2006年、先行して登場したポルシェ ケイマンSに続き、ベーシックなケイマンがようやく日本に上陸した。ケイマンSが3.6Lで295psを発生するのに対し、新たに導入されたベーシックなケイマンは2.7Lエンジンで245psを発生していた。この2台はそれぞれどんな個性を持つのか。Motor Magazine誌では上陸間もないケイマンをケイマンSと比較しながら試乗した。(以下の試乗記は、Motor Magazine 2006年12月号より、タイトル写真はケイマン・前とケイマンS)
年間生産台数10万台を突破したポルシェの好調さ
ポルシェ社の年間生産台数が、ついに10万台という大台を突破した。より正確に記せば「2005/2006営業年度(2005年8月~2006年7月)において、車両総生産台数が前年比12.8%増の10万2602台を記録」というのがその内容だ。
【くるま問答】最近のクルマにテンパータイヤはない。パンク修理キットをどう使う? 最高速は?
2009年には、同社初となる4ドアクーペ『パナメーラ』を年間2万台規模で発売予定と発表済み。だから、すなわちそのタイミングでは恐らく年産12万台という数が現実のものとなる。ポルシェが月産1万台。1980年代後半に身売りの危機すら囁かれたメーカーとしては、それはまさに奇跡の復活ストーリーに他ならないだろう。
しかしながら、そんな絶好調を記録し続けるこのメーカーが一貫してアピールするのは、「我々は数を追うような商売はしない」というコメントだ。いや、それどころかポルシェは、世界の顧客が求める数よりもわずかだけ少ない数を供給するという姿勢を常に崩そうとしない。
しかし、こんなアナライズには疑問を持つ人もいるかも知れない。「それならばなぜ、これまでのスポーツカーシリーズに加えてSUVや4ドアサルーンをリリースする必要があるのか?」と。
そうした疑問に対しては、それがポルシェ流の危機管理プログラムのひとつであるから、というコメントで説明がつきそうだ。カイエンやパナメーラ投入の目的は単に数の上乗せを行うことではなく、経営基盤をさらに安定させることこそが主目的であるというわけだ。
911とボクスター(そして現在ではケイマン)が、フロントセクションを中心に、数多くのパーツを共有する合理設計を行っているのはすでによく知られている。かつて経営危機に陥っていたポルシェ社を救ったひとつのファクターは、確かにこうした理詰めの合理設計法にもあった。
一方で、そうしたクルマづくりの手法がリスクをはらんでいるのもまた事実だ。このような手法で作られたモデルは、ほぼ同じタイミングでのモデルチェンジを余儀なくされる。すなわちそれは「同時に新しくなり、同時に陳腐化する」という危険性をはらんでいるからだ。
そう、カイエンやパナメーラなど新しいカテゴリーへのモデル投入には、そうした売れ行きの波を吸収させるという含みもあるのだ。加えれば、現在ポルシェ社の指揮を司るヴィーデキング社長は、「スポーツカーは基本的に不要な商品」(!)とさえ言い切っている。SUVや4ドアサルーンを手掛けることは、商品ラインアップの面からも商売の平滑化・安定化につながるのである。
余裕の大きさの違いがケイマンとケイマンSの差
ポルシェ社の思惑はひとまず置いて、日本に初上陸となった2.7Lエンジンのケイマンに乗ってみる。テスト車両は5速MTを搭載し17インチのシューズを履く、いわば標準仕様のモデル。加速能力のほどは、ありていに言えば「一級のスポーツカーと見るにもまず不満のないレベル」とそんな印象が強いものだ。
0→100km/h加速が6.1秒というデータも表すように、それは絶対的には「十分な速さ」と形容できるものではあるだろう。が、同時にそれはまた「驚くほどに速い」とまでは言えない印象でもある。
ローギアを選択しアイドリング状態のままにクラッチミート……と、そうした操作を受け付けないこともないが、やはり3.4Lの心臓を積むケイマンSほどにイージーでもない。このあたりの余裕度の少なさをどう評価するかで「素のケイマン」に対する印象は変わりそうだ
個人的には、「ケイマンSに慣れた身体にはちょっとばかり物足りなく思える」(編集部注:河村氏の愛車はケイマンS)と、そうも感じられた。ポルシェの各モデルに共通する走りのテイストのひとつは、これまで多くの場合、車両重量に対して大きめの排気量が生み出すものでもあったはずだ。
