発見時はバラバラ状態だったオールウェザー
1946年、豪華なボディの重さへ対応するため、ベントレーは3 1/2リッターの直列6気筒エンジンを4257ccへ拡大。最高出力は10ps上昇し、モデル名も4 1/4リッターへ改められた。
【画像】90年前の富豪の理想 ベントレー 3 1/2リッターと4 1/4リッター 現行モデルと限定のバトゥールも 全122枚
ダーク・グリーンとオリーブ・グリーンのツートーンに塗られた、1937年式4ドアサルーンのボディは、コックシュート社製。初代オーナーは、ロビンソンズ・ブルワリー社の社長、F.E.ロビンソン氏だった。
平日は運転手へ乗せられ会社へ向かい、週末は自ら運転を楽しんだという。彼は16年所有し、走行距離を16万km以上へ伸ばし、手放している。
その63年後に、孫のウィリアム・ロビンソン氏が発見。状態は悪くなく、実際に走らせながら都度レストアを施している。ボディの塗装はオリジナルで、グリーンのインテリアとウッドパネルも美しい。スライディングルーフを開くと、開放感が増す。
ラジエターグリルの前方には、フォグランプとツイン・ホーンが並ぶ。滑らかにカーブを描くテールに、スペアタイヤを背負う。
他方、ブラックの4ドア・オープンボディはヴァンデンプラ社製。上下するサイドウインドウを備え、「オールウェザー」という名で19台が製造された。
ヴォーン・ウィーラー氏がオーナーの1台には、チョコレート・ブラウンのレザー内装が組み合わされ、とてもエレガント。ところが彼が発見した時は、バラバラの状態だったという。
ワイヤーホイールがスポーティ。スペアタイヤは、右のフロントフェンダーに載る。細身のテールには、上下に分割して開くトランクリッドが備わる。
美しく芸術品のようなインテリア
この4台は、いずれも状態が素晴らしく、ドライビング体験は共通する部分が多い。6気筒エンジンはシルキーに回転し、タイヤは路面へ追従する。大切な部品の1つが不完全なだけで、全体の印象は霞んでしまうだろう。
運転席へ座る場合は、シートの右側にシフトレバーとハンドブレーキ・ハンドルが突き出ているため、左側から乗って身体を滑らせるのがベスト。フロントシート側の空間は、見た目以上に狭い。
ダッシュボードやドアパネルなどのデザインはそれぞれ異なるが、芸術品のようだという点で共通している。小さな装飾1つとっても、しっかり美しい。
固定ルーフが載るボディでは、身長の高い大人でも窮屈ではない頭上空間が残る。荷室内には、見事なツールキットが用意されている。
スピードメーターとタコメーターは、ステアリングコラムの右側。左側には、補機メーターと、カシっと動くスイッチ類がずらりと並ぶ。
ステアリングホイールは黒く巨大。前期では4スポーク、後期では3スポークで、中央のホーンボタンを囲むようにハンドスロットルとチョーク、点火タイミングのレバーが並ぶ。ダンパーの硬さも、ソフトとハードの2段階から選べる。
エンジンが冷えた状態では、点火タイミングを遅らせ、チョークを少し効かせてから、ダッシュボードの大きなスターターボタンを押す。6本のシリンダーはすぐに目覚め、静かにアイドリングし始める。
110km/h前後が最も快適に巡航できる
クラッチペダルは軽い。右手のシフトレバーをギア比の低い1速へ倒し、発進直後に2速へシフトアップ。速度が乗ってくると、ステアリングが軽くなる。指先で操舵できるといっていい。
オープンゲートを前後するシフトレバーは、動かすたびにカチッと心地良い音が鳴る。回転数を適度に高めれば、ダブルクラッチでのシフトダウンは難しくない。
ブレーキにはメカニカルサーボが備わり、滑らかで強力。適切な整備を怠ると、劣化して思うように機能しなくなる。ダービー・ベントレーの特徴といえる。
1番軽いヴァンデンプラ・ツアラーが、最も加速は活発。ステアリングも正確。運転席へ座ると、ひと回り小柄に感じられる。フロントがリジットアクスルであることは、タイトコーナーでブレーキングが遅れた時のアンダーステアでわかる。
車重のある4ドアサルーンは、ゆったりと滑らかに速度が上昇していく。長いボンネットの先に、フライングBと呼ばれるマスコットが見える。威厳を感じさせる眺めに、心が満たされる。
カーブへ速めに突っ込むと、大きくボディロール。タイヤも鳴いてしまう。ベントレーらしく、必要以上に焦る必要はない。不足ない速度で、安楽な移動を叶えてくれる。
