フランスのラグジュアリー・ブランド「DS」初の電気自動車「DS 3 クロスバック E-TENSE」に今尾直樹が試乗、その評価は?
まるでV12を積んだロールスのような静かさ
DSオートモビルズのエレクトリック・コンパクト・ラグジュアリーSUV、DS 3クロスバックE-TENSE(イー・テンス)に、横浜みなとみらい地区でちょこっと試乗した。
DS 3クロスバックの1.2リッター3気筒ターボを搭載したICE(内燃機関)モデルもフランスの宝石箱のようなFWDの小型ハッチバックだけれど、それを100%電動化したE-TENSEは、もうフランスの宝石箱そのもの、魔法の小箱だと申し上げても過言ではない。
ひとつには、前輪を駆動するモーターの制御が抜群にうまい。その静かでスムーズでトルキーなこと、V12を積んだロールス・ロイスのごとしである。 あのV12は全長4mちょっとのDS 3クロスバックには入らないでしょうけれど、もしもいま世の中にあるものでたとえるなら、ということでご理解いただければ、と思う次第です。
Hiromitsu YasuiHiromitsu YasuiHiromitsu Yasuiでもって、加速フィールがすばらしい。たぶん、EV嫌いのひとにもさほど抵抗がないのではあるまいか。いきなりトルクが立ち上がる、いかにもモーターっぽい制御をしていない。じつにすばらしいセンス、イーテンスである。おほん。
EV開発者の多くは、EVの長所を生かし、ICE車から乗り換えるひとを驚かせてやろう、と、考えがちなのだけれど、DSオートモビルズのエンジニアたちはそう考えなかった。グッとガマンして、あるいはガマンもなにも、そういうことはまったく考えず、自分たちがいいと思うフィーリングをモーターでつくった(以上は筆者の想像です)。
Hiromitsu YasuiHiromitsu YasuiHiromitsu YasuiHiromitsu Yasuiパワー・トゥ・ウェイト・レシオはICEが上だけれど……
当初、シトロエンのサブブランドとして始まったDSは、2014年6月にDSオートモビルズとして一本立ちした、アヴァンギャルドをコンセプトの柱に置くプレミアム・ブランドとして、である。アヴァンギャルドと同時に、電動化をテーマに掲げ、フォーミュラEに2015年から参戦、独自モーターによって2018~2019年と2019~2020年の2年連続して、チャンピオンを獲得している。
グループPSAの電動化の中核、と位置つけられたDSオートモビルズは、モーターとその制御技術をフォーミュラEで培っているのだ。
Hiromitsu YasuiHiromitsu YasuiHiromitsu YasuiHiromitsu Yasuiフロントに搭載して前輪を駆動するモーターは、最高出力136psで、最大トルク260Nmを発揮する。車重は1580kgと、1.2リッター3気筒のガソリン・エンジン搭載のDS 3より、リチウム・イオン・バッテリーをフロアに敷き詰めている分、300kgも重い。
同じDS 3のICEの1.2リッター3気筒ターボは130ps/5500rpmと230Nm/1750rpm。パワー・トゥ・ウェイト・レシオはICEが9.8kg/ps、E-TENSEが11.6kg/psと、数字だけ見るとE-TENSEのほうが遅いと思われるかもしれないけれど、さにあらず。E-TENSEのモーターは30Nm強力なトルクをより広範囲に生み出して、伸びのある加速を実現している。
Hiromitsu YasuiHiromitsu YasuiHiromitsu YasuiICE版同様、スポーツ、ノーマル、エコの3つのドライブ・モードがあって、260Nmを発揮するのはスポーツ・モードのときだけ。ノーマルは220Nm、エコでは180Nm におさえられている。
スポーツにすると初期加速が強烈すぎて、つい加減速の単調な繰り返しになり、筆者なんぞは飽きてしまい、もっぱらノーマルで、エレガントに走った。
Hiromitsu YasuiHiromitsu Yasui全体のバランスを考えてまとめあげられている
高速走行では、ステアリングがやや重いけれど、それが高いスタビリティにつながってもいる。ICE版に較べ、前後重量配分が55:45とFR(フロント・エンジン/リア・ドライブ)車並みのバランスになっていて、フロント・ヘビー感がない。それと、リチウム・イオン・バッテリーを前席とセンター・トンネル、そして後席のフロア部分に敷き詰めているから重心が低い。なので、腰高感がないし、300kgも重いから乗り心地に高級車然とした落ち着きがある。
