世界的に自動運転への取り組みが進む中で、日本の各メーカーは実用化に向けて開発を続けてきた。そしてホンダは「特定条件での自動運転」を実現するレベル3のクルマを発売した。
今回は日本車が到達した自動運転のレベルとその未来について解説しよう。
フルサイズピックアップ初のHV搭載!! トヨタ 新型タンドラの進化度は?
文/鈴木直也
写真/ベストカー編集部
[gallink]
■自動運転導入のきっかけ
自動運転というコトバに世界の注目が集まるのは、ぼくの印象では2010年代はじめあたりからだと思う。
その背景として、ディーブラーニング(Deep learning 深層学習)技術によって、AI(artificial intelligence 人工知能)の機械学習効率が飛躍的に高まり、「今度こそAIがモノになる!」という機運が生じたこと。これが最大のきっかけだった。
進化した「AI」を何に応用するか考えるとき、話題性があり一般人にもわかりやすいという意味で、クルマの自動運転はうってつけのテーマ。ビジネスのスケールが大きいところも関係者の野望を刺激したはずだ。
こういうチャンスをアメリカのベンチャーが見逃すはずもない。グーグル、テスラ、ウーバーなどがこの分野にこぞって参入。従来夢物語だったクルマの自動運転が、にわかにリアリティをもって語られるようになったというわけだ。
ホンダ レジェンド
それからしばらく、アメリカの自動運転ベンチャーの派手な成果が経済紙の紙面を飾るようになる。
いわく、北米大陸横断テストで人間に制御を委ねたのはホンの数回とか、市街地を自動運転で軽快に走り回るYouTube映像とか、夢の実現は近いという雰囲気が盛り上がったのだった。
こういう「もうすぐ自動運転タクシーがあなたの家まで迎えにきます」みたいな記事が溢れると、半可通の人がお約束のように「それに引きかえ日本は遅れている」的なことを言い出す。
こういう人が誤解しているのは、スマホと自動車を同じレベルの商品と考えている点だ。
たしかに、アップルはiPhoneによってゼロからスマホ市場を創造したが、安全や環境など規制のカタマリである自動車で同じ革命を起こすのは、不可能ではないにせよ100倍は困難。あるいは、やり方によってEVは環境規制のしがらみを振り切れるかもしれないが、安全基準を無視することは誰にもできないからだ。
■今年3月ホンダはレベル3自動運転に対応するモデルを発表
自動車業界だって言われるまでもなく長年自動運転の研究を続けてきたわけだが、安全性と信頼性を何よりも優先する業界の掟からすると、ITベンチャーみたいにお気軽なことは言えず、業界全体で基礎技術の向上に取り組むしかなかったのが現実なのである。
こういう社会的な制約や開発に要するタイムスケールの差を、大手経済紙や半可通の識者はわかっていない。
案の定というべきか、グーグルは自動運転部門をウェイモとして分離して以降、今日に至るまでただ実験と研究を続けているだけだし、アップルのタイタンと呼ばれる自動運転プロジェクトは大幅な人員削減をしたりキーパースンを呼び戻したり迷走中。
ウーバーは自動運転テスト中の死亡事故がニュースになったが、昨年末に部門ごと他社に売却されてしまったし、テスラのオートパイロットは依然としてレベル2運転アシストに限定して市販されている(それでも事故多発で問題になっている)。
自動運転のレベル
要するに、2015年頃にメディアが囃し立てていた完全自動運転という夢の未来は、依然として遠くにかすむ蜃気楼のままなのだ。
それに引きかえ、日本の自動車メーカーのなんと律儀なこと!
