◆プレミアム路線で躍進、ヤマハのインド戦略とは
人口14億人を超えるインドは、自動車、二輪車にとって最大の市場になりつつある。人口の30%が26歳以下で、2030年には50%にも届くという。経済の発展に伴い、マイカー、マイバイクの需要は右肩上がりというわけだ。そんなインド市場で、若者を中心に存在感を高めつつあるのがヤマハ発動機だ。
市場では後発となる1963年に現地資本と提携し事業を開始、1985年には現地での生産も開始した。インドでの総需要の伸びに従ってヤマハも販売台数を拡大してきた。インドでは「コミューター」と呼ばれる廉価で生活の足となる100~125ccクラスのバイクが総需要の約半数を占めるが、ヤマハはより高い付加価値をもつプレミアム、スポーツバイクに注力することで差別化を図る。
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2017年まではヤマハもコミューターを中心としたラインアップを展開し、販売規模の拡大に注力、2017年には年間生産量100万台を超えるまでに成長したが、安価なコミューターでは現地ブランドのヒーローやTVS、バジャジが強く、また需要の高い田舎地方ではホンダも加わり根強い販売網を繰り広げていた。一方で、インド市場参入時に投入された『RX100』や、2000年代に登場した『YZF-R15』などのスポーツモデルはヤマハの象徴として、憧れをもって受け入れられてきた。こうした背景をもとに2018年、より高付加価値商品を軸としたプレミアム戦略に舵を切った。
2019年以降、コロナ禍の影響や半導体不足もありインド総需要が落ち込んだが、足元では以前の活気を取り戻しつつある。その中でヤマハは2023年に64万台を販売。コミューターを廃止し、『YZF-R15』や『MT-15』といったプレミアムスポーツバイクをフラッグシップに、『FZ』シリーズのデラックスクラスや125ccのスクーターを全面に押し出したことで、台数規模は2017年の74万台に届かなかったものの、卸売単価は1.9倍、売上高1.7倍、営業利益20倍超(いずれも2017年比)と大幅な財務体質改善を実現した。
こうしたプレミアム戦略成功の背景には、ラインアップの先鋭化だけでなくディーラー改革を中心としたマーケティング戦略があった。
◆ブランドロゴは“YAMAHA Racing”、ヤマハブルーで「憧れを売る」
もっともわかりやすいのがヤマハのブランドロゴだ。日本では馴染み深い赤の「YAMAHA」ではなく、青をベースとした「YAMAHA Racing」をブランドロゴに掲げた。二輪のF1とも言われるMotoGP人気にあやかったもので、ヤマハ=スポーツのイメージを強調する。この「ヤマハブルー」を軸に、インド人口の30%を占めるZ世代をターゲットとした上で、2030年には5000万人を超えるといわれるこれからの免許取得世代に向けたアピールもおこなう。
「我々ヤマハは、オートバイではなく、憧れを売っているんです」とヤマハモーターインディアグループの知花栄進会長は語る。潜在顧客層対し、カッコいいヤマハ、いつかは乗りたい憧れのヤマハを刷り込むことで、将来のファン拡大につなげる。
ブランドの発信基地として重要な役割を担うのがディーラー店舗だ。現在、都市部を中心にヤマハブルーを押し出した新店舗「ブルースクエア」のオープンを進めている。10月末現在で全国720店のうち400店がブルースクエアに、2024年末には450店まで拡大する予定だという。さらに2027年までには全900店舗まで拡大した上で、すべてがブルースクエア店となる計画だ。
ブルーのライティングで飾られた店舗は、フラッグシップとなる『YZF-R15』や『MT-15』をメインに据え、主力モデルを並べる。所狭しと在庫車を並べる従来型の店舗ではなく、すっきりと洗練されたショールームのイメージだ。日本ではこうしたショールーム型の店舗が増えつつあるが、インドでは珍しい。そしてこのブルースクエアを中心に、カスタマーエンゲージメントを高めるためのイベントの数々をおこなう。
そのひとつが販売店主体のライディングクラブ「ブルーストリークス」だ。インドではツーリング文化がまだ根付いておらず、泊まりがけでの長距離ツーリングもほぼ見られないという。そこで各店舗には顧客との窓口を担う「キャプテン」と呼ばれるリーダーを設置し、月1~2回のツーリングの企画や運営をおこなっている。ほかにもサーキットでの走行も体験できる「トラックデー」も設けるなど、プレミアムな体験を通じてヤマハの魅力を高めると同時に、バイク文化の醸成を図るねらいだ。
◆「ヤマハに乗るのが夢だった」
チェンナイのBikerz Chromepet店では20代のR15&MT-15オーナー3名に話を聞くことができたが、いずれも「ヤマハに乗るのが夢だった」と話していたのが印象的だ。
コミューターやスクーターが6~7万ルピー(約10~12万円)なのに対し、R15やMT-15は16万ルピー(約29万円)以上。大卒の初任給で2万5000ルピーから3万ルピー(約4万円~約4万8000円)と言われるインドではかなりの出費だが、それでも「他のブランドよりも高いが、価値に見合った価格だと思う」として、「友人たちのバイクと比べてもパワフルで負けない」「信頼できるブランド」「スポーティさ、快適性、燃費性能、デザインすべてを兼ね備えている」「ヤマハに乗っているとモテる」など、所有する喜びを噛み締めている様子だった。
2022年~24年の中期経営計画でアジア二輪プレミアム戦略を掲げたヤマハ。拡大するZ世代に向けた販売戦略は着実に結果につながっているが、実際にインドの販売店ではどう受け止められているのか。チェンナイでブルースクエア店を3店舗経営するナヴカラスさんは、「ヤマハは他ブランドとは違う」と話す。
ナヴカラスさんは以前バジャジを販売していたが、2008年にヤマハに鞍替え。2018年にブルースクエア1号店としてオープン当初よりプレミアム路線を推し進め、従来と比べて「収益は10~15倍になった」という。2023年の販売台数は4500台にのぼった。「顧客はハイブランドとしてのヤマハにプラスアルファを期待している」といい、ツーリングなどのイベント含めた戦略が奏功していると述べた。
またプレミアムバイクを購入するユーザーはコミューターと比べてディーラーに根付きやすく、整備などの機会も増えるため、メンテナンスによる収益も上がった。これにより「ビジネスへのモチベーションも上がった」という。
さらにナヴカラスさんは、「ヤマハはブルースクエアに改修する費用の半分を出してくれた。販売、サービススタッフへのトレーニングもヤマハがサポートしてくれる。他ではあまりない」とヤマハの取り組みを評価し、「ラインアップには満足している。あとはより長距離ツーリングができる300ccクラスが充実してくれば」と将来への期待を語った。
台数ではなく「質」を取ったヤマハ。急進する「若い市場」インドで憧れを売り続けることができるか、今後に注目だ。
取材協力:ヤマハ発動機
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