エンジンを3500rpm程度まで回すと、4速で112km/h。この速度域が、最も快適に巡航できる。アクセルペダルを僅かに傾けていればいい。
レッドラインは4500rpmから。AUTOCARが1934年にテストした時は、154km/hの最高速度を記録している。車重が1.7tもある高級サルーンとして、当時は驚愕の速さといえた。
アウトバーンへ対応するためのアップデート
1938年には、排気量拡大の次に大きな変更を受けた、MR/MXシリーズが追加される。ドイツではアウトバーンが、フランスでは高速道路が整備され始めていた。高回転域での長時間走行がもたらす、エンジンへの負担をベントレーは懸念したのだ。
そこでトランスミッションを改良。3500rpmで145km/hへ届くようにされた。同時にステアリングラックは、ウォーム&ナット式からカム&ローラー式へアップデート。ダッシュボードは、スピードメーターが中央側へ移動している。
ローレンス・ブレスデール氏のMシリーズは、第二次大戦が布告された2か月後、1939年11月にナンバーを取得している。パークウォード社による4ドアサルーンで、アルミ製ボディパネルの内側は、ウッドフレームからスチールフレームへ更新されている。
深みのあるグリーンのボディは、ブラックのワイヤーホイールと相まって、存在感が強い。4枚のサイドドアは、すべてリアヒンジ。レザーはベージュ。フロントガラスは上部がヒンジで、必要なら視界を確保するために浮かせられる。
先出の4台と同じように走るものの、確かに僅かに異なる。ステアリングホイールは、低速域でもさほど力を必要とせず、スチールフレーム製ボディはソリッドな印象がある。
Mシリーズのタイヤは、17インチx5.50ではなく16インチx6.50とサイドウォールが厚い。乗り心地も、若干マイルドなようだ。
未来を先取りしたようなベントレーの能力
手入れの行き届いたダービー・ベントレーは、戦前生まれでありながら、現代の感覚でも運転を楽しめることへ感心する。ブレーキが曖昧でカーブでは緊張し、100km/hが最高速度だった時代に、未来を先取りしたような能力が備わっていた。
だが、クラシックカーの価値が上昇の一途にある21世紀にあっても、正当な評価を受けているとはいえないだろう。その理由は、2400台以上が売れた成功を掴んだから。希少性の低さが、評価へ影響している。
「ダービー・ベントレーの生産数が35台程度なら、ブガッティ・タイプ57と同じくらい希少になり、数100万ポンド(数億円)の価値になったでしょう」。と、とあるディーラーの担当者が話していた。
底値にあった30年前、苦労して資金を工面し、筆者もダービー・ベントレーを購入した。そこまでの金額へ上昇していない現実は、うれしくもある。戦前の傑作の1台を、当時の富裕層の暮らしを、少なくない人が実際に運転して愉しむことができるのだから。
協力:バーナード・キング氏、デ・ヴィア・クラネージ・エステート社
ダービー・ベントレーのスペック
ベントレー 3 1/2リッター(1934~1936年/英国仕様)
英国価格:1100ポンド(1934年時)/45万ポンド(約8325万円)以下(現在)
生産数:1177台
全長:4420mm
全幅:1752mm
全高:1574mm
最高速度:149km/h
0-97km/h加速:18.4秒
燃費:6.0km/L
CO2排出量:−g/km
車両重量:1605kg
パワートレイン:直列6気筒3669cc 自然吸気
使用燃料:ガソリン
最高出力:115ps/4500rpm
最大トルク:−kg-m
トランスミッション:4速マニュアル(後輪駆動)
ベントレー 4 1/4リッター(1936~1938年/英国仕様)
英国価格:1150ポンド(1938年時)
生産数:1033台
最高速度:154km/h
0-97km/h加速:15.5秒
車両重量:1702kg
パワートレイン:直列6気筒4257cc 自然吸気
最高出力:126ps/4500rpm
※3 1/2リッターとの違いのみ
ベントレー 4 1/4リッター MR/MXシリーズ(1938~1939年/英国仕様)
生産数:201台
※4 1/4リッターとの違いのみ
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