2018年3月末時点で、レクサスは国内累計販売台数50万台を達成しました。2005年8月に日本での展開を開始したレクサスブランドは、当時IS、GS、SCの3車種しかありませんでしたが、現在11車種をラインアップしています。
そんなレクサスですが、日本での販売、特にブランド構築と浸透には苦戦が続いています。
レクサス全体の販売の中で日本市場での販売比率は約7.2%(参考/2017年上半期レクサス世界販売比率・北米約47.8%、中国約20.0%、欧州約11.8%)であり、またブランド力においてベンツ/BMW/アウディの後塵を拝しています。
あの大トヨタが社運をかけて推進しているレクサス、なぜ日本市場では苦戦が続いているのでしょうか。レクサスに足りないものはなんなのか。どうすればベンツやアウディに勝てるのか。自動車ジャーナリストの渡辺陽一郎氏にじっくりと伺いました。
文:渡辺陽一郎
■日本における「レクサス」の立ち位置
北米市場における日本車は、1970年代前半のオイルショックを切っ掛けに「低燃費で価格が安く、壊れにくいこと」をセールスポイントにして普及した。実用車のイメージが強いから、高級車市場へ進出するには別のブランドを用意する必要があり、トヨタはレクサス、日産はインフィニティ、ホンダはアキュラをそろえた。
また北米では、GMであればシボレー/ビュイック/キャデラック……、フォードならマーキュリーやリンカーンという具合に、ひとつのメーカーが複数のブランドをそろえるのは当たり前だ。レクサスは1989年に北米で開業して、順調に業績を上げてきた。
2017年3月からレクサスはインドにも進出。写真はグオルガンにオープンしたレクサスディーラーの内装
ところが日本では、トヨタを取り巻く状況が大幅に異なる。
北米のトヨタは低価格のコンパクトカーやピックアップトラックのイメージだが、日本では1955年に発売された高級車の初代クラウンが出発点だ。トヨタ車のラインナップを家族に例えれば、クラウンは父親のような存在だろう。そこからコロナ、カローラ、マーク2という具合にトヨタ車が構成されていった。
さらにいえば、トヨタは日本車メーカーの中心で、この中核に位置する車種がクラウンだ。2005年に日本でレクサスが開業するまで、海外版レクサスのLSは、国内ではセルシオとして販売された。同様にGSはアリスト、ISはアルテッツァ、RXはハリアーという具合に、トヨタのディーラーが扱った。多くのユーザーにとってはLSもかつてはトヨタの最上級車種であって、「セルシオの後継車」、「クラウンの豪華版」と認識されていた。
ユーザーとトヨタのディーラーは、この状況に満足しており、売れ行きも堅調だった。日本ではクラウンから出発したトヨタこそが至高のブランドで、レクサスは不要だったともいえるだろう。
■トヨタへの信頼感が、レクサスには引き継がれていない
トヨタ店のあるセールスマンは「新型クラウンが発売されると、今でもグレード選びまで、すべてをセールスマンに任せて購入されるお客様が多い」と言う。これは適当に買っているのではない。クラウンという商品からトヨタ店のセールスマンまで、顧客がすべてに万全の信頼を寄せているからこそ、このような買い方ができる。これ以上に確立されたブランドがほかにあるだろうか。
それなのにトヨタは国内でレクサスを開業して、当初は「グローバルな高級ブランドを日本に導入する」といったことを述べていた。日本のユーザーから見ればトヨタが最高のブランドで、レクサスはそれに従属する立場なのに、肝心のトヨタがそれを理解できていなかった。
■上下ではなく歩んできた道のりが違う
2005年になってレクサスを日本へ導入した背景には、メルセデスベンツ/BMW/アウディといったプレミアムブランドの台頭もあった。
メルセデスベンツやBMWの拡大する顧客を奪いたかったワケだが、これも甚だしい見当違いだ。メルセデスベンツやBMWを所有する多くの人達は、トヨタ車を経て上級移行している。いわばスゴロクでアガリになったから、今さらトヨタの上級ブランドとなるレクサスには戻らない。
伝統も違う。例えばメルセデスベンツは、長年にわたって走行安定性、乗り心地、耐久性(ショックアブソーバーなどは定期的に交換するとして)の優れたクルマを造り続けてきた。
いっぽうトヨタは日本のユーザーに愛されるクルマを造り、クラウンは日本の高級感や快適性を追求している。
