤングクラシックのアイコン「サッコパネル」
1980年の代表作として、前述の通りヤングクラシック・メルセデスといわれるモデルが存在します。その特徴を印象付ける外装といえば「サッコパネル」。名匠であるブルーノ・サッコ氏が、合理的な直線基調でも飽きることなく存在感を強調し、側面衝突時の衝撃を和らげるためにボディの下半分に装着した樹脂製パネルのことです。 そこで、サッコパネルを採用したヤングクラシック・メルセデスの4モデルを紹介しましょう。
2代目Sクラス/W126(1979~1991年)
徹底した空力特性の向上と軽量化。当時の量産車トップのCd=0.36を誇り、高張力鋼板、樹脂やアルミを採用した軽量化で無理にハイパワー化を図る事なく高性能を実現した最高級サルーン。
初代Eクラス/W124(1984~1996年)
ボディバリエーションはセダンからカブリオレまで豊富。伝統的な高級車のクルマ造りを払拭し、空力特性向上を図った結果、Cd値0.29という当時としては極めて優れた数値を実現しました。マルチリンク式リアサスペンションに象徴される革新的なシャーシ設計で、軽量化を施したボディも相まって優れたハンドリングと乗り心地を確保。未来を先取りした設計哲学で、世界の高級車のスタンダードとなりました。
新世代コンパクト190シリーズ/W201(1982~1993年)
メルセデスの革命児として新世代コンパクトセダン「190E」は1982年に誕生。きっかけは米国の燃費法の施行に対処するためです。日本の5ナンバー枠に収まる寸法にも関わらず、走行安定性には定評があり当時のSクラスの縮小版とも言われました。その主な要因は、世界初の革新的なマルチリンク式リアサスペンションの採用にありきです。
3代目SL/R107(1971~1989年)
伝説の初代300SLガルウィングクーペを受け継いで1971年に登場した3代目「SL(R107型)」。1970年は米国で特に横転時の安全性が強化され、フルオープンカーの大半が生産打ち切りとなってしまいます。メルセデス・ベンツの技術陣は独自の革新技術でAピラーの剛性を徹底強化し、横転しても安全で変形しない強度を持たせました。キャンバストップとハードトップを備え、オールシーズンで楽しめるクルマです。
いまだに色あせないメルセデス・ベンツの懐の深さ
このようにメルセデス・ベンツのクルマ造りには、一貫したポリシーがあり、その時代の最高の技術を反映させ、安全で高品質なメルセデス・ベンツを開発することにあります。
なかでもヤングクラシック・メルセデスは、全てコンピューター制御された最新のクルマでは味わえなくなった安全で高品質な技術と、機械が好バランスで生み出すクルマ造りの良さが魅力。インテリアはシンプルで解り易く、シートはしっかりと身体を受け止めロングドライイブでも疲れない構造。計器類やスイッチ類は機能的で解り易く配置され、初めて乗っても操作に迷う事もなく、走り出せば「走る・曲がる・止まる」というクルマの基本性能を実直なまでに追求している事が伝わってくるのです。 優れた高速走行安定性、しっかりとした手応えのあるステアリング、目指した所に踏力に応じて確実に止まるブレーキ性能や快適な乗り心地など、路面と対話できるクラフトマンシップが生み出す独特な世界に酔いしれ「この時代のメルセデスが好きになる」と乗るたびに実感すると言われています。
「最善か無か」はメルセデス・ベンツのクルマ造りのモットー。ヤングクラシック・メルセデスにこの設計哲学が真に活かされ、現在もメンテナンスに手間を掛ければ乗り続けることが可能である、と言われている所以でしょう。
いまや各オーナーズクラブの集いは花盛り。クルマは飾るものではなく、使うもの。そう思わせてくれる目には見えない魅力があるのです。
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みんなのコメント
190Eも当初は『小ベンツ』と馬鹿にされたものの、運転してみれば納得!
親の車で休日に乗り回しましたが、流石、ベンツは手を抜かないなぁ〜と、関心しきりでした。
今のベンツには、当時のポリシーが全く感じられず残念!!