科学技術・学術製作研究所(文部科学省管轄)が毎年発表している「科学技術指標」の2018年版(2016年実績)によると、日本の研究開発費(R&D費)は世界第3位、発表論文数は4位、2カ国以上への特許出願数は1位と、2017年と同結果だった。産学共著論文や大学と民間企業の共同研究案件は着実に増加していると言う。しかし、舞台裏には懸念材料も見て取れる。TEXT◎牧野茂雄(MAKINO Shigeo)
先月、IHI(石川島播磨重工業)が愛知県の造船所を閉鎖した。いまや日本の造船トン数は世界シェア19%であり、35%ラインで攻防を繰り広げる中国と韓国の後塵を拝している。日本は船殻製造コストで太刀打ちできなかったと聞いているが、なぜ世界シェアを失ったのかという原因究明は必要だ。負けた理由がわからなければ、その負けを将来に生かせない。
自動車は現在でも「勝ち続けている」と言える。これは戦後日本に自動車産業が生まれてから70年間にわたって莫大なR&D費と多大な努力が注がれてきた結果である。急ぎ足で振り返っても、それはまさに偉業である。
1945年8月15日、日本は連合国側からの停戦勧告を受け入れ武装解除が始まった。国際法上ではサンフランシスコ講和条約が発効された1952年が終戦であり、今年4月で66年を経過した。しかし、自動車産業は政治体制大刷新の混乱とハイパーインフレ下でも、すでに産声をあげていた。自動車産業は翼をもがれた軍用航空機技術者たちの新天地となり、優秀な技術者が集まった。
トヨタでパブリカや初代カローラのチーフエンジニアを務めた長谷川龍雄氏は、空気抵抗の少ない独自の翼断面形状「TH(タツオハセガワのイニシャル)翼」を持ったB-29迎撃用高高度戦闘機の設計主務者を29歳で務めた方だった。スバル360を設計した百瀬晋六氏は、スバルの前身である中島飛行機で空冷星形18気筒「誉」エンジンに排気タービン過給機(つまりターボチャージャー)を装着するプロジェクトを25歳で主導した方だった。航空技術者諸氏が日本に自動車産業のレールを敷いたのである。現在でも航空系学科出身の自動車技術者は、マツダの人見光夫氏を筆頭に少なからずいる。
日本は見事に欧米自動車産業のキャッチアップを果たす。2度のオイルショックに世界が襲われた1970年代、燃費の良い日本の小型車は海外市場でも販売を拡大し、その人気とほぼ平行に北米やアジアでの現地生産を増やした。この過程で本製自動車は米国との間に貿易摩擦を引き起こすが、1990年前後には技術面でも世界をリードする地位を得た。
あの時代を取材したひとりとして筆者が思うことは、好景気に支えられた自動車産業が「お金を使うこと」を寛大に認めたことによって組織も社員も新しい体験・経験の機会に恵まれ、それを有形無形の財産にできたことだ。「まだ見ぬ世界」を積極的に探り、あらゆる技術に対して好奇心旺盛だった。なにより、現場がある程度の予算を持っていた。稟議をまわして決済のハンコをもらわなくても使えた資金である。
米国は89年からは日米構造協議、93年からは日米包括経済協議という名で相変わらずいちゃもんをつけ続けたが、日本は米国製自動車部品の購入を押しつけられても、日本では売れそうにない米国工場製日本ブランド乗用車を逆輸入しろと言われても、逆らわずに米国のメンツを立てた。米国ビッグスリーは日米市場の差異を心底理解したが、その世代がいなくなるとふたたび摩擦がぶり返すというのも、世の常である。一度使った手は、少しやり方を変えるだけでまた使える。それが現在の米国であり、かつて日本にしたように中国を攻撃している。
過去30年間を振り返ると、日本の自動車技術が成し得たエポックは多い。トヨタの初代セルシオは欧米メーカーにいろいろな意味でショックを与えた。日産スカイラインGT-R(R32)は車両運動性に新しい世界を開いた。両方とも80年代末である。自動車産業界の内外で「89年は日本車のヴィンテージイヤー」と呼ばれるように、8年代後半の旺盛な研究開発意欲が製品として開花した。89年と91年の東京モーターショー(TMS)はまさに、日本発新技術の祭典だった。
「東京を見ないわけにはいかない」と、モーターショーに世界中の自動車メーカーから首脳が来日し政府関係者も足を運んだ。いま、その地位は中国に奪われている。
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