「ホンダe」とどっちがいいかなぁ。ベイブリッジを走行しながら、ふとそう思った。記憶のなかのホンダeと較べてみると、ホンダeのほうがキビキビ感がある。モーターのトルクが315Nmと強力で、車重1540kgと電池の容量が小さい分、軽い。技術的にも、ホンダeはRR(リア・モーター、リア駆動)で興味深い。でも、あくまで記憶のなかでの比較ですけれど、ホンダeよりDS3クロスバックのほうが風切り音もロード・ノイズも低いような気がする。
Hiromitsu YasuiHiromitsu YasuiHiromitsu Yasuiその理由を筆者なりに考えてみると、DS 3クロスバックE-TENSEはホンダeより遅いことが幸いしているのではあるまいか。EVは動力源が静かなだけに、外部からの音が気になる。ロード・ノイズや風切り音は速度が上がるほど大きくなる。なので、DS 3の電動車は速さを最優先とせず、宝石箱のような小型車として、全体のバランスを考えてまとめあげられているように思う。
EV特有の仕掛けとして、アクセル・オフ時にICEに近い減速Gを出すDモードのほか、Bモードという、より積極的に回生ブレーキが働くモードがあるけれど、それもワン・ペダルで操作できるほど減速Gが立ち上がるわけではない。ICEから乗り換えても、さほど違和感がない制御になっている。
Hiromitsu YasuiHiromitsu Yasuiクルマ全体のコンセプトが走り屋向けではないことも幸いしている。ドアのアウター側のノブなんて、まさにアール・デコっぽい曲線でつくられているし、ダッシュボードとドアのトリムの白いナッパレザーのハンドバッグみたいな仕立ては、女性もうっとりではあるまいか。
ダッシュボード中央の菱形のスイッチとか、1910~1920年代の退廃的な雰囲気を醸し出している。このなかで、シャンペンでも1杯やりたい感じがする。もちろん古いタイプの男性向きとは言えない。このクルマを運転するマダムの隣を夢想するのが、ああ、楽しい。
Hiromitsu YasuiHiromitsu YasuiHiromitsu Yasuiアヴァンギャルドとサヴォア・フェールの結合
DSオートモビルズはフレンチ・ラグジュアリーの“サヴォア・フェール”を自動車産業で具現することを目的としている。カルティエやエルメスなどでも使われているフランス語の“サヴォア・フェール(savoir faire)”は、「匠の技」と訳されたりする。職人の手仕事という意味だ。ネットのweblioという辞書には、英語の“know how to do”、日本語だと、「(社交などでの)臨機応変の才、気転」とある。
グループPSA広報の森亨さんは「作品のクオリティを裏づける経験や修練、創造性のあることを前提に、よりよいもの、より美しいものをつくらずにはいられないという美学、美意識のこと」と、定義する。
Hiromitsu YasuiDSブランドはそもそも1955年発表のシトロエンDSのアヴァンギャルド・スピリットを継承するものだとされている。アヴァンギャルドとサヴォア・フェールの結合がDSオートモビルズの目指すところなのだ。
筆者的には、まっすぐシトロエンDSの21世紀版をつくってほしいなぁ、とは思うのですけれど、それはさておき、DS 3クロスバックE-TENSEの出来栄え、何点かと問われなば、とってもイーテンス(良い点数)。なんちゃって。
なお、100%EVのDS 3クロスバックE-TENSEは容量50kWhのリチウム・イオン・バッテリーを備えていて、ヨーロッパ基準のWLTCモードで航続距離320kmを誇る。ヨーロッパの1日の平均走行距離は40kmなので、1週間に1回の充電でオッケー、というのがメーカーの主張だ。
車両価格は534万円と、DS 3クロスバックのICE版の426万円より108万円高い。サヴォア・フェールはそもそも高いのである。
ところが、EVの補助金やら東京都からの助成金やらを差し引くと、488万2750 円にまで下がる、と、グループPSAジャパンは試算している。
E-TENSEにはいい点がたくさんあるところがイーテンス。
文・今尾直樹 写真・安井宏充(Weekend.)
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