クルマの良し悪しとか上下関係ではなく、トヨタ(日本)とドイツのプレミアムブランドでは、歩んできた道が違うのだ。
それなのにトヨタは「ベンツもどき」をこしらえて勝負を挑んだ。少なくとも日本のユーザーにはこのように映った。「どうしてセルシオを廃止してレクサスLSにするの?」という疑問が沸いたのも当然だろう。
昨年10月に登場した5代目となる「LS」。初代登場は1989年で、北米では「レクサスLS」、日本では「トヨタセルシオ」として発表された
しかもセルシオはトヨタ店とトヨペット店が販売したから、全国の合計約2000店舗で購入できたが、レクサスは現時点でも約170店舗だから、販売網は10%以下に縮小した。レクサス店が1県に1店舗しかない地域もあり、そこに住むユーザーは、セルシオやアリストの時代に比べて不便を強いられている。
「全国のどこでも公平に購入できて、優れたサービスを受けられること」がトヨタにとって最大の強みなのに、レクサスはそれを放棄した。地域によっては顧客満足度を失墜させている。
■大部屋で一緒に働くことを好む日本人
トヨタの「公平」は、日本に住むユーザーの心情であり、日本の良さでもあるだろう。日本人は、大企業の経営者でもチヤホヤされるのを好まず、大部屋のようなオフィスで仕事をする人が多い。トヨペット店がコロナからセルシオまで共存することを含めて、日本の心情に合っていた。
日本車にヒエラルキーがあるとすれば、ボディサイズとエンジンの排気量に基づく。
いっぽうレクサスは「大きなシボレーよりも小さなキャデラック、大きなトヨタ車よりも小さなレクサスの方がエライ」という階級社会的な価値観に基づく。
これがエアラインであれば、ビジネス/ファーストクラスの乗客は出発を待つラウンジから異なり、同じ旅客機に搭乗しながら、互いに顔を一切合わせない。大部屋オフィスとはまったく逆だ。
レクサスは2018年3月29日より日比谷の東京ミッドタウン内にブランド体験型施設「レクサスミーツ」をオープン。カフェなどを併設するとともに、レクサスブランドを身近に感じてもらう施設をオープンした
レクサスも前述のように店舗数が限られ、しかも都市部中心に展開される。点検の時に過ごす「レクサスラウンジ」は、新車かレクサスCPO(認定中古車)で購入したユーザーだけが使えて、一般の中古車店で買ったユーザーは入室を断わられてしまう。メルセデスベンツやBMWも、このような差別的な待遇はしていない。少なくとも日本の市場においては、レクサスは背伸びというか無理をしている。
■商品は負けてないが、後発ゆえに「ブランド表現」がしにくい
商品については、レクサス車がメルセデスベンツやBMWに負けているとはいえない。しかしメルセデスベンツで主力のEクラスとレクサスGS、SクラスとLSという具合に、メルセデスベンツが得意な車種を相手に比べると、レクサスの劣勢は明らかだ。
この点はメルセデスベンツが単一ブランドなのに対して、レクサスはトヨタブランドの上に成り立ち、メカニズムが共通化されていることも挙げられるだろう。
またメルセデスベンツ/BMW/アウディは古くからブランドを確立させ、レクサスはそこを避けて対抗しなければならないから、ブランド表現がしにくいことも影響した。
「メルセデスベンツ/BMW/アウディに似ていない個性的なプレミアムブランドを構築すること」
は、デザインから走行性能まで、きわめて難しい作業だ。
■トヨタは「日本に合った高いクルマの売り方」を思い出してほしい
日本のユーザーから見ると、LSはセルシオ、GSはアリスト、今後導入が予定されるESはウィンダムだった時代のほうが、幸せだったと思う。
全国のどこでも同じように購入できて、店内は清潔で明るく雰囲気も馴染みやすい。日本には日本で育った素晴らしい4系列のトヨタディーラーがあるのに、わざわざ海外向けのレクサスを導入して妙なことになった。あまり無理はしないで欲しい。
そして日本のユーザーを大切に考えた上級車種を発売すれば、メルセデスベンツに奪われたシェアなど、簡単に取り戻せる。上級セダンが売れないといわれる時代に、堅調に販売されているクラウンが何よりの証だろう。トヨタには「日本のトヨタとそのユーザー」を見直してもらいたい。
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