今世紀に入って以来「コンチネンタルGT」とその係累たち、近年では「ベンテイガ」の大ヒットもあって栄華を極めているベントレーではあるが、1931年から1998年までは「R-R」ことロールズ・ロイス社の傘下に収まり、第2次大戦後はR-Rのパーソナルモデル、あるいはスポーティモデルという位置づけが定着していた。
特に1960~70年代は、ベントレーにとって冬の時代だった。1965年から1980年まで生産されたR-R「シルヴァーシャドウ」一族が総計で約3万2000台も作られたうち、ベントレー版である「T」および改良版の「T2」の生産台数は2280台のみ。つまり、グループ内におけるベントレーの対R-R比率は、約8%でしかないという驚くべき数字だった。栄光のベントレー・ブランドは、文字どおり存亡の危機に瀕していたのだ。
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そんな状況のもと、1980年にデビューしたベントレーの初代ミュルザンヌは、R-Rシルヴァー・スピリットのベントレー版として登場した。かつてW.O.時代のヴィンテージ・ベントレーがル・マン24時間レースで大活躍した歴史にあやかったネーミングではあるものの、その実はプレスティッジサルーンの最高峰、ロールズ・ロイス シルヴァー・スピリット/スパーと何ら変わらない内容を持つ、ジェントルな超高級サルーンに過ぎなかった。
しかし、その2年後の1982年、ル・マン24時間レースの名物コーナーから採られた名前に相応しいモデルが登場することになる。それが、「ミュルザンヌ ターボ」だ。現代のベントレー・ミュルザンヌに搭載されるものと基本的には変わらない6.75リッターV型8気筒OHVユニットにターボチャージャーを装着した、この時代としては超弩級のサルーンだった。
トランスミッションは、GM社製ターボハイドラマティック3速ATを採用。出力はR-R/ベントレーの伝統で未公表ながら、デビュー時のプレゼンテーションでは2.2トンを遥かに超える超ヘビー級ボディを、ル・マンの名物「ユーノディエール」ストレートを舞台に、140mph(約225km/h)でのデモンストレーション走行をおこない、素晴らしいパフォーマンスをアピールして見せた。ちなみに、そのユーノディエールのすぐ先に控える名物コーナーこそ、件の「ミュルザンヌ」なのだ。
ミュルザンヌ ターボはその驚くべき動力性能から、1929~30年に制作され、今なおアイコン的存在である名作「ベントレー ブロワー」の半世紀ぶりの復活……!という手放しの賞賛も受けた。
しかし、あり余るほどのパワー&トルクに、スタンダードのミュルザンヌと大きく変わらない足まわりやブレーキとのマッチングには少々無理があったようで、1985年にはそれらの問題を解決した「ターボR」と、ロングホイールベース版の「ターボR L」がデビューした。
ターボRの「R」は、「Roadholding(ロードホールディング)」の頭文字だ。その名のとおり、ロードホールディングとハンドリングに重きを置いたスポーティサルーンである。ミュルザンヌ ターボと比べるとサスペンションのセッティングは明らかに硬く、ステアリングもずっと重くセッティングされていた。もちろん、ブレーキの強化についても怠りなく、強大なパワーに負けないシャシー性能を得ることになる。
また大型のエアダムスカート、ボディ同色のグリルシェルなど、迫力たっぷりのスポーティなルックスも魅力的だったようで、ベントレー ターボRは、イギリス本国はもちろんヨーロッパ大陸、北米、そしてわが国でも大ヒットした。この功績によって、ベントレーの対R-R比率は大幅に回復し、1990年代には約半数に達することになったのである。
現代ベントレーの各モデルの顔を成している丸型4灯型のヘッドライトや、煌めくような「マトリックスグリル」は、すべてこのターボR時代から採用したデザインアイコンだ。それはベントレーのヒストリーにとって、いかにターボRが重要なモデルであったかを示す、ひとつの証である。
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