今回のテスト車両は、たまたまケイマンもケイマンSもMT仕様で統一されたが、ヨーロッパで行われた国際試乗会での印象を思い返してみるならば「AT仕様=ティプトロニックで乗るなら2.7Lモデルでもいいカナ」と、そんな印象も抱かされた。ティプトロニック仕様の場合、『D』レンジのスタートシーンではよほどアクセルペダルを深く踏み込まない限り2速ギアが選択される。すなわち、そもそも5速仕様のATを1速マイナスの4速ATとして常用することになる。言うなれば、さほどシャープなスタートなど期待しないし必要ともしない日常的なスタートのシーンでは、700ccという排気量の差もさほど気にならない、という理屈だ。
そんなわけで「ケイマンをATで乗りなさい」と言われれば、ぼくは「素のケイマン」の方を選ぶだろう。一方、そんなケイマンにはオプション設定で6速MTも用意される。だが、どうやら日本ではあえてその部分にコストを割く必然性は薄そうに思える。
その理由は160km/hプラスまでをカバーする1~3速のオーバーオール駆動レシオにある。実はケイマンの場合、5速仕様でも6速仕様でもそれはほとんど変わりない。
また、標準で6速MTを備えるケイマンSでは、さしたる加速力は必要としない日常シーンで1→3→5、あるいは1→2→4といった飛ばしのシフトを楽々と使えるトルクの余裕があるものの、ケイマンではそうした操作は絶対的なエンジントルクの点で少々苦しく、すなわちここでもせっかくエクストラコストを支払っての6速MTのメリットを生かしづらいということがある。
一方、同じオプションアイテムでも無条件でチョイスすべきは4輪独立の電子制御可変減衰力ダンパー「PASM」だ。18インチシューズが標準のケイマンSでは、とくに低速域でその効果が絶大であるのは報告済みだが、17インチのシューズを履いたケイマンの場合も、その印象が大同小異であることを今回改めて確認した。
PASMなしの今回のケイマンは(同様に装備のなかったケイマンSに比べれば軽度とはいうものの)、やはり路面補修跡を60km/h程度までの速度で通過したりした際、特にリア側からの突き上げ感が、18インチシューズ+PASM装備のモデルよりも明確にきつい。オプション価格が27万円と高価なものであるだけに、二の足を踏みたくなる気持ちもわからなくはないが、後付けは不可能なメーカーオプションであるだけに、ここは「本来は標準装備と考えるべきもの」と判断して、是非ともチョイスすることを強くオススメする。
これを持たない今回のケイマンのテスト車両では、大きなテールゲートが「太鼓効果」を生じるためか、時に音圧の変化を耳に感じるドラミング現象までが体感された。「何はなくともPASM」が、このケイマンに限らず昨今のポルシェ車オプション選びの鉄則なのだ。
何よりも、開発陣がこのアイテムを本来は標準化すべきものと認識している証左は、かの911GT3までがPASMを標準装備としていることにも示されていると言ってよいだろう。
ところで、ケイマンとケイマンSという排気量違いの2台の間には、フットワークのテイストに関して明確な差異は特に感じられなかった。
共に標準サイズのシューズを履く(いずれもその銘柄は『ミシュラン・パイロットスポーツPS2』であった)今回のテスト車の間では、主にそのサイズ差に起因すると思われる路面への当たり感の違いが明確だが、いかにもミッドシップらしくノーズが軽く、そして正確に動くというハンドリングの感覚を含め、ケイマンもケイマンSもフットワークの秀逸な仕上がりぶりでは共通だ。
実はその車両重量も、両者でわずかに20kgしか異ならない。そんなわずかな重量差とエンジン出力、タイヤサイズの違いを補正すべく、サスペンションチューニングはスプリングレートやダンパー減衰力などに一部リファインの手が加えられたといわれるが、事実上、両者のフットワークテイストには大きな差を感じないと報告できる。
ケイマンとボクスターには明確な走り味の違いがある
ケイマンシリーズが、ハードウエア的にはボクスターシリーズをベースに生まれているのは言うまでもない事柄だが、それにしてもこの両者の走りの感覚の違いが、単にフィックスドルーフの有無によるだけとは到底思えないほど大きいのは不思議なポイントだ。
オープンボディの持ち主としては例外的なまでに高いボディ剛性感を備えたボクスターシリーズの走りが、際立って人とクルマとの一体感を味わわせてくれるのはすでに言い尽くされた感もあるが、それをベースに開発されたケイマンシリーズが、走り出した瞬間からさらに「ボクスターとは別の車種」という雰囲気をたっぷりと味わわせてくれることには、驚きすら覚える。
むろんそこでは「曲げ剛性でボクスターの2倍以上、ねじり剛性も2.5倍に達する」という、より強靭なボディの効果も大きかろうが、同時により長けた静粛性や、その一方でさらに明瞭に背後から伝えられるエンジンサウンドなど、感覚的な違いが「ボクスターとは異なるクルマ」という雰囲気を高めていることも想像がつく。