みなさんもう忘れてるかもしれないが、東京オリンピックの開催が決定した2013年ころ、日本の自動車業界は「オリンピック本番までに自動車専用道限定ではあるが自動運転車をデビューさせる!」と約束した。
今年の3月にレベル3自動運転に対応する Honda SENSING Elite 搭載のモデルのレジェンドを発売した
オリンピックの延期によって1年ほど遅れはしたけれど、今年の3月にはレジェンドがレベル3自動運転に対応する Honda SENSING Elite 搭載のモデルを発売、公約をきちんと果たしている。
この Honda SENSING Elite が提供するレベル3の機能は、いわゆる「自動運転」としては初歩的で、制御を完全にクルマ側に任せられるのは自動車専用道路限定、速度も30km/h以下で起動~50km/h以上で解除という領域のみ。欧米の自動運転ベンチャーが喧伝している「A地点からB地点まで自動運転で完走!」みたいな事例と比べると、「これまで発売されてきたレベル2のADASと大差ないじゃん」と思う人も少なからずいるだろう。
しかし、このレジェンド Honda SENSING Eliteは、国土交通省がレベル3型式指定を与えた正規モデルとしてリリースされ、100台限定リースとはいえ一般ユーザーにデリバリーされる。ここがもっとも重要なポイントだ。
国土交通省がレベル3型式指定を与えた正規モデルとしてリリースされ、一般ユーザーにデリバリーされる
■トヨタも近い将来レベル3自動運転が可能に
欧米のベンチャービジネスは、まず派手な技術的成果をブチ上げて世間の注目を集め、それによって投資家から資金を集めて事業を拡大するのがセオリー。だから、自動運転をはじめとして、空飛ぶ自動車や革新的な電気自動車など、メディアが囃し立てるわりには肝心の製品がぜんぜん出てこない例は珍しくない。
しかし、実際にユーザーの手に渡らなければ、どんな夢の技術も絵に描いた餅。このハードルをしっかり超えてきたのは、いまのところホンダだけ。これは声を大にして賞賛すべき偉業だと思う。
また、レジェンド Honda SENSING Elite にやや遅れて、トヨタはレクサスLSとミライに Advanced Drive を設定してきたが、こちらは慎重派のトヨタらしく、2段階でレベル3を実現するという作戦だ。
トヨタ Advanced Drive を設定したミライ
発売された Advanced Drive モデルは、センサーとして前方用ライダーと望遠カメラを追加。さらに、精密地図や電源やシステムの二重化で冗長性を確保したADAS ECU、AI機能を司るADX ECUなど、信頼性とデータ処理能力を大幅に強化したハード/ソフトを投入。やろうとすれば、このハード上でレベル3対応ソフトが走りそうなところまで煮詰めてきている。
しかし、現行 Advanced Drive ではレベル3のリリースは見送られ、常にドライバーの監視を求めるレベル2までの機能提供にとどめている。
じっさいに乗ってみると、ハンズオフ対応の速度レンジやレーントレースの正確性など、運転感覚はレジェンド Honda SENSING Elite とほとんど変わらないが、ドライバーが目を離してスマホ操作やDVD視聴などができる「アイズオフ」運転だけはレベル3でないため不可。名より実をとったという印象だ。
これはハードやソフトに課題が残ったという事情はあるだろうが、「自動運転車の社会的な受容性についてトヨタはまだ世論の反応を探っている」という理由もあるように思われる。
トヨタ Advanced Drive を設定したレクサスLS
もちろん、トヨタは一度「やる」と言ったらやる会社だからこのまま終わるわけではなく、レベル3自動運転機能提供へのロードマップが用意されている。Advanced Drive 仕様では、レクサスLSもミライもハード/ソフト両面のアップデートが可能で、左右フロントフェンダーとリアバンパーにライダーを追加装備するためのマウントがあり、ソフトウェアのアップデートと合わせて近い将来レベル3自動運転が可能となる。
じつに、石橋を叩いて渡るトヨタらしいアプローチだが、制御の主体がクルマ側に移行するレベル3自動運転は、自動車メーカーにとってリスクの高いテーマ。これまで以上の信頼性と安全性を確保するため、もう少し時間が必要という判断だったのかもしれない。
■自動運転車の主導権は今後どうなる⁉
かくのごとく、自動車業界の常識として、新しい技術は法的要件をすべてクリアし一般ユーザーが使う上での信頼性/安全性を担保する工程を経なければ、市場に出ることはない。これは自動運転に限ったことではなく、電動化やコネクテッドなど流行りの新アイテムでも同様だ。
こういう社会的な制約や安全上の課題を無視して、来年から無人タクシーが東京の街を走りますとか言っても、それは単なる夢物語。普通の技術なら百万分の一くらいのエラー率で製品化できるかもしれないが、その辺の商店街に自動運転タクシーを走らせて子供でもハネた日には、その瞬間にプロジェクトは終了。自動運転をビジネスとして軌道に乗せようと思うなら、そういうリスクを時間をかけて潰してゆく作業を根気よく続ける他ないのだ。
トヨタ ミライ
ところが、この自動車業界ではあたりまえの工程が、じつは自動運転ベンチャーにとってもっとも苦手な(というより、やりたくない)作業。そもそも、斬新なアイディアを武器に一攫千金を狙うのがベンチャービジネスの本質なんだから、彼らだけで自動車のような裾野の広いビジネスが完結すると思うのが間違い。ベンチャーにはベンチャーの役割があるのだから、それを上手に利用するのが賢いビジネスなんじゃないですかね?
ベンチャーには斬新なアイディアと技術があり、既存の自動車メーカーにはそれをリーズナブル価格で商品化する力がある。どっちが欠けても、まともな商品としての自動運転車など実現不可能。戦いがあるとすれば、主導権をどっちが握るかが主戦場なんだと思うんですが、みなさんはどう思いますか?
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