ボクスターも得意としていた、人とクルマの一体感がさらに輪をかけて濃厚であるのは、ステアリングを切り込む、アクセルペダルを踏み込む、そしてブレーキペダルを踏み込むといったさまざまな操作に対する挙動が、わずかながらもさらにレスポンス良く立ち上がる、といった現象に起因しているのかも知れない。
とにかく、まさに走ることに関して「自分の身体機能の一部が圧倒的な能力を得た」かのごとく振舞ってくれるのが、ケイマンシリーズの大きな美点。そこに関しては、うっかりすると兄貴分である911シリーズすらも、たじたじとなってしまいそうなほどだ。
昨年ケイマンSがリリースされた当初、世界から巻き起こったのは「それは単にボクスターのクーペ版に過ぎないのでは?」という声だった。それに対してポルシェ社は、エンジン排気量も価格もボクスターSよりもあえて上へと設定することで、「ケイマンはボクスターと911の狭間を埋めるブランニューモデル」という見解で応戦した。
ところが、ベーシック仕様のケイマンは、噂された3L近辺ではなく、ベーシックなボクスターと同様の2.7Lという排気量でデビュー。しかも、それと同時にボクスターシリーズも今後はケイマンシリーズと同じ排気量/チューニングのエンジンを搭載していくことが発表されたために、ハナシは少々わかりにくくなってきた。
それでもまだ、ポルシェ社は「ケイマンはボクスターと911の中間」という見解を採り続けている。搭載エンジンが同一のものになろうとも、「走りの面でも実用性(荷物の搭載性)の面でもケイマンはボクスターの実力を凌ぐ。そんなモデルがより高価なプライスタグを提げるのは当然」というのがポルシェの語りのロジックだ。
しかしながら、本音をいえば「ボクスター/ケイマン両シリーズに4種類ものパワーユニットを用意するのは効率が悪い」と、そういうことなのだろうとぼくは推測する。そう考える根拠は、冒頭に述べたような生産規模になると、このメーカーの場合まずネックとなるのは世界にただ一カ所しか持たないエンジン工場のキャパシティに違いないからだ。
一部V6エンジンをフォルクスワーゲンからサプライされてはいるものの、その他全数のポルシェ車に積まれるのはドイツの本社(シュツットガルト)工場製エンジン。そして、パナメーラ投入の折にもそんな体制は維持されるという。となれば、すでに現状でも目いっぱいというエンジンの生産ラインが、ポルシェ全体の生産台数を決定することになるのは明らかだ。
そのために、まずはボクスターとケイマンシリーズの心臓を同じ2バリエーションとした、というのはあながち的外れな見方ではないだろう。そして登場したのが、可変バルブリフト機構付きのバリオカム・プラスを装備した上で2.7Lエンジンを搭載した、ベーシック版のケイマンということになる。
なるほど、これもまた昨今のポルシェらしいしたたかな戦略と言えそうだ。その一方で、そんな筋書きが「ボクスターと911の狭間」というフレーズを薄める方向にあるのもまた事実と言わなければならない。
では、なぜケイマンはかくもボクスターより高価なのか? なぜボクスターS/ケイマンSに積まれるエンジンの排気量当たり出力は「素のモデル」のそれよりも低いのか? 昨今次々とデビューを飾るのは、かつてのモデルの「計画的陳腐化」の末に生み出されたモデルではないのか?
……と、実は往年のポルシェファンにとってみればこのところのこのメーカーのやり方には疑問を抱く部分も少なくない。ポルシェ社はそんな声に、これからどんな回答を見せてくれるのだろうか。
このところ大成功を収めてきたポルシェ社のシナリオライティング戦略は一体いつまで続くのか……実は、そんなことを色々と考えさせられる「素のケイマン」のデビューでもあるのだ。(文:河村康彦/Motor Magazine 2006年12月号より)
ポルシェ ケイマン 主要諸元
●全長×全幅×全高:4340×1800×1305mm
●ホイールベース:2415mm
●車両重量:1360kg
●エンジン:対6DOHC
●排気量:2687cc
●最高出力:245ps/6500rpm
●最大トルク:273Nm/4600-6000rpm
●トランスミッション:5速MT
●駆動方式:MR
●車両価格:633万円(2006年)
ポルシェ ケイマンS 主要諸元
●全長×全幅×全高:4340×1800×1305mm
●ホイールベース:2415mm
●車両重量:1380kg
●エンジン:対6DOHC
●排気量:3595cc
●最高出力:295ps/6250rpm
●最大トルク:340Nm/4400-6000rpm
●トランスミッション:6速MT
●駆動方式:MR
●車両価格:783万円(2006年)
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